大学 ラグビー 日本 選手権。 ラグビー大学選手権/ラグビー/デイリースポーツ online

ずっと早稲田。森島大智が大学選手権決勝へ万感の思い。

大学 ラグビー 日本 選手権

小雨が降るなか、手負いの虎の逆襲は、あと1歩届かなかった……。 創部120周年のアニバーサリーイヤー。 しかし、慶應義塾大は22シーズンぶりに大学選手権出場を逃すことになった。 11月23日、東京・秩父宮ラグビー場で関東対抗戦「早稲田大vs慶應義塾大」が行なわれた。 1922年から続く、伝統の一戦「早慶戦」。 過去の通算成績は、早稲田大が68勝20敗7分とリードしている。 慶應義塾大は創部120周年の節目にまさかの陥落 下馬評は、開幕から現在まで5連勝中で、早慶戦においても引き分けを挟んで7連勝している早稲田大が有利だった。 しかし、今季これまで2勝3敗と大学選手権出場にあとがない慶應義塾大もFW陣が守備で奮闘。 キャプテンのCTB(センター)栗原由太(4年)が「この2週間、慶應らしい(タックルの)部分を突き詰めた」というように、FW陣が力強いタックルで早稲田大の攻撃を防いだ。 後半30分過ぎ、慶應義塾大は28次攻撃を見せたが、早稲田大の粘り強い守備の前にゴールラインを超えることができない。 早稲田大は苦しみながら開幕6連勝を達成。 一方、慶應義塾大は2勝4敗となり、1997年度以来続いていた大学選手権への出場が絶たれた。 黄黒ジャージーの慶應義塾大は、アニバーサリーイヤーでの大学選手権優勝を目指していた。 ではなぜ、今シーズンの慶應義塾大は低迷してしまったのか--。 2015年度から昨年度まで、慶應義塾大は金沢篤ヘッドコーチ(HC)が率いていた。 医学部のSO古田京(5年)、LO(ロック)辻雄康(サントリー)、FB(フルバック)丹治辰碩(パナソニック)といったスター選手が在籍し、この3人をはじめ慶應高校時代に「花園」全国高校ラグビー大会に出場した経験を持つメンバーがチームの中心だった。 それでも、昨年度は対抗戦で明治大に勝利するものの、大学選手権では早稲田大に敗北。 準決勝に駒を進めることはできなかった。 そして今シーズン、新たな指揮官として白羽の矢が立ったのが、41歳の栗原徹HCだった。 栗原HCは現役時代、ランとキックに長けたプレーヤーで、大学3年時には慶應義塾大の大学日本一に貢献し、日本代表でもFB(フルバック)として活躍。 サントリーとNTTコミュニケーションズでプレーし、2013年度で引退したのち、2014年からはNTTコミュニケーションズでコーチを務めていた。 栗原HCは選手時代やコーチ時代を通じ、アンディ・フレンド(コナート・ラグビーHC)、エディー・ジョーンズ(イングランド代表HC)、ロブ・ペニー(ワラターズHC)、ジェイミー・ジョセフ(日本代表HC)といった世界的名将に薫陶を受けた経験がある。 日本人指導者のなかでは、世界を知るコーチのひとりだ。 慶應義塾大ラグビー部の新指揮官となった栗原HCは、伝統あるチームの既成概念にこだわらず、積極的にコーチ陣の拡充と選手の確保に努めた。 まず周囲を驚かせたのは、昨年度まで早稲田大のコーチを務めていた元東芝の三井大祐氏を招聘したことだった。 早稲田大出身が慶應義塾大を指導するのは、まさしく異例のこと。 また、サントリー時代のチームメイトだった竹本隼太郎にFWコーチを、さらに元キヤノンの和田拓にはジュニアチームの指導を任せた。 こうして、100人を超える部員の底上げを狙った。 「新しいことをする、伝統を変えるのは、日本で初めてラグビーを始めた慶應」 そう信念を持つ栗原HCは、創部120周年にして初めて外国人選手を受け入れることを決めた。 それが、春に入試を受けて9月に入部したニュージーランド出身のNo. 8(ナンバーエイト)アイザイア・マプスア(1年)とCTBイサコ・エノサ(1年)のふたりだ。 栗原HCはスターもエースもいなくなったチームの新しいスローガンに、「UNITY(一体感)」を掲げた。 チームが一体となり、まとまりで勝負するという意志の顕れだ。 栗原HCはリーダー陣と話す時間を多く持ち、100人を超える部員全員と1対1の面談を何度も行なった。 栗原HCは「彼ら学生と話すと(精神的に)社会人寄りだった」と感じ、多くの部分を学生たちに任せたという。 しかし、多くの選手が「日本一」という目標を口にしながら努力する姿は認めつつも、栗原HCの目にはまだまだ物足りなく映っていた。 だが、対抗戦が開幕すると、筑波大にはロスタイムにトライを許して黒星を喫し、日本体育大にも最後のワンプレーで逆転された。 「自分たちの力は出し切ったが、(早稲田大と比べて)メンタルが大きく違っていた。 (先発7人が1年生と2年生という)若いチームをリーダー陣がマネジメントできなくて申し訳ないと思っています」 試合後、栗原キャプテンが反省を口にすると、栗原HCはそれをフォローした。 「選手たちは学生ですので、もっとこちらが主導権をもってリードしてあげればよかった。 僕の見極めミスなので、今の4年生にはいい思いをさせてあげられなくて後悔しています」 ただ、今後に向けて光明もある。 ルーキー中楠のプレーは早稲田大戦で輝いていたし、マプスアは攻守にわたってモールでファイトしていた。 また、下のチームで結果を残してステップアップしてきたWTB佐々木隼(1年)も早慶戦出場を果たした。 早慶戦のメンバーのうち11人が外部生で、7人が2年生以下。 新しい慶應の片鱗を少しは見せることができたと言えよう。 21年間続いていた大学選手権出場が止まることになり、栗原キャプテンはこう語る。 「申し訳ない気持ちですが、ここから後輩がつなげて、新しい慶應の歴史ができるのであればいい。 僕たちの1年を無駄にせず、今シーズンを糧にしていいチームを作ってほしい」 来シーズン、日本ラグビーのルーツ校である慶應義塾大は、雨降って地固まる、となるか。 外部サイト.

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慶応義塾大に何が…22年ぶりに大学ラグビー選手権出場を逃す

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概要 [ ] 秋から初春にかけて行われる日本のラグビーシーズンの締めくくりとなる、ラグビー日本一を決める選手権試合である。 長きにわたって社会人チーム代表と大学チーム代表が対戦する形式で行われてきた(このときは開催日が=当時の=で固定されていた)が、1997年度の第35回大会以降(2015年度のを除く)は社会人と大学が参加するトーナメント形式となり、さらに2017年度の大会からはの順位決定トーナメントを兼ねて行われるようになって大学生チームの参加がなくなった(後述)。 出場枠及び大会形式 [ ] 出場枠は-シーズンのもの• のレギュラーシーズン成績上位8チーム(レッドカンファレンス、ホワイトカンファレンスの各上位4チームずつ)のうち準決勝に勝ち上がってきた上位4チームのトーナメントで優勝を決定する。 80分で決着がつかない場合はサドンデス方式の前後半5分ハーフの延長戦、それでも勝敗が決まらない場合はで勝者を決定する。 2017-18・18-19シーズンはトップリーグプレーオフ優勝決定トーナメントが日本選手権を兼ねるものとなり、優勝クラブがトップリーグと日本選手権の2つのタイトルを同時に獲得する権利を得られる。 沿革 [ ] - シーズンに 日本協会招待争奪ラグビー大会(以下、NHK杯)として開催されたのが当大会のルーツである。 NHK杯が行われるきっかけとなったのは、度より(以下、全国社会人大会)が行われていたものの、当時、社会人ラグビーは関係者以外はほとんど関心が寄せられていなかったという背景があった。 一方、大学ラグビーも、「全国制覇」を決する大会としては、対抗戦形式による(以下、東西対抗ラグビー)が行われており、第二次世界大戦前後においては人気を博していたが、昭和30年代に入ると、第二次世界大戦前より強豪だった大学(俗に『伝統校』と呼ばれた)と、同大戦後に台頭してきた大学(俗に『新興校』と呼ばれた)との間における対抗戦が設けられていなかったという制度上の問題に起因して、「不戦につき優勝チームなし」というケースが続発したことから、社会人ラグビーほどではないにせよ、こちらも人気低迷に喘いでいた。 そこで、当時としては「夢の対戦」ともいうべき、社会人の王者と学生の王者が対戦する機会を設ける大会を行うことになり、1961年、(以下、秩父宮)で第一回のNHK杯の開催が行われることになった。 社会人側は前述の通り、全国社会人大会優勝チームが自動的に出場したが、学生側は前述の通り、当時は優勝該当チームなし、という年度が続発したことにより、秩父宮で開催された1960年度及び度は、(以下、関東対抗戦)の優勝チームが出場した。 一方、(以下、花園)で開催された1961年度は、の優勝チームであるが、関東対抗戦の優勝チームであるを、東西対抗ラグビーで破って出場を果たした。 、日本協会と関東ラグビーフットボール協会(関東協会)は、1964年度のシーズンより、トーナメント方式による(以下、大学選手権)を開始すると表明し、東西対抗ラグビーは1963年度限りで廃止されることになった。 そんな中、日本一決定戦システムのNHK杯も、招待制による方式を改めることになり、1964年と22日の2日間の日程で、真の日本一を決するべく、全国社会人大会優勝の八幡製鉄、同2位の近鉄、関東大学優秀校の法政大学、関西大学優秀校の同志社大学の4チームが参加して、第1回の当大会が花園で開催されることになった。 第一回の大会では、1回戦で八幡製鉄を破った同志社が、同じく法政を破った近鉄を下し、初代当大会優勝チームとなった。 翌1964年度の秩父宮開催より、大学側の代表チームは、同年度より開始された大学選手権の優勝チームが出場することになったため、社会人側の代表チームも、全国社会人大会の優勝チームだけが出場することになり、以後暫く、大学と社会人の各優勝チームによって争われることになった(しかし後述の通り、一部の年度で例外が生じた)。 また同年度より毎年の開催となったことから、以後しばらく、(当時)の風物詩のひとつとなった。 その後、度、度、度における花園開催以外は、秩父宮で開催が行なわれてきたが、1月15日(1974年度)の開催については、秩父宮の改修工事のため、(国立競技場)で代替開催されることになった。 そして、国立で開催された同年度の開催が、当時6万人収容だった同競技場を満員で埋め尽くしたことを背景に、同年度以後しばらく、国立競技場での開催となった。 この時代に新日本製鐵釜石(現・)および神戸製鋼(現・)がそれぞれ7連覇を達成し、大会史上に名を刻んだ。 しかし、昭和40年代までは拮抗していた社会人と大学のチーム力の差が、上記の新日鐵釜石、神戸製鋼の7連覇の影響で一気に拡大。 そして、1月15日の固定開催としては最後となった、神戸製鋼が7連覇を達成した1995年(1994年度)の試合では、が14-102と惨敗したため、もはや社会人 VS 大学によるワンマッチだけでは、ラグビー日本一の称号に値しないという声がラグビー関係者の中から噴出した。 そして、(1996年度)2月11日に行なわれた一戦をもって、社会人 VS 大学によるワンマッチシステムは幕を閉じることになった。 1997年 - シーズンから出場枠を一部拡大し、社会人の上位3チームと大学の上位2チームの5チームで争われ、1998 - シーズン〜 - シーズンは社会人、大学ともベスト4のチームに出場資格が与えられた( - 2002年シーズンのみ大学選手権決勝進出上位2チーム)。 2003年 - シーズンからはさらに拡大し、の上位8チーム、大学選手権2次予選リーグの上位6チームを始め22チームが出場できるようになり、クラブチームにも出場枠が与えられた。 当初、ラグビーという名称を使用する予定だったが、その後日本選手権の名称を引き続いて使用することになった。 しかし、開催費用と参加チームの財政的・時間的負担が多くなったことから、2004年 - 2005年シーズンからレギュレーションを再び変更し8チームによるトーナメントで開催することになった。 出場資格は以下の通り。 入れ替え戦「トップチャレンジシリーズ」の1位プレーオフ(トップ・チャレンジ1)で優勝したチーム• 全国クラブ選手権優勝チーム• 同一チームがトップリーグとマイクロソフトカップの2冠を制した場合はトップリーグ2位のチームがマイクロソフトカップ優勝枠扱いで出場できる。 これによりトーナメントの方式も一部変更され準決勝までは4チームずつのを取り入れる。 1回戦は全国大学選手権優勝チームと全国クラブ選手権チーム、全国大学選手権準優勝チームとトップチャレンジ1優勝チームが対戦。 2回戦は1回戦の勝者とトップリーグの上位チーム(トップリーグ優勝、マイクロソフトカップ優勝チーム以外)が対戦。 その勝者とトップリーグ優勝チーム、マイクロソフトカップ優勝チームとで準決勝を行い、更にその勝者同士で決勝戦を行う。 -シーズンからはマイクロソフトカップがトップリーグ4強によるプレーオフとなり、その4チームがそのまま日本選手権にも出場することになった。 -シーズンはトップリーグの枠が拡大され、6位まで出場可能となった。 そのため、トップリーグ3位-6位のチームも1回戦から出場することとなり、それぞれトップリーグ勢同士で1回戦を戦う。 なお、2009-2010シーズン以降は2008-2009シーズン同様6チーム出場となるが、マイクロソフトカップ進出4チーム以外は5位-12位のチームが出場する「日本選手権出場決定トーナメント」(ワイルドカード)の勝者2チームが出場するように変更となった(5-8位、5-10位のシーズンもあった)。 -シーズンは全国クラブ選手権優勝チームと入れ替え戦「トップチャレンジシリーズ」の1位プレーオフ(トップ・チャレンジ1)で優勝したチームの出場権がなくなり、その分大学の枠が拡大され全国大学選手権のベスト4チームまで出場可能となった。 また2014年-シーズンは国立競技場が改修工事を行うため、久しぶりに秩父宮で決勝戦が行われた。 -シーズンは、の参戦などで従来の大会方式での開催が難しいため19季ぶりに社会人 VS 大学によるワンマッチシステムで行われた。 -シーズンは出場枠を大幅縮小し、トップリーグの上位3チームと大学の優勝チームの4チームで争われることになった。 2017年-シーズン以降の開催方式については、に開催される予定のに向けた代表チーム強化を優先することを目的に、スーパーラグビーやトップリーグをはじめとした国内各カテゴリーの開催スケジュールの調整を図ることから、2017年1月18日に行われた日本ラグビー協会理事会において2017年-2018年シーズン及び2018年-2019年シーズンの日本選手権の大学チーム出場枠を撤廃することを正式に決定した。 この決定により、次シーズンからはトップリーグ上位4チームによるリーグ順位決定トーナメントと統合する形で日本選手権が開催されることとなった。 なお、2019年以降の大学枠復活については(引き続き検討するとしているものの)現段階ではその可能性は低いため、大学生選手がトップリーグにも所属してプレーできる「二重登録」を行うことで大学在籍のまま日本選手権へ出場できるようにするなどを検討するとしている。 2020年4月2日、日本ラグビーフットボール協会は、5月23日と5月30日に開催予定の「第57回日本ラグビーフットボール選手権大会」の中止を決定。 による影響の拡大で、大会を開催する担保ができないこと、大会に臨む十分な準備ができないことを考慮し、開催の中止を決定した。 歴代出場チーム [ ] 第56回終了時点。 アイウエオ順に表記。 社会人(トップリーグ) [ ]• ワールドのみ、に六甲へ吸収統合される形で消滅している。 クラブチーム [ ]• 大学 [ ]• 日大は、日本選手権へ継承されるNHK杯のみの出場。 歴代優勝チーム [ ] 回 年度 優勝チーム スコア 準優勝チーム チーム数 日本協会招待NHK杯争奪ラグビー大会 1 1960年 (社会人1位) 50 - 13 (関東大学1位) 2 2 1961年 (関西大学1位) 17 - 6 (社会人1位) 2 3 1962年 八幡製鐵 (社会人1位) 25 - 6 (関東大学1位) 2 日本ラグビーフットボール選手権大会 1 1963年 同志社大学 (関西大学1位) 18 - 3 近鉄 (社会人2位) 4 2 1964年 八幡製鐵 (社会人1位) 15 - 6 (大学1位) 2 3 1965年 (大学1位) 12 - 9 八幡製鐵 (社会人1位) 2 4 1966年 近鉄 (社会人1位) 27 - 11 早稲田大学 (大学1位) 2 5 1967年 近鉄 (社会人1位) 27 - 14 法政大学 (大学1位) 2 6 1968年 (社会人1位) 44 - 16 (大学1位) 2 7 1969年 (大学1位) 29 - 13 (社会人3位) 2 8 1970年 早稲田大学 (大学1位) 30 - 16 (社会人1位) 2 9 1971年 早稲田大学 (大学1位) 14 - 11 (社会人1位) 2 10 1972年 (社会人1位) 35 - 9 明治大学 (大学1位) 2 11 1973年 リコー (社会人1位) 25 - 3 早稲田大学 (大学1位) 2 12 1974年 近鉄 (社会人1位) 33 - 13 早稲田大学 (大学1位) 2 13 1975年 明治大学 (大学1位) 37 - 12 三菱自動車工業京都 (社会人1位) 2 14 1976年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 27 - 12 早稲田大学 (大学1位) 2 15 1977年 トヨタ自動車工業 (社会人1位) 20 - 10 明治大学 (大学1位) 2 16 1978年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 24 - 0 日本体育大学 (大学1位) 2 17 1979年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 32 - 6 明治大学 (大学1位) 2 18 1980年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 10 - 3 同志社大学 (大学1位) 2 19 1981年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 30 - 14 明治大学 (大学1位) 2 20 1982年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 21 - 8 同志社大学 (大学1位) 2 21 1983年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 35 - 10 同志社大学 (大学1位) 2 22 1984年 新日本製鐵釜石 (社会人1位) 31 - 17 同志社大学 (大学1位) 2 23 1985年 慶應義塾大学 (大学1位) 18 - 13 (社会人1位) 2 24 1986年 トヨタ自動車 (社会人1位) 26 - 6 (大学1位) 2 25 1987年 早稲田大学 (大学1位) 22 - 16 (社会人1位) 2 26 1988年 (社会人1位) 46 - 17 大東文化大学 (大学1位) 2 27 1989年 神戸製鋼 (社会人1位) 58 - 4 早稲田大学 (大学1位) 2 28 1990年 神戸製鋼 (社会人1位) 38 - 15 明治大学 (大学1位) 2 29 1991年 神戸製鋼 (社会人1位) 34 - 12 明治大学 (大学1位) 2 30 1992年 神戸製鋼 (社会人1位) 41 - 3 法政大学 (大学1位) 2 31 1993年 神戸製鋼 (社会人1位) 33 - 19 明治大学 (大学1位) 2 32 1994年 神戸製鋼 (社会人1位) 102 - 14 大東文化大学 (大学1位) 2 33 1995年 (社会人1位) 49 - 24 明治大学 (大学1位) 2 34 1996年 東芝府中 (社会人1位) 69 - 8 明治大学 (大学1位) 2 35 1997年 東芝府中 (社会人1位) 35 - 11 トヨタ自動車 (社会人3位) 5 36 1998年 東芝府中 (社会人3位) 24 - 13 神戸製鋼 (社会人3位) 8 37 1999年 神戸製鋼 (社会人1位) 49 - 20 トヨタ自動車 (社会人3位) 8 38 2000年 神戸製鋼 サントリー (社会人1位) (社会人3位) 27 - 27 (史上初の両チーム優勝) 8 39 2001年 サントリー (社会人1位) 28 - 17 神戸製鋼 (社会人2位) 6 40 2002年 (社会人3位) 36 - 26 サントリー (社会人1位) 8 41 2003年 (TL2位) 22 - 10 (TL1位) 22 2004年 (TL3位) 17 -13 (TL4位) 8 2005年 東芝府中ブレイブルーパス NECグリーンロケッツ (TL1位) (TL3位) 6 - 6 (5年ぶり2度目の両チーム優勝) 8 2006年 (TL1位) 19 - 10 トヨタ自動車ヴェルブリッツ (TL3位) 8 2007年 (TL2位) 40 - 18 (TL1位) 8 2008年 三洋電機ワイルドナイツ (TL2位) 24 - 16 サントリーサンゴリアス (TL3位) 9 2009年 三洋電機ワイルドナイツ (TL2位) 22 - 17 トヨタ自動車ヴェルブリッツ (TL3位) 10 2010年 サントリーサンゴリアス (TL2位) 37 - 20 三洋電機ワイルドナイツ (TL1位) 10 2011年 サントリーサンゴリアス (TL1位) 21 - 9 (TL3位) 10 2012年 サントリーサンゴリアス (TL1位) 36 - 20 神戸製鋼コベルコスティーラーズ (TL3位) 10 2013年 パナソニックワイルドナイツ (TL1位) 30 - 21 東芝ブレイブルーパス (TL3位) 10 2014年 (TL2位) 15 - 3 サントリーサンゴリアス (TL5位) 10 2015年 パナソニックワイルドナイツ (TL1位) 49 - 15 (大学1位) 2 2016年 サントリーサンゴリアス (TL1位) 15 - 10 パナソニックワイルドナイツ (TL3位) 4 2017年 サントリーサンゴリアス (TL・R1位) 12 - 8 パナソニックワイルドナイツ (TL・W1位) 4 2018年 神戸製鋼コベルコスティーラーズ (TL・R1位) 55 - 5 サントリーサンゴリアス (TL・R2位) 4 2019年 コロナ拡大の影響により中止 学生対社会人 [ ] 1960年度から2016年度 この大会をもって大学生チームの出場枠が廃止され、以降の対戦は無い まで延べ97試合が行われ、学生の14勝82敗1引分である。 そのうち学生が日本一となったのが9回 早稲田4、同志社2、日体大1、明治1、慶應義塾1 、また、2003年度のトップリーグ創設以後に学生がトップリーグチームを退けたのが2回 早稲田1、帝京1 となっている。 1962年3月4日 同大 17-6 近鉄• 1964年3月20日 同大 18-11 八幡製鉄• 1964年3月22日 同大 18-3 近鉄• 1966年1月15日 早大 12-9 八幡製鉄• 1970年1月15日 日体大 29-13 富士鉄釜石• 1971年1月15日 早大 30-16 新日鉄釜石• 1972年1月15日 早大 14-11 三菱自工京都• 1976年1月15日 明大 37-12 三菱自工京都• 1986年1月15日 慶大 18-13 トヨタ自動車• 1988年1月15日 早大 22-16 東芝府中• 2004年2月21日 早大 32-29 コカ・コーラウエストジャパン• 2004年2月21日 関東学院大 14-13 釜石• 2006年2月12日 早大 28-24 トヨタ自動車• 2015年2月8日 帝京大 31-25 NEC 放送について [ ] 大会を共催するのにて1回戦以降の試合を生中継及び録画中継している(決勝戦は海外向けでも同時またはディレイ放送される)。 かつて成人の日に開催されていた時期は、総合テレビでを放送していた関係でで放送していた。 また、決勝戦はでも放送される(は電波運用面の都合上、一切放送せず別番組差し替え)。 また、では全試合放送を行っている(地上波放送分は試合終了直後に録画にて放送)。 NHK中継をめぐる顛末 [ ] 2004年度(第42回)の2回戦『 - 』()は当初、NHK総合テレビで生中継を行う予定になっていたが、決勝戦開催前に側の都合で深夜の録画中継に変更された。 これは当時NHKがでと対立しており、審判のジャージの胸部分にある「朝日新聞」の表記が理由で生中継を録画に変更したものと見られるが、この変更に対しNHKに900件もの抗議が殺到。 生中継を楽しみにしていたファンがに足を運んだりするなどの混乱が生じた。 結局、二転三転の末、2回戦当日は深夜の録画中継から再び生中継に戻し、当初の予定通り生中継された。 ただし、その日の新聞朝刊のテレビ欄では深夜のままだった。 なお、NHKには放送当日までに4,043件もの意見が寄せられた。 災害による放送チャンネル振替 [ ] 2009年度(第47回)の決勝『 - 』戦は()は当初、NHK総合テレビで生中継を行う予定になっていたが、前日発生したにより大津波警報、津波警報が発表された為同時間帯に教育テレビで放送された。 日本選手権の辞退 [ ] 1969年度の第7回日本選手権(1970年1月15日)では全国社会人大会優勝の、準優勝の、3位のが出場を辞退し、同率3位のが社会人代表として日本選手権に出場した。 このシーズンは当初からタイ・バンコクで行われる第2回の日程が1月10日から18日までとなっており、日本選手権(通常1月15日)の日程をどうするのかが焦点であった。 第22回全国社会人ラグビー大会は、それまで通常1月2日(1回戦)から1月8日(決勝)まで行われていたが、このシーズンに限り上記アジア選手権があるため12月29日(1回戦)から1月4日(決勝)に変更して行われた。 また当該シーズンの第6回全国大学ラグビー選手権は1月1日(1回戦)から1月5日(決勝)まで行われた。 しかしこの重要な日本選手権の日程はアジア選手権と重複したままであった。 当時日本代表に多数の選手を輩出していた関西社会人Aリーグの各チームは日本選手権の日程順延を主張していたが、社会人大会が目前に迫っても一向にこの問題に日本協会が取り組む姿勢は見えなかった。 12月28日、業を煮やした関西社会人Aリーグの加盟チームは全7チームの監督名で日本協会に対し日本選手権の日程変更を申請した。 (この申請には日程変更が認められなければ日本選手権を辞退する旨も含まれていたといわれる) 当時日本選手権をアジア選手権終了後の1月25日に変更する案も考えられたが大学生の試験と重なり難しかった。 多くのファンや関係者が心配するにもかかわらず、日本協会から何の日程変更もなく、社会人大会が始まり、大学選手権も始まってしまった。 楽観的には「なんだかんだ言っても社会人大会優勝チームが代表選手抜きで日本選手権に参加するであろう」という見方もあった。 しかし、1月4日に社会人大会で優勝した近鉄は「関西社会人Aリーグの総意で決めたことなので、近鉄としては今も棄権する気持ちは変わらない」と表明した。 あわてた日本協会は翌日1月5日の大学選手権決勝後に緊急理事会を開くことにした。 そして準優勝のトヨタ自工にも3位の三菱自工京都にも日本選手権への出場を打診したがともに辞退されたので同率3位の富士鉄釜石に出場依頼することを決め、日本協会の会長が富士製鉄本社に出場を依頼した。 富士鉄釜石チームは既に1月2日の社会人準決勝で敗れて選手・関係者は各自帰郷し休暇に入っていた。 突然、監督に富士製鉄本社から出場の打診がなされたが、とても出場できるチーム状況ではなかった。 しかし日本最高峰の試合であること、また先輩格である八幡製鉄(この3ヵ月後に富士鉄と八幡製鉄が合併し新日鉄となる)の幹部からも強い要請があり出場を決意した。 しかし選手達は急遽、休暇先から雪の釜石に集められ1月8日から練習を再開し、僅か1週間で日本選手権に出場した。 各自の用具も練習開始に間に合わないものも居た。 そのような練習不足やモチベーション不足もあり、日本体育大学に敗れた。 また大学のほうも、大学選手権決勝でを僅差で破り見事に優勝したが日本選手権に出場したが、上記のような混乱でどこが対戦相手になるのか分からず、また相手の戦力分析も充分でない状態で日本選手権に出場することになった。 結果は富士鉄釜石を破って日本選手権に見事優勝を飾った。 しかし富士鉄釜石は過去に社会人での優勝経験も無く、このシーズンも社会人3位であり本当の意味での社会人ナンバーワンを破ったわけではないという陰口も聞かれた。 このように第7回日本選手権は各チーム・関係者に様々な波紋を残した。 当時は「1月15日は日本選手権」が恒例化していたにもかかわらず、アジアラグビー協会の事務局を日本協会が受け持ち、アジア協会でかなりの発言権があったはずの日本協会がアジア選手権の日程を変えられなかったのか、あるいは日本選手権の日程を大学生の試験後の2月に変更できなかったのか、非常に疑問が残る大会であった。 なお、第2回アジア選手権は関西社会人Aリーグから13名の選手が選ばれた日本代表が2連覇を飾った。 東芝の辞退 [ ] 度の第46回大会ではトップリーグプレーオフトーナメントにおいて決勝進出を果たしていたが日本選手権大会のシード権を得て準決勝からの登場となるはずであった。 しかし、同社内による で選手が大麻陽性反応となり、チームはマイクロソフトカップ決勝は出場するものの日本選手権は辞退するとの旨を日本協会へ提出し、その報告が認められる形で東芝の出場辞退が決定した。 準決勝で対戦予定であったは不戦勝で決勝戦へ駒を進めた。 ちなみに、代替試合として、当日に行われた「小学生サントリーカップ」の優勝チームである立とサントリーによる「タグラグビーエキシビションマッチ」がにて無料解放で開催された(北勢門 5-1 サントリー:1トライ1点・コンバージョンはない)。 関連項目 [ ] 男子の公式戦 [ ]• 女子の公式戦 [ ]• 脚注 [ ].

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歴代優勝校

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早大が昨季王者の明大を下し11年ぶり16回目の大学日本一に輝いた。 しっかり後半は。 1人1人がやるべきことやってないのでファンダメンタルをしっかり。 プレッシャーかかってるけど、ボールキャリアーが前へ運んでほしい」 早大相良監督、前半終了後コメント 「選手が準備してきたこと、1年間の積み重ねを思い切り出してくれた。 そういう結果だと思います。 特に何か変化があったわけではないんですけど、細かいことを、どんなにきつい時でもやり切ろうと。 その姿勢が(前半)40分、出た。 あと40分、相手も意地を出してくる。 後半は明治が意地を出してくるとは思った。 前半は大きくリードできたけど、後半の40分もやってきたことを出し切って、集中しようと。 それだけ言いました。 笛が鳴るまで、いくら取っても安心はできなかった。 選手が体を張ってくれた。 長らく(頂点から)遠ざかったので、この戦いが財産になると思う。 ファンの皆さん、応援ありがとうございました。 そして、おめでとうございます」 明大対早大 試合前、練習を見守る早大・相良監督(撮影・大野祥一) 明大田中監督、試合終了後コメント 「強かった。 早稲田が強かった。 後半は反撃できたが、前半がすべてだった」• photo• スポーツ 節目の第100回全国高校ラグビー、通常開催を決定 []• ラグビー [6月29日 23:00]• スポーツ [6月29日 22:08]• スポーツ [6月29日 21:07]• ラグビー [6月29日 18:38]• 陸上 [6月29日 18:28]• 陸上 [6月29日 18:11]• バスケットボール [6月29日 17:39]• バレーボール [6月29日 15:18]• 東京オリンピック2020 [6月29日 15:10]• 東京オリンピック2020 [6月29日 14:09]• テニス 西岡良仁が苦言「早すぎる」テニス世界ツアー再開 []• テニス [6月28日 20:03]• テニス [6月28日 9:58]• テニス [6月27日 17:54]• テニス [6月27日 17:47]• テニス [6月27日 17:33]• テニス [6月26日 8:09]• テニス [6月25日 10:00]• テニス [6月25日 8:27]• テニス [6月25日 8:27]• テニス [6月24日 19:35]• 陸上 桐生祥秀「自分のためにも」高校生とオンライン面談 []• 陸上 [6月29日 18:28]• 陸上 [6月29日 18:11]• 陸上 [6月27日 23:17]• 陸上 [6月25日 18:55]• 東京オリンピック2020 [6月25日 17:05]• 陸上 [6月24日 10:00]• 東京オリンピック2020 [6月23日 18:21]• 陸上 [6月23日 16:44]• 陸上 [6月23日 8:44]• 陸上 [6月22日 19:29]• フィギュア 「フィギュア365」7・1開設 情報を毎日更新 []• フィギュア [6月29日 9:01]• フィギュア [6月27日 7:01]• フィギュア [6月24日 18:09]• フィギュア [6月24日 16:02]• フィギュア [6月24日 10:46]• フィギュア [6月23日 10:22]• フィギュア [6月20日 10:03]• フィギュア [6月20日 1:28]• フィギュア [6月19日 17:16]• フィギュア [6月19日 14:37]• バレー 新鍋理沙「1年はとても長く感じた」引退理由明かす []• バレーボール [6月29日 15:18]• バレーボール [6月29日 10:00]• バレーボール [6月26日 15:14]• バレーボール [6月21日 8:17]• バレーボール [6月20日 19:12]• バレーボール [6月20日 17:32]• バレーボール [6月14日 9:09]• バレーボール [6月13日 20:09]• バレーボール [6月13日 19:16]• バレーボール [6月11日 19:45]• バスケ B1北海道が前千葉ニック・メイヨと来季契約 []• バスケットボール [6月29日 17:39]• 東京オリンピック2020 [6月28日 18:50]• バスケットボール [6月27日 14:47]• バスケットボール [6月27日 11:38]• バスケットボール [6月27日 10:22]• バスケットボール [6月26日 19:41]• バスケットボール [6月26日 14:00]• バスケットボール [6月26日 10:35]• バスケットボール [6月26日 8:09]• バスケットボール [6月25日 17:25]•

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