いい子でいようとする。 いい人を演じて自分を偽っている人の特徴5つと楽になる方法

大人になって「いい子症候群」であることを自覚した

いい子でいようとする

(長文です) ご質問をいただきました。 ・・・ いつも周りの気を伺って いわゆる「いい子」でいようとする子どもでした。 また、母と合わない、というかよくぶつかっていました。 今は離れて暮らしているのでほとんどぶつかることはありませんが 考え方や行動が許せないと思う場面はこれまでもよくありました。 親子関係はとても淡泊で、帰省は1~2年に1度 電話もお互いほとんどかけないため年に話をするのは数回程度です。 ・・・(2017年1月7日 12:02) 「みんなちがって みんないい」が認めないとあらゆる人間関係はぎくしゃくする あらゆる人間関係において「みんなちがって みんないい」が認めれないとやがてその人間関係はぎくしゃくしたものになります。 それは避けられません。 みんな自分自身でいたいからです。 みんな自分自身の人生を生きたいのです。 それはすべての人にある永遠の魂の欲求です。 それをずっと押さえつけ続けることはできません。 それは常に本当の自分を生きはじめるまで自分の胸のドアを叩き続けるからです。 それは親子関係でも、恋人同士でも、夫婦でも、友人同士でも同じです。 あらゆる人間関係に当てはまります。 お互いに「自分自身」であることを認めないとあらゆる人間関係はぎくしゃくします。 「いい子」でいようとしてきた人は多い さて、あなたは、いわゆる「いい子」でいようとする子どもでした。 別に珍しくありません。 そんな人はいっぱいいます。 女性に多いです。 女性は穏やかな人間関係を愛します。 険悪になるくらいなら自分が引こうと考えがちなのです。 男性でもそんな人は多いですね。 さて、あなたの親御さんです。 あなたに「いい子」でいることを求めました。 それはあなたの親御さんにとって、それがあなたに対する最高のアドバイスに思えたからです。 「いい子」に勉強し、「いい子」で入試に合格し、「いい子」でいい成績をとり、「いい子」でいい就職をする。 それがあなたにとって一番幸せだと信じたのです。 彼らはそれ以外の選択を思いつくことができなかったのです。 なぜなら自分がそうだったからです。 自分はそうしてきて、ここまで人生を生きてきた。 だからあなたにもそれを求めたのです。 幸せになって欲しかったんですよ。 「あなたに干渉する」考えや行動が許せない 親の「考え方や行動が許せないと思う場面はこれまでもよくありました。 」 なぜある考え方や行動が許せないのか。 あなたは・・・。 あなたについて、あれこれ言ったり、決め付けたり、制限したり、ある行動をとるべきだと言ったり・・・まあ要するに「あなたに干渉する」考えや行動が許せないのです。 それ以外のことはどうでもいいですよね。 親が何を食べようが、どこに出かけようが・・・ ただ「自分に干渉される」ことがイヤなのです。 誰でもイヤですよ。 本当に自分になれないからです。 だからあれこれ干渉してくる親をうっとうしく感じるのはあたり前なのです。 すべての人に共通する思いです。 親だけではありません。 あれこれ干渉してくる夫、妻、恋人、友人・・・すべてうっとうしくなります。 そういう人の言うことを聞いていたら自分の人生を生きられないからですよ。 だから人間関係をスムーズにするコツはお互いに「みんなちがって、みんないい。 」を認めるしかありません。 だからそれを認め合っている人間関係は長続きします。 昔の同級生などは、その人がどんな仕事をし、誰とつきあい、結婚し、子供をどう育てようがお互いに干渉しませんよね。 「みんなちがって、みんないい。 」をお互いに認め合っています。 ですからそういう関係は長つづきするのです。 親は「自分自身である」人生を生きたことがない だから親子関係においても、親は最大限に「この子らしい人生とは何か」を応援してあげれば何も問題が起こらないのです。 しかし、「自分自身である」人生を生きたことがない人にとってこれは非常に難しいのです。 「いい子」にして人の期待に応えれば生活できる、幸せになれると信じているのです。 自分の人生がそうだったからです。 それ以外の生き方がわからないのです。 「この子らしい」生き方をさせてしまったら、この子は絵ばかり描いているかもしれない、歌ばかり歌っているかもしれない、野山を探検ばかりしているかもしれない・・・ そんなことじゃ生活できないぞ! ちゃんと「いい子」にして勉強しなさい! 自分のやりたいことをばかりしていないで「いい子」にしなさい。 エライ人にほめられ、認められる人になりなさい。 それがこれまで親が経験してきた処世訓なのです。 人生哲学なのです。 自分がその経験しかありませんから、それ以外の「自分自身である」生き方など想像もできないのです。 だからあなたに「いい子」であることを求めてきました。 彼らに悪気はありませんでした。 それは彼らに理解できるあなたに対する最大限の思いやりでした。 そして、それはあなたにとってもいい選択に思えたのです。 「いい子」にしていれば、親ともトラブルはない。 時々、ご褒美もくれる。 学校の先生も褒めてくれる。 まんざらでもなかったのです。 あなたが「いい子」でいようとすることを選択した だからあなたは「いい子」でいようとすることを選択しました。 それはあなたの選択です。 「いい子」でいようとすることを選ばない子もいますから。 私なんかは典型的な後者です(笑) 父親にはさんざん反抗しましたからね。 母親には反抗する必要はありませんでした。 母親はどういうわけか「みんなちがって、みんないい。 」の人でしたからね。 私がどれだけわんぱくしても何も言いませんでした。 しかし、「いい子」だけでは誰の魂も決して納得しないのです。 人の期待に応えるだけじゃ納得しないのです。 それじゃ永遠の召使です。 いやいや働くなら永遠の奴隷です。 社畜という言葉もありますね。 ただ「生活するだけ」なら「いい子」を演じ続けて、給料をもらうことは、これまではとてもいい戦略でした。 「いい子」にはそれなりのご褒美もありました。 「いい子」で人の期待に応える生き方は機能しなくなってきた しかし、最近は困ったことが起きてきました。 ただ「生活するだけ」に満足できなくなってきたのです。 雨露しのげる場所もある。 服もある。 スマホもテレビもある。 生活するには何も困らない。 でも何かが足りない。 そうだ!「自分自身」がなかった! すべて「人の期待」に応えて生きてきた。 そしてもう一点。 「人の期待」に応え続けることしかできない人は生活にも困る人が出てきました。 現在は非正規雇用の人が4割を越えました。 いくら「人の期待」に応えることができても、そういう人はどんどん替えがきくのです。 別にあなたじゃなくてもいいよ、と言われてしまうのです。 だから「人の期待」に応える仕事の単価は競争原理が働き下がる一方です。 「人の期待」に応えるだけでは生活がジリ貧です。 そうだ!「自分自身」がなかった! 衣食住が子供のころから満たされた人は、もうそれだけでは満たされていない自分に気づいています。 もう欲しいモノはあまりありません。 「人の期待」に応え続け「いい子」を演じ続けるのも、うんざりです。 そうだ!「自分自身」がなかった! 自分自身でありたい。 それが切実な問題になってきている人がたくさんいます。 「自分自身」でありたいと思うことはとても贅沢品です。 生活に追われ、食うや食わずの人は生きるのに必死でそんなことに関心はありません。 衣食住が満たされて、欲しいものがなくなり、初めて「自分自身」がなかったことに気づくのです。 どれだけモノがあっても、生活に困らなくても「自分自身」がない虚しさに気づくのです。 それが感じられるということはともて贅沢なことです。 親は「生活」より「自分自身」が大切であることなど思いもよらなかったからです。 あなたは親が許せないのでなく「自分自身」になろうとしない自分が許せない ここで私はあなたの親を弁護します(笑) 親は親なりにベストを尽くしました。 あなたは今自立して自分の生活を営んでいます。 もし自立していなければ親が「あなたに干渉する」ことを受け入れざるを得ない場合があります。 親がいまだにあなたのスポンサーであれば、スポンサー企業があれこれ注文をつけるのは当然のことです。 だってスポンサーなんだから! しかし、もうあなたは親から完全に自立した生活を営んでいます。 それは親が教えてくれた「いい子」ちゃん戦略がよかったからですよ。 だから自立した生活が送れ衣食住に困っていません。 しかし、親にとっては衣食住が満たされたあなたが、「何か足りない」と感じることは想定外だったのです。 そして、もうあなたは親が「あなたに干渉する」ことなく生活できるのです。 実際そうしています。 親はもうあなたには何の影響力もない 親はもうあなたには何の影響力もないんですよ! もし親があなたに何かを言って来ても馬耳東風でいいんですよ。 「はい。 そうね。 また来年のお正月!もし帰れたら帰るわね~ 元気でね~」 それでいいんです。 自立して生活を営んでいる大人に親は影響を与えることはできません。 だからかわいそうな親を許してあげてください。 何を言われてても「しょうがないなぁ」ですよ。 しょうがないんです。 「みんなちがって、みんないい。 」んです。 親も違っていいんです。 あなたも違っていいんですよ。 あなたがあなた自身であることを妨げているのはあなただけ 実際には自立した子供には親は何の影響力も持っていません。 もし親があなたに影響力を行使できるとしたら、あなたが親に何かを期待している時だけです。 住宅資金を援助して欲しいとか、教育資金を援助して欲しいとか、遺産が欲しいとか・・・そういう時は彼らはあなたのスポンサーだから、スポンサーの意向に従わないとね。 自分が誰かに何かを期待していなければ、相手は自分に何の影響力も行使できません。 確かに親はあなたに「いい子」になるよう躾けてきたかもしれません。 あなたが子供の時は、親は絶対的なスポンサーですから、彼らの意向に従わざるを得ないのは無理もないことでした。 しかし今、もう親はあなたのスポンサーではないのです。 あなたはもう親の意向に左右されない存在なのです。 あなたがあなた自身であることを妨げているのはあなただけです。 あなたが気にしなければ親の影響はその時終わる 過去のことがあなたに影響し続けるのは「あなたが気にしている」時だけです。 あなたが許せないときだけです。 それはもう相手の問題ではありません。 もう相手はあなたに何の影響力ももっていないのですから! 彼らがあなたに影響を与えている理由は「あなたが気にしている」ことだけです。 どうすればいいのか? 気にしなければいいんですよ!(笑) なぜなら「あなたが気にしている」こと以外にあなたに影響を与えることはできないからです。 それに気づくだけです。 あなたがすべきことは今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくこと あなたがすべきことは何か? あなたに影響力のない人のことをうじうじ考え続けることですか? それが好きならそれはあなたの選択です。 「みんなちがって、みんないい。 」のですから、あなたは好きなだけ誰かのことをうじうじ考えればいいです。 そんなことをしても自分の現実は何もよくならないと気づくまでそうすればいいのです。 さて、もう自分に影響力のない人のことをうじうじ考えてもしかたがないことに気づきました。 自分のかけがえのない貴重な時間、自分の人生で何をするのか。 今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか? ということを考えるのですよ! それがあなたが本当にしたかったことです。 それが「自分自身」になるということなのですよ! 自分に影響力のない人のことをうじうじ考えることは「自分自身」になるということとは一切関係ないことなのです。 それはあなたのしたいことじゃないんですよ! 自分に影響力のない人のことをうじうじ考えること自体が、あなたが「自分自身」になることを妨げているのです。 なぜなら、その人のことを考えている時間、「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えることができないからですよ。 だから、その人のこと考えること自体が、あなたが「自分自身」になることを妨げているのです。 あなたが「自分自身」になれない、そのイラ立ちは、自分自身の「思考の選択」にあったのです。 そして、自分に可能な最大限の時間を「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えるために使うのです! その時、おちつちて世の中を見渡し、あらゆる選択肢を検討してください。 ブレーンストーミングです。 なぜそのことをリアリティを持って感じるのか。 あなたがそれをしたくてたまらないからです。 そうある自分が生き生きと自分らしく感じられてしかたがないからです。 あなたが自分自身の選択としてリアリティをもって感じないことはあなたの人生に起こることはありません。 あなたがそれを選んでいないからです。 世界中から最もあなたが生き生きして、リアリティを感じる現実を選んでください。 世界中からあらゆる選択肢を検討して、これが自分の人生!というものを選んでください。 そういうことを思考しはじめて、初めてあなたは「自分自身」を生きはじめるのです。 それ以外は、あの溜まった仕事をどう片付けるかとか、あの支払いはどうするのかとか、そんな「生活」のことはどうでもいいのです。 それはどうにかなってきたのです。 これからもどうにかなります。 人類はすべてどうにかなってきたのです。 戦中戦後の大混乱もどうにかなったのですよ!あなたはみんなその生き残りの子孫です。 まあでも現実があるのもわかります。 だから「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えるのです。 それがチャレンジなんですよ! これ以上にやりがいのあるチャレンジがどこにありますか? 「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくためにはどうしたらいいか?」を考えるのです。 考えたら書きとめてください。 言葉にするのです。 私はこういう人間だ。 これが私の人生だ。 そう自分自身に宣言してください。 そしてそれを「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」の行動を起こすのです! 素晴らしい! 世界中に存在するあらゆる選択肢の中で、最もワクワクし、最も自分が生き生きすることを「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジを始めるのです! これこそが人生最大の冒険です! もっともやりがいのある仕事です。 それ以外にあなたの人生に意味ある思考も行動も存在しないのですよ! あとのことはどうでもいいのです(笑) すべての人に言ってあげてください。 「みんなちがって、みんないい。 」 あなたがそのような人生を生きるのはあなたの自由だ。 私は世界中に存在するあらゆる選択肢の中で、最もワクワクし、最も自分が生き生きすることを、「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジをしはじめるぞ! それが私の人生だ。 それ以外に私には何の関心もない。 もし自立していない家族がいたらあなたに言うでしょう。 私はどうなるの? あなたがどのような人生を生きるのはあなたの自由だ。 と言ってあげましょう。 (もし子供なら)あなたが自立できるまで応援しよう。 それは私の喜びでもある。 それは私の選択だ。 あなたはあなた自身の情熱を見つけない! それを追い求めなさい。 私もこれからは自分自身の情熱を追い求め、「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジしていく、あなたもうそうしなさい! 私は世界中に存在するあらゆる選択肢の中で、最もワクワクし、最も自分が生き生きすることを自分自身の人生で実現し、経験することほと楽しいことはないから! だからあなたもそうしなさい! もし自立していない大人の家族があなたに「私はどうなるの?」と言ったら・・・ その「今の現実の中で最大限「自分自身」を表現していくため」にチャレンジをしはじめることがあなたのテーマですよ!(笑).

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「いい子だと言われるのが辛い」

いい子でいようとする

岡山コミュニケーション研修講演企画・元中学校教師いなっち先生こと稲田尚久です。 入試前でもダラダラ過ごせている子どもは安心です! 2~3年前だったかな?僕が教師時代、若い頃にお世話になった大先輩の先生に偶然会いました。 その先生はすでに定年退職され、ある進学校へ非常勤で勤務されているとのことでした。 その先生は、勤務校の生徒の様子を次のように言われたんです。 「テストの点とるのは上手じゃけど、自分たちで話し合ったり考える力に欠けるなあ」 さらに、その先生はこう言われました。 「これはテストに出るぞ!って言うたら、急に真剣な目つきになってなあ・・・」 結果を出すことには、こだわる子ども。 もちろん、結果を気にすることは悪いことじゃないです。 自分の成績を真剣に考えていて良いことですが、成績という結果だけにこだわるのは問題ありかなと思います。 親が望むいい子が本当のいい子とは限らない 親が子どもに対して何を重視してきたか? すごく大きな影響を子どもに与えていますよ。 テストの結果が良ければ、褒める。 でも結果が悪ければ、怒る。 子どもは親から褒められたい。 親に認めてもらいたい。 だからとにかく、結果を残すことだけに一生懸命になる。 いい子でいようと努力するわけです。 親は子どもが自分の思い描いたとおりの結果を残してくれれば喜ぶ。 そうなると、子どもはありのままの自分を出せなくなるんですよね。 だれだって失敗するときも、成功するときもあります。 でも、どんなときでも親は受け入れてくれるという、無条件の安心感こそ真の愛情。 そんな無条件の愛情がないまま、条件付きで子育てして子どもは健全に育つでしょうか? 親が思う『いい子』。 それは、親が望む『いい子』であって、本当の子どもの姿ではないかもしれません。 いい子に育てようとしないのがいい子育て 子どもを親の思い通り育てないことです。 親の評価ばかり気にしている子どもは、怒られることを極端に恐れます。 だから、失敗することも恐れます。 失敗することを恐れれば、チャレンジもできない。 失敗をどれだけ経験させられるか? これも子育てでは大切なことですね。 いい子に育てようとしなければいいんですよ。 親も子育てで試行錯誤しながらやっていけばいいと思います。 完璧をめざすと子どもも親も息切れしちゃいますから。 だから入試前だというのに、ゲームしたりスマホいじったり、自分の好きなことをして家で過ごせている子どもは、とっても健全な証拠。 親の目を気にしていない、素の自分を出せているって素晴らしいことです。 親の言いなりになっていない子どもは、親から見ればとっても心配かもしれませんが、長期的な視点で見れば、自分の人生を歩んでいけるたくましさをもっていますから安心なんです。 だから、目の前の子どもの行動に右往左往されないように、親が自分自身の感情コントロールを上手にできるようになっておきましょう。 それがアンガーマネジメント。 僕もアンガーマネジメントを失敗しながらでも続けていったことで、大きく変わることができました。 学んでみませんか? いなっち先生の無料相談開催 おかげさまで現在16名のかたから相談をいただきました。 ありがとうございます。 岡山県内だけでなく、鹿児島、長崎、佐賀、鳥取、兵庫、大阪、愛知、静岡、神奈川、千葉、さらには海外のドイツまで。 2020年5月31日で受付終了です! 親子関係や子育てのことで誰かに悩みや愚痴を聴いてもらいたいけど、コロナウィルスの影響で人との接触は控えたい・・・。 学校の先生に話すほどではないかもしれないし、先生には話しづらい・・・。 職場での人間関係でモヤモヤ・・・。 こういったことを一人で抱えていませんか? そこで期間限定の特別企画。 相談はしたいけれど、相談料の振込で外出は自粛したい。 子どもが小さいから相談料の振込に行くのも一苦労。 そんなかたのために、無料相談にしました。 『いなっち先生ちょっと聴いて!』 24年間の教師経験と産業カウンセラーの資格も持っている僕が、お悩みや愚痴などをオンラインやお電話で聴かせていただきます。 普段なら、個人カウンセリングは1時間1万円ですが、日本全国でいろんなお悩みを抱えている方が少しでも楽になってもらえばと思い、特別企画です。 お問い合わせは以下からどうぞ。 研修や講演のご相談はお気軽にどうぞ! 数人の子育て座談会から企業研修まで対応 企業での社員カウンセリングも対応.

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親も知らない”いい子”の闇…。『いい子症候群』の特徴とは

いい子でいようとする

「いい人」が「都合のいい人」になっていたら もし貴方が「いい人」をやめたい・・・と感じていたら、感じたことがあったなら、それはどこか無理をしているサインです。 「いい人」はわがままを言わないし、気持ちが優しいし、頼みごとは聞いてくれます。 しかし世の中、「人の善意につけこむ」人も決して少なくありません。 「あの人はめったなことで怒ったり文句を言ったりしないから、振り回して『自分が優位になった気持ち』を味わってみたい」と考える人は、いわゆる「いい人」をカモにしようとします。 また厄介なことに、これは無意識でやっていることなので自覚がなく、何度でも繰り返します。 自分の善意が利用されたことに気づくと、深く傷つく・・・こうしたことはもうやめたい、と思う貴方への「考えるヒント」です。 「いい子」でいたら愛してもらえる、子供の切なさ どんな子供も、親からの愛情と承認を得たいと切ないほどに願っています。 愛情と承認を糧にして子供は生きていきます。 そして「どうすれば親に認めてもらえるか」を無意識のうちに学習します。 明るい子だったら、優しい子だったら、勉強が良く出来たら、そして「いい子」だったら・・・ そしてこの信念も、親がその親から引き継いだ「こうすれば認めてもらえる」の連鎖であることも非常に多いです。 「いい子でいれば、愛してもらえる、認めてもらえる、この家に置いてもらえる」 子供にとって愛されず、認められず、そして家に置いてもらえないことは、即ち「死んでしまうこと」です。 だからこそ、逆から言えば「いい子でいなければ、愛されない、認めてもらえない、この家に置いてもらえない・・・!」の思い込みを知らず知らずのうちに、潜在意識に刷り込んでしまうのです。 これが大人になっても私たちを縛り続けてしまいます。 自ら解除しない限り。 「いい親でなければ!」と自分を縛っていることも 親自身も「いい親」であろうとする、それを自分に課して縛ってしまうことがあります。 人はあるがままの自分を受け止め、自分で自分を大切にする力が弱いと、 「相手(子供や他人)が何を感じ考えているか」ではなく、「相手の目に自分がどう映っているか」に焦点が当たりがちです。 相手という鏡に「いい親」「いい人」の自分が映っているかどうかに躍起になり、肝心の「相手の気持ち」が置き去りにされてしまいます。 子供が「自分の理想の『いい子』」として振舞ってくれると、子供という鏡に「いい親の自分」が映り、安心します。 子供を「愛し、理解する」ことを望んでいるのではなく、「自分は子供を愛し、理解している親だと思っておきたい」が望んでいることです。 だからこそ、子供が親の考えの枠の外に出ようとすると、それを理解しようとする前に、怒り出します。 「自分はいい親だ(と思っておきたい)」が脅かされるからです。 認められたい、安心したい欲求は誰しもあるもの、その欲求自体はあって当然ですが、自尊感情が低いと健全な形で発揮されなくなります。 親も一生懸命なのは確かなのですが、一生懸命さは時として客観的な判断を奪うこともあります。 大人は自己承認も自己責任のうち 子供は親や周囲の大人から、無条件に愛され、認められていいのです。 それが子供の特権です。 子供が望む形で、健全な愛情と承認を浴びるようにもらって育った子供は、何にもまして幸福です。 しかし「自分が望む形で、浴びるようにもらった」人は、百万人に一人もいないのではないか、と思われます。 親は良かれと思って注いだ愛情が、子供は受け取れていなかった、ということは決して少なくありません。 子供は「ピンクのフリフリのワンピースがほしい!」と思っていても、親が「ジーパンとTシャツの方が子供のためだ」としていたら、子供は「ピンクのワンピースを買ってもらえない私は、愛されていないんだ!」と思い込んでしまう、そんなことが起こっています。 この場合、親も子供を愛していなかったわけではありませし、どちらが悪い、という類のことではありません。 ですからこの世のほとんどの人は成人後、「自分で自分を認め、愛していく作業」が必要になります。 つまり 自分を客観視し、「自分は何を大事に生き、何を積み重ねたか」を把握する作業です。 承認とはほめることではありません。 まして優越感に浸って他人を見下すことでもありません。 以前と比べて、自分はどう違うのか。 かつてだったら巻き込まれてただ落ち込んだだけかもしれないけれど、今の自分は冷静に乗り越えることができるなど、その歩みを振り返ることです。 当Pradoのセラピー・セッションの冒頭で、必ず前回の振り返りを行い、セッションとセッションの間にどんな変化や気づきがあったかを尋ねるのはそのためです。 どんな小さなことでも、気づけるクライアント様は変化のスピードが速いです。 また気づきそのものが、非常にパワフルな自己承認でもあります。 勿論恋人や配偶者や友人から、認められ、愛されることは素晴らしいことです。 しかし皮肉なことに、「自分を認め、愛する」ことができない人は、他人からどんなに認められ愛されても受け取れません。 もらってももらっても「まだ足りない」状態に自らをとどめてしまいます。 「かまってちゃん」「かまわせてちゃん」は自己承認が足りていない結果でもあるのです。 「自分の価値観・信念に沿って生きている」実感 能力や実績や評価で、自分を承認していては、それらがなくなった途端に承認できなくなってしまいます。 重い病気や障害で寝たきりの生活をしている人でも、自己承認が出来ている人はいます。 それは日々、「自分の価値観・信念に沿って生きている」実感があればこそです。 自分のミス、エラーで相手を傷つけ怒らせた時は、私たちは謝ることが出来ます。 しかし自分の信念の結果であれば「わかりました、あなたの言う通りにします」と言うことはできません。 相手の言い分に耳を傾けることはできたとしても。 だからこそ、他人が自分をどう思うかより遥かに、「自分が何を大事に生きているのか」が自分を支えます。 自尊感情が高い人ほど自分を「いい人」と思わない 誰かに「あなたっていい人ね」と言われるよりも、 「いい人、いい子でなくてもいいんだよ」と言われる方がホッとする、と感じられたら、それが貴方の 本音、潜在意識が求めていることです。 そして誰かに言ってもらえるのをじっと待っていられるほど、時はゆっくり流れません。 待っている間に、また貴方を「カモにする」人が現れないとも限らないからです。 全ての人にとっての「いい人」は、この世にいません。 人は必ず、誰かに好かれ、誰かには嫌われます。 自分の信念に沿って生きようとすればするほど、信念に反対する人、もしくは「自分は『信念に沿って生きる』勇気が持てないから、そう生きている人をねたむ」人も現れます。 自尊感情が高い人ほど、「自分を『いい人』だとは思わない。 『いい人』でいようとはしない」ものです。 しかし逆説的ですが結果的に、責任が取れ、言行一致し、謙虚さと感謝の心に満ちた、人様の目から見れば「いい人」になっていくようです。 icon-leafPrado (プラード)代表 足立由布子 心理セラピスト icon-leafもし貴方が生きづらさを感じていたなら、それは「自尊感情の不足」が原因かもしれません。 うつ、不安、人の目が気になる、過度な完璧主義、依存症等、多くの心の悩みの根本には「自尊感情の不足」があります。 icon-leaf誰でも、自尊感情を高め、「あるがままの自分」を大切に生きることは可能なのです。 icon-leaf執筆、ワークショップの企画立案、各種勉強会のファシリテート等も承ります。 詳しくはお問い合わせくださいませ。 サイト内検索 心理セラピーをご希望の方へ• カテゴリー• カレンダー.

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