島田彩夏 涙。 虐待されても「ママゆるして」に島田キャスター思わず涙 結愛ちゃんは救えた命

フジ女性アナ、虐待女児の「反省文」に嗚咽 肩を震わせ「5歳の子が、どんな思いでこれを...」: J

島田彩夏 涙

東京・目黒区の女の子(5)が虐待を受けて死亡した事件で、女児が生前に書き残していた両親への「反省文」を伝えた女性アナウンサーが、生放送中に目に涙を浮かべ嗚咽する一幕があった。 2018年6月6日夕の「プライムニュース イブニング」(フジテレビ系)でのことだ。 番組のメインキャスターを務めるアナ(44)が、女児が残したメッセージの全文を読み上げた直後、「すみません... 」と手で口元を覆ったのだ。 「5歳の子が、どんな思いでこれを書いて... 」 今回の事件で警視庁は6日、女児に十分な食事を与えなかったうえ、衰弱しても医師の診察を受けさせず死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで両親を逮捕した。 各メディアが報じている。 女児は生前、覚えたての拙いひらがなで両親への「反省文」をノートに書いていた。 そこには、「もうおねがいゆるして ゆるしてください」「もうほんとうにおなじことはしません ゆるして」などの切実な言葉が残されていたという。 同日の「プライムニュース イブニング」で島田アナは、こうした反省文について「本当にあまりに悲しく、あまりに辛いものでした」とコメント。 「でも、目をそらしてはいけないと思い、ここで全文を読み上げます」として、女児の言葉を一文ずつゆっくり丁寧に紹介していった。 だが、全てを読み終えた直後、島田アナの目には涙が浮かんでいた。 「5歳の子が、どんな思いでこれを書いて... 」と話し始めた途中で、手で口元を覆いながら「すみません... そして、肩を震わせながら、 「どんな思いで死んでいったかと思うと、本当に胸が詰まる思いですっ... !」 と、どこか振り絞るような涙声で訴えた。 「気持ちが痛いほど分かる。 辛すぎる」 その後も、目を赤くした島田アナは、鼻をすすりながらも涙声のまま番組を進行。 資料を確認するために顔をうつむかせた際には、涙のような液体が床へこぼれ落ちていった。 涙をこらえながら番組を進行し続けた島田アナの姿は、視聴者から大きな注目を集めた。 ツイッターやネット掲示板には、番組の放送中から、 「島田アナ。 本当に悲しいです。 伝わりました。 涙しました。 よく最後まで読めましたよ。 辛かったはずです」 「読みながら泣いてる島田アナの気持ちが痛いほど分かる。 辛すぎる」 「島田アナが涙こらえて話すからこっちはもう涙涙です」 といった声が寄せられていた。 また、プライベートでは09年に実業家の男性と結婚し、現在は2児の母でもある島田アナだけに、「島田さん確か子持ちだよな 自分の子供のことと重なってなおのこと可哀想に思って当然」と心情を慮るような意見も出ていた。 外部サイト.

次の

虐待死した5歳児の反省文 フジ・島田彩夏アナが読み上げ涙

島田彩夏 涙

略歴 出身。 、ロシア語学科卒業後 、1998年入社。 同期入社は、、。 入社後は一貫して報道番組を担当。 2002年4月より『』の司会を務め、2004年8月に映画『』監督のに単独インタビューを果たす。 2006年10月より平日の『』を担当。 2007年3月で『報道2001』を降板し後輩のに交代。 5年間の担当は歴代女性司会で最長だった。 2009年7月にのと結婚。 2014年10月27日、第1子長男を出産。 2016年2月23日、第2子次男を出産。 2017年4月より『』司会を担当(同年10月まで)。 育児休暇から2年半ぶりに本格復帰した。 同年10月より『』メインキャスターを担当。 次番組となる『』においても引き続きメインキャスターを担当している。 準1級所持。 好物は。 幼い頃からのファン。 現在の出演番組• ( - 、メインキャスター)• (、 - (が担当しない回)、ナレーション) 過去の出演番組• (提供読み)• (土・日曜スポーツキャスター、平日関東ローカル枠リポーター)• (代理司会)• (、不在時の代役)• (キャスター)• (、1999年 - 2000年、司会)• (2001年)• (2005年4月3日 - 2006年9月24日、ナレーター)• (2002年4月 - 2007年3月25日、キャスター)• (2007年10月 - 2008年9月、「スピーク一番出し」キャスター、と交代で担当)• (不定期)• (2010年3月29日 - 2012年3月30日、月 - 金曜日 10:18 - 10:20頃の最新ニュース)• (2006年10月2日 - 2014年3月28日)• (2011年4月16日 - 2014年9月、ナレーション)• (2013年10月15日 - 2014年9月、ナレーション)• (2013年10月16日 - 2014年9月、ナレーション)• (2017年4月 - 9月、キャスター)• (2017年10月2日 - 2018年3月30日、メインキャスター)• (2018年4月2日 - 2019年3月29日、メインキャスター) 脚注 []• アナマガ. 2014年6月13日閲覧。 2009年6月5日. の2009年6月7日時点におけるアーカイブ。 Sponichi Annex スポーツニッポン新聞社. 2009年6月6日. 2018年2月9日閲覧。 朝日新聞デジタル 朝日新聞社. 2014年10月30日. の2014年11月3日時点におけるアーカイブ。 2018年2月9日閲覧。 スポーツ報知 2016年2月25日. 2016年2月28日時点のよりアーカイブ。 2016年2月25日閲覧。 SANSPO. COM 産経デジタル. 2017年3月22日. 2018年2月9日閲覧。 SANSPO. COM 産経デジタル. 2017年8月13日. 2018年2月9日閲覧。 産経ニュース 産経デジタル. 2018年2月8日. 2018年2月9日閲覧。 関連項目• (島田入社時のフジテレビ社長) 外部リンク• - フジテレビ 歴代キャスター 期間 メインキャスター サブキャスター スポーツ 天気 1998. 4 1998. 27 1 1・2 (不在) 2 2 1998. 3 1999. 28 3 1999. 3 2000. 2 4 2000. 8 2001. 25 1・4 2001. 31 2002. 31 2002. 6 2003. 28 5・6・7 2003. 4 2004. 26 2004. 2 2006. 1 2006. 7 2008. 28 2008. 4 2009. 27 5・8 2009. 3 2010. 26 (不在) 9 2010. 2 2011. 27 2011. 2 2012. 30 1 2012. 6 2013. 31 2013. 6 2014. 30 2014. 5 2014. 28 2014. 4 2015. 1 土曜日または日曜日のを兼務。 2 『』から続投(富永・岩谷は前々番組の『』から)。 3 1999年3月の1ヶ月間、の代理で木・金曜日のお天気コーナーを兼務。 4 土曜日または日曜日のを兼務。 5 土曜日の『』を兼務。 7 2009年から水 - 金曜日のメインキャスターを兼務。 8 2009年4月から土曜夜の『』を兼務。 9 女性メインキャスターが担当。 シリーズ歴代キャスター 期間 タイトル 男性 女性 月 - 金 土 日 月 - 水 木 金 土 月 - 水 木 金 土 日 1982. 1 1984. 13 () 1・2 () 3 () 1984. 16 1986. 21 1986. 24 1986. 28 4 1986. 3 1986. 21 4 1986. 24 1986. 16 4 1986. 19 1987. 31 1987. 1 1987. 30 2 1987. 1 1988. 31 1988. 1 1988. 30 2 2 1989. 4 1989. 10 1989. 13 1989. 17 1989. 20 1991. 29 1991. 1 1992. 31 2 2・5 1992. 1 1992. 22 () 6 5・6・7・8 () 1992. 24 1993. 31 1993. 1 1994. 31 6 8 8・9 1994. 1 1995. 1 6 1995. 3 1996. 30 1996. 1 1997. 29 8 1997. 31 1998. 28 8 1998. 30 1998. 26 8 1998. 28 1999. 31 1999. 1 2000. 1 9 2000. 3 2000. 30 2000. 1 2002. 30 9 2002. 1 2005. 25 9 2005. 27 2006. 30 5 2006. 2 2008. 27 2 2 2008. 29 2009. 26 5 2009. 28 2011. 26 2011. 28 2012. 29 9 2012. 1 2014. 29 9 2014. 31 2014. 26 2014. 28 2014. 12 5 2014. 14 2014. 27 2014. 29 2016. 1 5 2016. 2 2016. 25 12 なし 10 2017. 4 2017. 26 2017. 27 2017. 1 2017. 2 2018. 1 11・12 12 歴代総合司会・進行役ほか 期間 放送時間() 司会 フィールドキャスター コーナーキャスター ニュースコーナー 芸能デスク 男性 女性 月・火 水 木 金 1995年10月2日 1996年5月31日 月曜 - 金曜 014:00 - 015:55( 0115分) 1 1・2・3 (不在) (不在) 4 2 1996年6月3日 1997年3月28日 2 1997年3月31日 1998年3月27日 月曜 - 金曜 014:00 - 015:50( 0110分) 5 1998年3月30日 1999年2月19日 1999年2月22日 1999年3月31日 6• 1 前番組『』より続投。 2 後番組『』も続投。 3 佐藤の休暇時には司会を代行し、フィールドキャスターを女性メインが兼務した。 4 報道センターから出演。 1997年3月28日まで『』も担当。 5 産休に伴う降板。 6 『』のスポーツコーナーを兼務。 1999年3月11日~26日まで『』木・金曜の天気コーナーも担当。

次の

虐待死した5歳児の反省文 フジ・島田彩夏アナが読み上げ涙

島田彩夏 涙

今年6月、虐待死された5歳の女の子が残したメッセージが、日本中に衝撃を与えた。 船戸結愛ちゃんが、つたないひらがなで書いていたのは、両親に宛てて「もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします」と許しを請う内容。 フジテレビ系ニュース番組『プライムニュース イブニング』 平日版:毎週月~金曜16:50~ では、島田彩夏アナウンサーが「目をそらしてはいけない」と、全文を読み上げた。 あまりに悲痛なメモに、涙で声をつまらせながらも、最後までなんとか読み切った姿は、多くの視聴者の心を打ったが、それで終わらないのが島田アナ。 これをきっかけに、「児童虐待」の取材に継続的に取り組んでおり、8月1日の放送でも特集される予定だ。 島田彩夏 1974年生まれ、愛知県出身。 上智大学外国語学部卒業後、98年にフジテレビジョン入社。 『報道2001』『FNNスピーク』『BSフジLIVE プライムニュース』などを担当後、17年10月から『みんなのニュース』メーンキャスター。 18年4月から引き続き同時間帯の『プライムニュース イブニング』メーンキャスターを担当。 どういった経緯で、あのニュースを特集することになったのでしょうか? 結愛ちゃんが亡くなったのは、実は今年の3月なんです。 児童虐待はたくさん起こっていて、フジテレビでも発生当時に1つの事件としてこのニュースを取り上げたんですが、それから数カ月経ったあのタイミングで、発見されたメモが警察から発表されました。 その内容が、虐待を受ける子供たちがこんな思いで亡くなっていくのかとあまりにもショッキングで、ここまで大きなニュースになりました。 うちのスタッフは男性が多いのですが、私が母親になって復職したので、児童虐待といった子供の命というものをテーマとして扱ってみたいと、前番組の『みんなのニュース』に携わっていたときから思っていたんです。 幸い、『プライムニュース イブニング』でも引き続きキャスターを務めることになったので、4月にスタートした当初から話していたんですが、どうしても日々のニュースを伝えることが優先され、なかなか具体的に動けなかったんですよね。 そんな中、6月にあのメモが出てきて、これはやらなければという思いで、同期で同じく母親でもある女性プロデューサーと相談して、スタジオの演出部分も話し合って、あの特集をしたんです。 通常、あの長さの文章は時間の都合で抜粋することもあるんですけれど、「こんな言葉を小さな子供に書かせてしまう大人の社会って…」というこのショックを、どうやったら伝えられるかと考えて、そのまま全て読むというのが一番良いという結論になりました。 下読みのときから涙がにじんできて、私もベテランの域なので泣かないようにと思っていたのですが、どうしても耐えられませんでした。 今まで放送で泣いたことは、たしか1年目か2年目くらいに、トークショーで先輩から優しい声をかけられて思わず感極まってしまった1回くらいしかなかったんです。 放送が終わるまでは泣かないということを教わってきたので、東日本大震災のときも裏で涙を流していたんですが、今回はあまりにもかわいそうで、つい気持ちが高ぶってしまったんでしょうね。 担当記者も取材中に涙ぐみ、生放送中のカメラマンさんもみんな泣いていたんですよ。 そうしようと心に決めました。 結愛ちゃんは3月の時点で亡くなっていたのに、その時に動かなかった自分たちにも反省したんです。 同じ子供が虐待された事件で、亡くなったニュースより、メモが出てきたニュースのほうが重大だなんてことはないですよね。 少なく見積もっても、小さな子供たちは、1週間に1人のペースで、密室で殴られたり蹴られたりして亡くなってるんです。 「そんなこと許せない」という普通の感情で伝えようと思い、あらためてまずは両親が起訴されたタイミングで、6月27日に放送しました。 結愛ちゃんの家族は、香川から東京に引っ越してきているんですが、最初に香川で児童相談所に通報した方の取材を記者が行い、私は、結愛ちゃんが亡くなった目黒のアパートを取材しました。 声があがれば周囲も聞こえるような環境だと思ったんです。 でも、香川で通報されたこともあって、声を出さないように、外に見せないように虐待されるようになり、実際に結愛ちゃんの声を聴いたり、姿を見たりする人はほとんどいなかったんです。 お寺で行われた供養も取材したのですが、結愛ちゃんが寒空の中、裸足で立たされていたことや、東京に越してからはほとんど外出が許されていなかったという報道があったので、それを知った方が不憫に思ったのか、新品のかわいらしい靴が何足も供えられていたのが、印象的でした。 首都圏の児童相談所を取材させてもらいました。 そこでは朝からたくさんの電話がかかってきて、幼い子供が体に傷を作ってやって来る場面にも遭遇しました。 そういったことは頻繁にあるそうです。 職員の皆さんが抱えている資料の量も膨大で、インタビューさせていただくと、休む暇もないほど忙しいとおっしゃっていましたね。 最初は、目黒の事件がなぜ起きたのか、結愛ちゃんという子がどのように亡くなっていったのかということをお伝えしたんですけれど、取材をしていると、この1つの事象だけで「児童虐待」という問題の本質は見えてこないのではないかと考え、やはり多角的に調べていきたいと思ったんです。 目黒の事件は、品川の児童相談所が面会しようとしたけれど子供に会えなかったということで、児童相談所の対応に批判が集まったんですが、実際はどうだったのかということを、今回取材しようと思いました。 すごく親身になって、1人でも多くのお子さんの命を救いたい、悲しい思いをさせたくないから、自分たちが働かなければいけないんだということをおっしゃっていましたね。 時には、親御さんから子供を引き離すことをしなければないこともあるそうなんですが、そうすると「鬼! 」とか「死ね! 」など言われることもあるそうです。 そういう中でも、親や保護者と向き合って、今後どうすれば虐待のない家になっていくのかを話し合ったり、児童相談所の中でも預かった子供を親と一緒にさせたほうがいいのか、保護したほうがいいのかと、それぞれのケースごとに真剣に議論しているようでした。 他の児童相談所のことなので、あまり多くのことは語らないですが、やっぱり悲しいことだとはおっしゃっていましたね。 ただ、同じケースを自分たちが担当したら、防げたか防げなかったかは分からないけれど、そういうことが起こらないように自分たちもしなければいけないとおっしゃっていました。 予めご了承ください。

次の