比嘉 大吾 試合。 比嘉大吾が具志堅のジムと契約解除に。。。なんか沖縄の師弟関係が崩...

【比嘉大吾が2020年2月13日試合決定!】最近のボクシングニュース12月17日~12月20日

比嘉 大吾 試合

プロボクシングの元WBC世界フライ級王者の比嘉大吾(24)=白井・具志堅スポーツ=の復帰戦(2020年2月13日、東京・後楽園ホール)の対戦相手が、ジェイソン・ブエナオブラ(25)=フィリピン=となり、8回戦で行われることが27日、わかった。 所属ジム関係者が明かした。 19日に、試合が119ポンド(約53・97キロ=スーパーバンタム級相当)契約のノンタイトル戦で行われることは発表されていたが、対戦相手と何回戦で行われるかは未定となっていた。 比嘉は所属ジムを通じ「約2年ぶりの試合が決まりました。 応援してくださっている方、お世話になった方のためにも、今自分にできる全てを出して頑張ります!」とコメントしていた。 ブエナオブラのプロ戦績は14戦7勝(3KO)4敗3分け。 すべての試合を母国で闘っており、3度フィリピン国内のタイトルマッチの経験がある。 スーパーフライ級やバンタム級が主戦場で、身長168センチのサウスポー。 比嘉は18年4月、WBC世界フライ級3度目の防衛戦の前日計量で、リミットの50・8キロを900グラム超過。 世界戦で日本選手初の計量失格となり、王座を剥奪された。 その後、ボクサーライセンス無期限停止処分を受け、復帰の場合は1階級以上階級を上げることを義務とする異例の条件を課された。 今秋に処分が解除され、現在はWBC世界バンタム級7位にランクインしている。 プロ戦績は16戦15勝(15KO)1敗。 プロデビュー戦から15戦連続KO勝利の日本記録を持つ、強打が武器の身長161センチの右ファイター。

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【ボクシング】比嘉が日本人初の全試合KO勝利で世界王座奪取

比嘉 大吾 試合

人物 [ ] 出身で、を卒業。 父親が少年野球の監督であることから小学校、中学校とに熱中し、出場を目指して高校でも野球を継続するつもりが、2月11日にがを破り世界王座を獲得した世界の中継をで観戦し、試合が早く終わったため放送された、沖縄出身で元世界王者のが強豪をバッタバッタと倒すKOダイジェストに心を奪われ、「ボクシングをやろう」と決意した。 比嘉が幼い頃に離婚後、離れて暮らしていた父親に相談すると元で沖縄県立宮古工業高等学校ボクシング部監督のを紹介され、知念の下でボクシングを学ぶべくへ渡り、に入学した。 宮古工業高に入ると知念から「とにかく攻める」スタイルを伝授された。 高校時代は3年次の()で少年の部フライ級でベスト8が目立った成績であった。 高校卒業後はオリンピック日本代表選手を目指して大学進学を希望していたが、ボクシング部の顧問が、具志堅が経営するの宮古島応援会会長でもあったため 具志堅に比嘉の名が伝わり、国体終了後に比嘉をするべく具志堅自身が宮古島へ訪問するなどしたことからプロ入りを決意し、1月20日に白井・具志堅ジムへ入門することを発表した。 プロ転向後の2014年6月17日にで、タイのセーンゲン・サックナロンを相手に51. 5kg契約4回戦を行い、初回50秒KO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。 その後5戦して全てKO勝ちで6連勝。 7月24日にで世界を懸けてと対戦し、7回1分2秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。 WBC世界フライ級ユース王座を2度防衛したのちに返上し、7月2日に後楽園ホールで東洋太平洋フライ級王者のと対戦し、4回2分39秒KO勝ちを収め王座獲得に成功した。 2016年11月5日にと対戦し、4回2分55秒KO勝ちを収めOPBF王座の初防衛に成功した。 2月4日に後楽園ホールでとノンタイトル10回戦を戦い、4回2分29秒TKO勝ちを収めた。 世界王座獲得 [ ] 2017年5月20日にでWBC世界フライ級王者のに挑戦し王座獲得を目指したが、エルナンデスが前日計量で200グラムして王座を剥奪され 、比嘉が勝てば新王者となりエルナンデスが勝てば王座が空位となる条件で試合は行われ、比嘉が6回2分58秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。 6月8日にWBCは比嘉を2017年6月度の月間優秀選手賞に選出した。 2017年10月22日にでWBC世界フライ級5位のトマ・マソンと対戦し、デビュー戦から14連続KO勝ちとなる7回1分10秒TKO勝ちを収め、初防衛に成功した。 11月9日にWBCは比嘉をWBCの2017年11月度の月間優秀選手賞に選出した。 2月4日にで元世界2階級制覇王者でWBC世界フライ級9位のと対戦し、初回2分32秒KO勝ちを収め、2度目の防衛に成功すると共に15戦連続KO勝ちの日本タイ記録を樹立した。 2月12日にWBCは比嘉をWBCの2018年2月度の月間優秀選手賞に選出した。 沖縄での防衛戦から僅か2ヶ月後の4月15日、で同級2位の()を迎えて3度目の防衛戦を行う予定が組まれていたが、試合前日(4月14日)に実施された計量の1回目でリミット(50. 8Kg)から900gオーバーとなり、再計量のため2時間の猶予を与えられたが制限時間30分前に具志堅が計量ギブアップを宣言したことにより規定により比嘉は王座を剥奪された。 なお、日本人世界王者がウエートオーバーにより王座を剥奪されたのは比嘉が初めてとなった。 当日は試合開催の条件として設定された55. 3kgを試合12時間前の午前8時に実施された計量でクリアしたものの 、夜の試合では減量失敗の影響から、精彩を欠いた内容となり、9回1分14秒でセコンドがタオルを投げ入れ(試合棄権アピール)、TKO負けが宣せられた。 この結果、比嘉はプロ16戦目での初黒星を喫し、狙っていた16戦連続KO勝ちの日本新記録も樹立することが出来なかった。 この計量失敗の失態を受け、は4月25日、比嘉に無期停止処分と復帰する場合に1階級以上転級させることを義務付け、具志堅ジムには管理責任を問い戒告処分とすることを決めた。 ライセンス停止処分解除 [ ] 2019年9月27日、比嘉と所属ジムの具志堅会長がJBCへ処分解除を申し入れ、JBCの倫理委員会で処分解除の方向性が確認された。 倫理委員会は、既に1年5カ月が経過したことや、比嘉が階級を上げて復帰に備えてきたことを考慮したという。 2019年10月3日、JBCは比嘉のボクサーライセンス無期限停止処分を解除したと発表した。 今後はで復帰戦を行う予定。 2019年11月11日、がランキングを更新し、バンタム級7位にランクインした。 2020年2月13日、後楽園ホールにて119ポンド(約53. 97キロ、スーパーバンタム級相当)契約のノンタイトル8回戦で、フィリピン・バンタム級11位のジェイソン・ブエナオブラと1年10カ月ぶりの復帰戦を行った。 2回には左ストレートをもらう場面もあったが、6回にボディーへの連打で2度ダウンを奪い、6回2分25秒TKO勝ちを収めた。 試合後には、「2年休んでまたかと思われるかもしれないが、自分に期待していない自分もいる。 夢を追って東京に出て来た当時の闘争心が今の自分にはない。 それがない限り、チャンピオンになるのは無理」と複雑な胸中を吐露し 、「今後こんな気持ちだったらやっても意味ないので、ファンが熱狂的で本人がこうだったら意味がない。 このままモチベーションが上がらなかったら辞めようとも思っているし。 これからいろいろ考えます」と語った。 2020年3月13日、比嘉が白井・具志堅ジムに契約更新しないと意思表示し、ジムを離れることになった。 待遇のほか、練習や試合に臨む体制などで折り合いがつかなかったという。 現役は続行の考えで移籍先を探すことになる。 獲得タイトル [ ]• アマチュア: 45戦36勝(8KO)8敗• プロ:17戦16勝(16KO)1敗 戦 日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考 1 2014年6月17日 勝利 1R 0:50 KO セーンゲン・サックナロン プロデビュー戦 2 2014年8月22日 勝利 2R 2:40 TKO ロッタン・ウォーポーシーサケット 3 2014年11月26日 勝利 1R 1:20 TKO 藤井敬介(宇都宮金田) 4 2015年1月12日 勝利 1R 1:36 KO ポンパユ・チャイヨンジム 5 2015年5月10日 勝利 2R 2:55 TKO バーデン・リベラ 6 2015年6月8日 勝利 4R 0:37 KO クリス・アルファンテ 7 2015年7月24日 勝利 7R 1:01 KO コンファー・CPフレッシュマート ユース王座決定戦 8 2015年11月7日 勝利 10R 2:05 TKO レンレン・テソリオ WBCユース防衛1 9 2016年3月5日 勝利 2R 2:19 TKO ロメル・オリベロス WBCユース防衛2 10 2016年7月2日 勝利 4R 2:39 KO アーデン・ディアレ 東洋太平洋フライ級タイトルマッチ 11 2016年11月5日 勝利 4R 2:55 KO フェリペ・カグブコブJr OPBF東洋太平洋王座防衛1 12 2017年2月4日 勝利 4R 2:29 TKO ディオネル・ディオコス 13 2017年5月20日 勝利 6R 2:58 TKO WBC世界フライ級タイトルマッチ 14 2017年10月22日 勝利 7R 1:10 TKO トマ・マソン WBC防衛1 15 2018年2月4日 勝利 1R 2:32 TKO WBC防衛2・連続KO日本記録タイ 16 2018年4月15日 敗北 9R 1:14 TKO 前日に計量失格で王座剥奪 17 2020年2月13日 勝利 6R 2:25 TKO ジェイソン・ブエナオブラ 脚注 [ ]• スポニチアネックス 2018年2月4日• 宮古毎日新聞 2016年12月1日• 宮古毎日新聞 2014年1月22日• 宮古新報 2014年6月27日• 宮古毎日新聞 2015年7月28日• スポニチアネックス 2016年7月2日• 沖縄タイムス 2016年11月5日• スポーツ報知 2017年2月4日• Fightnews. com 2017年5月19日• Boxing News(ボクシングニュース) 2017年5月19日• Fightnews. com 2017年5月20日• Boxing News(ボクシングニュース) 2017年5月20日• WBC公式サイト 2017年6月8日• Boxing News(ボクシングニュース) 2017年6月10日• Fightnews. com 2017年10月22日• Boxing News(ボクシングニュース) 2017年10月22日• WBC公式サイト 2017年11月9日• Boxing News(ボクシングニュース) 2017年11月10日• 琉球新報 2018年2月4日• Boxing News(ボクシングニュース) 2018年2月4日• WBC公式サイト 2018年2月12日• Boxing News(ボクシングニュース) 2018年2月13日• Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. 2018年4月14日. 2018年4月14日閲覧。 デイリースポーツ. 神戸新聞社. 2018年4月15日. 2018年4月16日閲覧。 デイリースポーツ 2018年4月15日. 2018年8月1日閲覧。 デイリースポーツ. 神戸新聞社. 2018年4月16日. 2018年4月16日閲覧。 Fightnews. com 2018年4月15日• 共同通信2018年4月25日• スポーツ報知 2018年4月26日. 2018年8月1日閲覧。 日刊スポーツ 2019年9月28日• Boxing News(ボクシングニュース)2019年10月3日• Boxing News(ボクシングニュース) 2020年2月13日• 日刊スポーツ 2020年2月13日• 日刊スポーツ 2020年3月13日• 琉球新報 2020年3月13日. 2020年5月12日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - (英語)• daigo6710 - 前王者 第42代東洋太平洋王者 2016年7月2日 - 2017年5月20日(返上) 空位 次タイトル獲得者 前王者 世界王者 2017年5月20日 - 2018年4月14日(剥奪) 空位 次タイトル獲得者.

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比嘉大吾、復帰戦の相手はプロ14戦7勝のブエナオブラ/BOX

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「モチベーションが上がらなければ辞めようと思っている」 沖縄県出身の比嘉は地元の高校を卒業後、同郷の元世界王者である具志堅用高氏が経営するジムに入門。 高校時代は全国大会での優勝経験はなかったが、プロデビュー後は軽量級離れした強打でKOの山を築き上げ、WBCユース王座、東洋太平洋王座を獲得。 迎えた2017年5月の世界初挑戦では、6回TKO勝利を飾り王座を奪取。 デビュー以来の連勝を「13」に伸ばすと同時に連続KOも「13」とした。 その後は2連続TKO勝利で王座を防衛し、順調にキャリアを積んでいたが、2018年5月に行われた3度目の防衛戦で大失態を犯した。 前日計量でリミットを900グラムオーバーして王座をはく奪された。 日本人の世界王者が体重超過で王座をはく奪されたのは、比嘉が初めてだった。 事態を重くみたJBCは、比嘉に対してプロライセンスの無期限停止処分を科し、復帰するにあたっては1階級以上の転級を義務付けた。 2019年10月にようやく比嘉の処分が解除され、今年2月に後楽園ホールで復帰戦を行った。 フィリピンの国内ランカーを相手に6回TKO勝利を飾ったものの、試合後、比嘉の口から飛び出したのは意外なものだった。 「東京に出てきた当時の闘争心が今の自分にはない。 このままモチベーションが上がらなければ(ボクシングを)辞めようと思っている」と発言し、具志堅会長を困惑させた。 かつては「会長の署名」が必須だった 今後に関して意味深な言葉を残した比嘉が選択したのは、「引退」ではなく「ジムの移籍」だった。 白井・具志堅スポーツジムの公式サイトでは「この度、本人の希望により比嘉大吾は2020年3月11日の契約更新を行わず、この日をもって弊ジムを離れる事となりました。 昨年夏、もう一度白井・具志堅スポーツジムで試合がしたいと本人たっての願いでジムに戻ってまいりましたが、このような結果となりました」と経緯を説明している。 24歳の元世界王者がデビュー以来所属していたジムを離れたことは、ボクシング関係者に少なからず衝撃を与えた。 比嘉は現在、WBC世界バンタム級6位にランクされ、WBAでもバンタム級9位に入っている。 WBC、WBAの2団体で世界王座への挑戦権を有する世界15位以内にランクされており、ジムを経営する立場からすれば、とてつもなく大きなものを失うことになる。 ボクシングの長い歴史において、選手がジムを移籍するのにいくつかの高い壁が立ちはだかった。 これまでは、選手がジムの移籍を希望した場合、ジムの会長の署名が入った移籍届をJBCに提出する必要があった。 これはルール化されたものではなく、ボクシング界の慣例として行われてきたもので、過去には移籍を巡り会長と選手間で数々のトラブルがあったという。 新ルール導入で移籍への足かせ外れる この他には、移籍に伴う移籍金が問題視されてきた。 ジムによっては、選手を練習生時代から育て上げたとして、移籍先のジムに法外な移籍金を求めるケースもあったという。 ボクサーのレベルが上がるほど移籍金の額も膨れ上がるため、これまで世界ランカークラスの選手の移籍は現実的ではなかった。 これらの問題をクリアできず、移籍できないまま引退を余儀なくされた選手は数多くいた。 昨年10月、このような業界の慣例にようやく終止符が打たれた。 JBCが日本プロボクシング協会にジムと選手の新たな契約制度として「統一契約書」を作成することを義務付けた。 これにより、最大3年の契約期間を満了すれば、所属ジムの会長の承諾なしに移籍することが可能となり、移籍金が発生しないシステムとなった。 ま た、選手は契約満了日の2か月前から更新を拒否することができ、他のジムとの交渉も自由に行うことができる。 これまで移籍を希望する選手にとって大きな足かせとなっていたものが外れたことで、よりスムーズに移籍することが可能となったのだ。 選手がマネジャーと直接契約する海外とは異なり、独自の「ジム制度」を敷く日本は選手とジムのマネジャーが契約を結ぶ。 これまで弱い立場にあった選手は、この新たなルールが導入されたことで、選手一人ひとりの意志が尊重され、より可能性が広がったといえるだろう。

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