マイナー カプ。 マイナーな自カプ界隈に疲れました。 自カプ自体は好きでまだ創作したいので...

マイナーカプで漫画を描いているが、最近大手の方が描きはじめて自分の存在価値が分からない。

マイナー カプ

私には定期的に読み返す、1冊の同人小説がある。 その方の描く世界はきらきらしているだけでなく、キャター達の悩みや喜びや悲しみがきちんと描かれていて、それをその方独自の洗練された言葉で綴られているのが好きで、どうしたらこんな文章が書けるのだろうと何度も何度も読み返した。 個人サイト最盛期の時代のものなので、どうやって彼女の小説にたどり着いたかは今では覚えていない。 けれどサイトに置いてある小説を読みつくして、その作品のひとつひとつに酔いしれていたことは覚えている。 ある日、その方が大阪のイベントに出るという話を聞いて、当時地方住まいだったけれど大阪ならと手紙と差し入れをもって、その方に会うためだけにに足を運んだ。 そのとき生まれて初めて「(机の上の作品)全部ください」をやったし、直接感想をお伝えすることもできた。 話によく聞く「好きな人が描く(書く)ことを辞めてしまってから、感想を伝えなかったことを後悔した」という後味の悪いことも経験せず、その後もその方の創作に触れ続けることができた。 そのとき購入したうちの1冊が、未だに定期的に読み返す小説だ。 話は変わるが、私も小学生の頃から小説といえるものではないかもしれないけれど、創作をしている。 オリジナルの一次創作から始まり、高校生で二次創作にシフトチェンジして同人誌を出すようになった。 そして今、いわゆるマイナーカップリングで活動している。 先日「検索0件のCP同人誌を書いた()」のエントリーを読んで、大変感動した。 同本来こうあるべきなんだよなという思いと、ほんの少しだけ立場が似ているこの方が羨ましいという気持ちでいっぱいになった。 厳密に言えば私の場合はこの方よりだいぶ恵まれていて、今私が推しているカップリングの書き手は私を入れて片手ほどいる。 作品も0件ではない。 ただ、紙の本を出があるのが私しかいないという点ではこの方と同じだと思う。 他の方が書いた推しカプの話が読めるのは本当に嬉しいし有難いことだ。 けれど、少しだけ引っかかることがある。 そのカップリングの小説を1番最初に投稿した人ばかりがやたらと持てはやされるのだ。 仮にその人をAさんとしよう。 Aさんの作品は確かに魅力的だ。 長編も短編も読みやすく、私も大好きだ。 一人コツコツと投稿し続けてきたから持てはやされるのも分かる。 けれど他に投稿している、例えばBさんの作品もなんら遜色がないようにも思えるのだ。 私はそのカップリングが好きだし、作品を投稿している人も少ないからなんでも読む。 AさんもBさんも他の方も、同じくらいその人の個性が出ていて好きだ。 しかし何があったのかは分からないが、Bさんはたった一つだけ投稿していたその作品を非公開にしてしまった。 以前イベントに出たときに、違うカップリングの人に「私、Aさんが好きで…」と言われたことがある。 その時は「私も好きですよ」と答えた。 投稿サイトをしばらく見ていなかったので、他の人の作品が増えていることに気付かなかったということもある。 最近になって、Aさんは私が思っている以上にそのカップリングが好きな人たちに支持されていることに気付いた。 一人ものすごくAさん狂いの人がいる。 (私が知らないだけで他にもいるのかもしれないが) 寝ても覚めてもAさん、Aさん、Aさん、Aさん。 Aさんの作品のここが好き!Aさんがいなかったら私はこのカップリングにはまらなかった!もはや神! Aさんさえいてくれれば…とも思える言葉の羅列。 正直、同じカップリングを書いている者としては辛い。 Aさんさえ書いていれば他の人のそのカップリングは読めなくてもいいのだろうか。 そのくせ「推しカプ作品増えないかな」と言う。 そりゃAさんの作品ばかり望んでいたら他の人は書きたくなくなるよ。 もしかしたらBさんだってどこかでその言葉に触れてしまって、作品を非公開にしてしまったのかもしれない。 Aさんが好きなのは分かる。 けれど、同じカップリングを扱う人の目に触れるところで特定の人ばかり褒めるのは、他の人の創作威力を削ぐことになってしまうのではないだろうか。 私がからそう思うだけだろうか。 そんな折、で「は鳥の赤ちゃんだから、最初に触れた性癖にささるカプを親だと勘違いして好きになる」みたいなツイートを目にした。 多分、Aさんをべた褒めしている方は、それなんだろうと思う。 今私は締切と睨めっこしながら、イベントではオンリーワンカプであるそのカップリングの原稿を書いている。 書きたい気持ちとネタはあるのに、Aさんが!Aさんさえいれば…という言葉にやる気やいろんなものをゴリゴリ削られながら、それでもなんとか自分はいつだって自分の味方だと、自分で自分を励ましながらなんとか気持ちを保っている。 多分、感想がもらえなくて筆を折ってしまう人というのは、きっとこんな感じなのだろうなと思いながら、それでも私は自分が好きだからという理由だけで自分の好きなカップリングを書く。 そんなとき、そういえばここ半年はあの定期的に読み返す小説を読んでなかった、と思い出して、冒頭で書いた1冊の小説を久々に読んでみた。 そしたらほんの数ページ読んだだけで、いい大人がぼろぼろ涙をこぼしてしまったのだ。 ああ、色々溜まってたんだな。 私はいつもこの小説に助けられてきたのだ。 書けない時も、辛い時も、今みたいに誰にも必要とされていないかもしれないと思った時も。 二次創作の作品なのに、その綺麗な言葉たちに、キャターたちのリアルな会話や心理状態に、素直に二次創作を楽しんでいた時のことを思い出していつも助けられるのだ。 多分、この小説の作者さんは今はもう創作をしていないと思う。 でも迷惑かもしれないし気持ち悪いかもしれないけど、またもし会うことができるなら伝えたい。 もう10年以上も貴方の作品に救われていますと。 なんだか支離滅裂で言いたいことだけ羅列した文章でごめん。 私にだってそれだけ好きな書き手さんがいるのだけど、今まで一度も「彼女が一番!彼女さえいればいい」って公の場で言ったことはない。 やはり他の書き手さんの気持ちを殺してしまうから。 だからどんなに好きな書き手(描き手さん)がいたとしても、それは本人にだけ伝えて、他の書き手さんの見えるところでは言って欲しくないなって。 とくに創作者の少ないジャンルやカップリングでは。 折れそうな心をなんとか保っている一人のの愚痴です。 最後まで読んでくれた方、ありがとう。 hateblog7.

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同人誌などのカップリングで「マイナーカプ」とかよく言うみたいなんで...

マイナー カプ

こんにちは。 私は某ジャンルでマイナーカプの漫画を描いています。 マイナーなのであまり他に描いてる人もいないのでハマった当時は他人の描いた絵もありがたいと見ていたのですがだんだん時が経つにつれて 他人の絵が見れなくなりました。 見ると自分の絵に自信がなくなることが多くなったからです。 元々自分は絵がうまくはないので漫画のネタで勝負!とは思っていたのですが… 他人の絵を見ることが怖くなりました。 自分が描かなくても他の人が描いてるから自分なんていらないんだ、そもそも私が描いたからなんだって言うんだ?など 当初は自分が楽しくて描いていたはずなのに最近はこんなことばかり考えてしまいます。 最近は大手の方が描き始めたようで…ますます自分の存在は不要になってきたと感じています。 同じカプ者なのにこんなことばかり考えてしまう自分が嫌です。 うた子さんは同カプ者の方に嫉妬などするでしょうか? こんにちは。 文章を読んでいて、最後に「 嫉妬」という言葉が出てきて、びっくりしました。 何故かというと、私には、 質問者さんが他の方に抱いている感情が嫉妬であるということが、文章を読んでいる間まったく分からなかったからです。 この場合の嫉妬っていうのは「私より後に描きはじめたのに、私より人気者になって悔しい!」て気持ちなのかなあと思うのですが、私には、質問者さんの文章から「悔しい!」という気持ちより、なんだろう、自分に対するガッカリという気持ちの方が強いのかな?と感じました。 はてさて、現在の状況ですが… せっかく、マイナーだったカップリングに人が来たのですから、交流をしてみるのはどうでしょう? 交流が出来て、親しくなれて、作品以外の作家さんの良いところを知ることができたら、「親しい人の作品!」と以前より好感をもって見ることが出来る気がします。 そうじゃなかったら、一切の交流を断ち、一切他の方の作品も見ないようにすると、心のためになるんじゃないでしょうか…自分ひとりで描き続けていた頃のように。 自分が楽しくて描いていた。 そんな風にまた描けるといいですよね。 utap.

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マイナージャンル・カプ・キャラを語るスレ52

マイナー カプ

追記:身ばれするので質問を消すよう依頼を受けたので、質問文を消します。 お願い:「王様の耳はロバの耳に出てくるツボ」のようにわたしを使うのは、まったく構いませんが、回答されて困る質問は「回答不要」と文末におつけください。 基本全文引用で答えるようにしています。 〈以下回答〉 どんな時でも、危険だなと思うことが一つあって、それは「誰かのために何かをすること」です。 なぜ危険かと言うと、「全て自分のためにやっている。 」と思った方が精神にいいのに、「誰かのためにやっている。 」と思ってやると、要らぬストレスを抱え込むからです。 「誰かのために何かをしてあげたのに、全然感謝してもらえない!恩知らず!」と、こういった風にです。 この場合は「憧れの作家さんに喜んでもらうために創作をした」「マイナーカプを増やす為にがんばって創作をした」ということが、当てはまります。 目的や目標を持って何かをすることは、とてもやり甲斐があり、楽しいことですが、努力は必ず報われるとは限らないし、目的を自分以外の「人」におくことも、とても危険なことです。 責任転嫁が容易になり、相手に怒りを抱きやすいです。 お金という報酬が伴う仕事とは違い、趣味ですから、なにより先ず「自分の為に」やるのが1番精神衛生上良いかと思います。 自分が描いていて楽しいか。 それを先ず第1におけば、心穏やかに趣味の創作をできるのではないかなあ…と、思います。 また、憧れの作家さんに喜んでもらうのは何の為か? それは、憧れの作家さんが喜ぶのを見ると、自分が嬉しいから。 ではないでしょうか。 今、その憧れの作家さんが喜んでるのを見て、自分も素直に喜べるか? 今そこまでこじれてしまったのでは、ちょっと難しいかもしれませんね。 その場合は、フォローを外して少し距離を置くのも一つの手ではないでしょうか? イベントは、自分が行きたいイベントなら、行けばいいんじゃないでしょうか? 趣味は自分の為にするもの、もっと言えば、人間は自分の為に生きる生き物だと自覚すれば、楽な気持ちになるんじゃないかなあ…と、私はそう思います。 utap.

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