一路 真輝。 BS時代劇「一路」

山口祐一郎、一路真輝、井上芳雄、山崎育三郎らが熱唱 ミュージカル・コンサート『M.クンツェ&S.リーヴァイの世界』のTV放送が決定

一路 真輝

プロフィール 名前:一路 真輝(いちろ まき) 本名:石川 いづみ(いしかわ いづみ) 生年月日:1965年1月9日(53歳) 出身地:愛知県 身長:164cm 血液型:B型 所属:東宝芸能 ・1982年:宝塚歌劇団に入団する。 ・1993年:雪組トップスターに就任する。 ・1996年:宝塚歌劇団を退団する。 ・2006年:内藤聖陽と結婚する。 第一子を出産する。 ・2011年:離婚する。 一路真輝の実家や父親の事件の真相がヤバイ!? 一路真輝さんは宝塚歌劇団のトップスターとして活躍して、若い頃から大人気でしたよね。 現在も女優として多くの作品に出演しています。 そんな一路さんなのですが、実家や父親の事件の真相が話題になっているそうです。 では、一路さんの実家や父親の事件の真相とは、一体、どのようなものなのでしょうか。 そこで調べてみると、一路さんは父親が脅迫事件を起こしていて、家族なども注目されているそうです。 まず、一路さんの生い立ちについてなのですが、一路さんは愛知県の出身で実家が愛知県にあり、小学生の頃に宝塚歌劇団の公演を観て宝塚に興味を持ち、1980年に宝塚音楽学校に入学しているのだとか。 一路さんに兄弟がいるのかはわかっていないのですが、家族には父親と母親がいて早くから宝塚歌劇団に入団することを夢見るなどしていたので、演劇などが好きな家庭だったのかもしれません。 そして、そんな一路さんなのですが、父親が名古屋三越に電話で5000万円を持ってこないと店を爆破するという脅迫事件を起こしたことがあるのだそうです。 この脅迫事件によって一路さんのお父さんは逮捕されているそうなのですが、一路さんの実の父親がこうした事件を起こしたということでかなり驚いてしまいますよね。 スポンサーリンク なぜ、一路さんのお父さんがこのような脅迫事件を起こしてしまったのかについてはほとんど分かっておらず、一路さんにとって黒歴史とも言われているそうなのですが、一路さんの実家や父親の事件の真相がヤバイですよね。 この件について一路さんが口を開くことは一切ないそうなのですが、事件が起きた当時からかなり大きな話題になってしまったのだとか。 そして、現在の一路さんは年齢が53歳で、シングルマザーとしてお子さんを育てているのですが、女優として仕事も変わらずにしていて2014年に「隣の女」、「55歳からのハローライフ」などに出演し、2016年には第37回松尾芸能賞・優秀賞を受賞するなどしているそうです。 一路さんの現在の年収についてははっきりとわからないのですが、一路さんほどの女優さんは数千万円の年収があるかもしれません。 なので、このように一路さんは現在も精力的に女優として活動しているのですが、今後もさらに女優として活躍していきそうですね。 一路真輝さんは宝塚時代から大活躍していましたよね。 新人の頃からその歌声などが高く評価されていたのですが、そんな一路さんのエリザベートなど宝塚時代の活躍について注目が集まっているそうです。 では、一路さんのエリザベートなど宝塚時代の活躍とは、一体、どのようなものなのでしょうか。 そこで調べてみると、一路さんは「エリザベート」などの舞台に出演して宝塚在籍時から大活躍をしていて、退団後も様々な舞台に出演しているのだそうです。 一路さんは1982年に宝塚歌劇団に入団し、雪組で娘役として活躍していたのだとか。 当時の一路さんの芸名は「一路万輝」だったのですが、1983年に新人公演として「うたかたの恋」に出演し、1985年には「はばたけ黄金の翼や」でヒロインを演じ、新人ながらも大活躍していたのだそうです。 スポンサーリンク さらに、その後も「三つのワルツ」や「サンマルカンドの赤いばら」などに出演し、1988年には「風と共に去りぬ」でレットバトラーを演じているのだとか。 これらはすべて新人公演で、同時に本公演として1982年に「春の踊り」や「ジャワの踊り」に出演し、その後も「うたかたの恋」、「花夢幻」、「宝塚をどり賛歌」など毎年多くの作品に出演していたのだそうです。 一路さんは80年代後半に現在の芸名である「一路真輝」に改名して活動するようになったのですが、改名に関わらず一路さんは大活躍していたようですね。 そして、そんな一路さんの宝塚の同期は大峯麻友さんなどがいるのだそうです。 他にも同期として英真なおきさんなどもいるのですが、かなり豪華な同期がいるのだとか。 スポンサーリンク また、そんな一路さんなのですが、若い頃にはこのように様々な舞台に出演し、1993年には雪組トップスターに就任したのだそうです。 この頃には男役として活躍していたのですが、娘役から男役トップスターになるというのは凄いですよね。 宝塚時代の一路さんの写真を見ると、トップスターになるのも納得のルックスです。 そして、一路さんは1996年に「エリザベート」で宝塚歌劇団を退団しているのだそうです。 さらに、一路さんは宝塚在籍時にも「エリザベート」を演じているのですが、宝塚退団後も「エリザベート」を演じていて、「エリザベート」のトート役は一路さんのハマり役とも言われているのだとか。 スポンサーリンク なので、一路さんと言えば「エリザベート」とも言われているほどなのですが、一路さんの「エリザベート」など宝塚時代の活躍がヤバイですよね。 一路さんは新人の頃から歌がとにかく上手でそのレベルは宝塚でも屈指のものだと言われていたそうなのですが、まさに伝説と呼ぶにふさわしいタカラジェンヌと言えそうなのだとか。 娘役から男役になり、トップスターにまで上り詰めて活躍するというのは普通はできないことなのですが、こうしたところはさすが一路さんですよね。 今後もそんな一路さんの宝塚時代の活躍については多くの人に語り継がれていきそうです。 父親が三越を脅迫するなどしてその事件などが話題になった一路さんなのですが、「エリザベート」を長く演じて代表作となるなど宝塚時代の活躍も注目されていて、今後もそんな一路さんに注目していきたいですね。

次の

一路真輝、元夫・内野聖陽との和解は子供の一言がきっかけだった。

一路 真輝

1996年、日本初演となるウィーン発のミュージカル『エリザベート』で宝塚歌劇団雪組トップスターとして主役トートを演じ、同時に宝塚を退団した一路真輝さん。 さらに2000年から始まった東宝版では2006年まで主役エリザベートを務め、まさに『エリザベート』の第一人者と評されています。 その後も数々の作品で主演をこなし、その抜群の歌唱力と演技力で今やミュージカル界には欠かせない存在です。 今回、春秋座でのコンサートでは、京都フィルハーモニー室内合奏団の流麗な演奏をバックに、ミュージカルや懐かしの宝塚ナンバーをふんだんに披露します。 コンサートに先駆け、一路真輝さんとも交流の深い春秋座プロデューサー・舘野佳嗣が今回のコンサートのこと、宝塚時代のことについてお話を伺いました。 京都でのコンサートは初めてですか? 一路 ありがとうございます。 初めてなんですよ。 まさに、日本における『エリザベート』の第一人者でもありますから 今回も当然、『エリザベート』の曲は歌われますよね。 一路 はい。 予定しています。 私、『エリザベート』の舞台のウィーンとは何かと縁が深いんです。 まず、宝塚のトップスターになる前に『微笑みの国』という ウィーンのオペレッタをやりまして、 トップスター就任後、ウィーンの国立フォルクスオーパー管弦楽団と ウィーンで共演したんです。 ゆくゆくの流れで『エリザベート』上演に繋がるのですが、 退団してからも年に1、2回はウィーンにお仕事で行っていたんです。 ですから、たどっていくとウィーンとの縁をものすごく感じるんです。 一路 はい。 私、クラシックコンサートというと 国立フォルクスオーパー管弦楽団と共演した時に思った 「ウィーンで、ウィーンのオーケストラで、 ヨハン・シュトラウスを生演奏で聴いている!」 という 幸福感を思い出すんです。 ですから今回、私から京都フィルハーモニー室内合奏団さんに (以下=京フィル) ヨハン・シュトラウスを2曲をリクエストしました。 そうなると自然と「ウィーン、わが夢のまち」 を歌いたいなと思い、 そしてウィーンといえば『エリザベート』なので 「愛と死の輪舞」へ続くと。 そんな風にウィーンと繋がりの深いオープニングになる予定です。 一路 はい。 「愛と死の輪舞」ときたら、やはり宝塚ワールドかなと思って。 そして自分の中で、宝塚時代の代表曲と思える「花夢幻」、 最後はケネディ大統領を描いた『JFK』の中から 「アポロ・月への旅」 を歌いたいと思います。 これは未来に向かって何かが始まるという曲なので、 あえて1部の最後に歌うのもステキかなと思いまして。 皆様に喜んでいただけるかなぁ、なんて考えながら決めました。 3曲目に『王様と私』からの代表曲を予定されており、 その流れでもう1曲お馴染みのナンバーを選ばれたのですね。 一路 今回やりたいなと思ったのは、京フィルさんの演奏から 私の歌へ流れが自然に繋がっている感じにしたいと思ったんです。 ですから京フィルさんの演奏リストに 「Shall We Dance? 」が上がっていたので、 そのまま「ハロー・ヤング・ラバーズ」を歌いたいなと思ったんです。 一路 『王様と私』の後は、 ウィーンミュージカル『モーツァルト!』から「星から降る金」を。 このミュージカルは博多と名古屋でしか出演しなかったので、 関西のお客さんに聴いていただけたらと思って。 それから、この2年間、14年ぶりに出演した 『キス・ミー・ケイト』より「ソー・イン・ラブ」を。 14年たって今の私だからできる、 今の私の歌い方が何となく見えてきたので、 改めて京フィルさんと作りたいなと思っています。 そして『レ・ミゼラブル』の「夢やぶれて」。 私、この曲が大好きで、自分のコンサートでも歌うのですが、 今の自分がこの歌をどう表現するのか自分自身に興味があるんです。 歌って本当に不思議で、歳と共にすごく歌い方が変わるんですね。 自分の曲への感じ方も変わるし、お客様の聴き方も変わりますし。 ですから自分でも「今はこんな風に歌うんだ」って 発見があって奥深いんです。 当日は、自分がどんな風に歌うのか楽しみでもありますね(笑)。 一路 これは歳をとった女優さんが銀幕から退き、 今は世間からは必要とされていないけれど、 幻覚で自分は素晴らしいと歌う曲なんですね。 とてもドラマチックで大好きなミュージカルです。 一路 一路真輝にとって大きな大きな財産である『エリザベート』から 「夜のボート」「愛のテーマ」を 最後に歌わせていただこうと思います。 作品的にもご苦労されたんじゃないですか? 一路 そうですね。 『エリザベート』という作品が自分にとって、 こんな風になるとは当時、予想もつかなかったですけれど、 あの苦労があったから今があるって、 はっきり胸を張って言える作品に出会えたことは幸せですし、 財産だと思います。 ただ誰かタイムマシーンに乗って当時の自分に 「これをがんばれば大丈夫だよ」って 言いに来てくれたら良かったのに! と思うほど本当に不安でした。 一路 そうでした?! 当時は自分の事で精一杯で、 お客様のお声をあんまり覚えてなくて。 うーん、でも14年間の男役人生をぶつけられる役でした。 ただ、キーは宝塚の男役のためにかかれている歌に比べたら、 音域が下から上まで広いので苦しみましたね。 古澤さんは当時、宝塚歌劇団の中で 唯一、物語の筋などを理解した上で 『エリザベート』を観られた人だったんです。 それで絶対、宝塚に合っていると確信を持たれたんですね。 そこで私が古澤さんに呼ばれて説得され、 演出家は人間以外の演出をさせたらピカイチと言われた 小池修一郎先生が良いと言われて(笑)。 でも小池先生は当時、舞台は観たけれどドイツ語ですし、 曲は世間に知られているけれども、良いとも悪いとも分からないと、ちょっと尻込みされていらしたんです。 それで私と花總まりさんと小池先生でウィーンへ観に行って、 宝塚らしいアレンジが加えられるのならば、とても良い作品だね。 という話になり、そして今日に至るんです。 一路 当時の小池先生の名言で 「テレビドラマの『渡る世間は鬼ばかり』が ロングヒットしているのは、テーマが嫁姑問題だからだ」って。 だから「絶対にエリザベートもウケるはずだ」と おっしゃられたのが忘れられなくて(笑)。 ほんとうに着眼点が面白いですよね。 あの旋律も日本人の琴線に触れますよね。 一路 ウィーンやフランスミュージカルが 日本のお客様に受け入れられるのは、 何かしら日本人の心を打つものがあるからなのでしょうね。 それはヨーロッパの歴史なのか、 ヨーロッパに王様がいらっしゃるのと同じように 日本に天皇がおられるからなのか。 でも、日本人はハプスブルク家が好きですよね。 ですから、いろいろな意味で『エリザベート』には 日本人が喜ぶ要素が詰まっていたのかなと。 キーの違いなど大変だったんじゃないですか? 一路 大変でしたし、今でも課題は沢山あります。 シシイ(エリザベートの愛称)をやったのは 女優としてまだ4年目で、 たくさん勉強しなくてはいけない時期でしたので 非常に大きな壁でしたね。 今回のようなコンサートで歌わせていただいたり、 自分のコンサートで歌ったりする中で毎回、 「あ、やっぱりこの楽曲、大変だ」と思ったり、 「今の自分はこういう風に歌えるんだ」と思ったり。 そういう発見がいまだにあります。 みんなで作りだした『エリザベート』 一路 宝塚は少女歌劇から始まり、 お客様に「夢」をお届けしてきた劇団です。 ですから、歌だけで構成されている ミュージカルを上演するのは初めてでした! なので『エリザベート』を上演すると決まった当初は、 はたしてセリフのような歌が 3階席まで届くのかと心配されました。 ですから出演する生徒も持っている力を最大限に絞り出し、 みんなでがんばったんです。 幸いなことに当時の雪組の男役がみんな歌える人ばかりで、 高嶺ふぶき(フランツ・ヨーゼフ)、轟悠(ルキー二)、 香寿たつき、和央ようか(ルドルフ)、 安蘭けい(ルドルフ少年時代)、 そしてエトワールだった朱未知留(ゾフィ)と 適材適所にキャラクターを歌える子がいたんですよね。 ですから主要なところは大丈夫だろうと。 ただ下級生にいたるまでソロがありますからね。 結果、こういう作品を宝塚でできるんだという 土台を作ることができました。 一路 そうなんです。 私たちの後、間が空いてしまったら、 どの組にやらせようかってなりますけれど、 一年経たずに再演することでトートはこういうもの! という制約が無くなり、役の幅が広がったんです。 その後2年で今度は姿月あさとさんがおやりになるのですが、 麻路さんの妖艶なトートとは違った、 姿月さんのトートを演じられました。 ですから、この3人から始まった作品だと思っているんです。 実は今日、宝塚取材歴40年ぐらいの記者の方に、 私が辞めた後、何が変わったのかを教えていただいたのですが、 当時の植田理事長が「『エリザベート』ができたのだから、 宝塚はもっともっと自信を持って作品に挑もう。 だからもっと作品を上演したいから5組に増やそう」って、 おっしゃったっていうのを今日、初めて伺って感動しました。 5組を作るきっかけにもなったんだって初めて知りました! だから今日を境に、こんなこともありましたって 言えるようになったのが嬉しいです。 辞めた後ってわからないですものね。 一路 京都に宝塚時代からよく通っていたんです。 祇園町とか銀閣寺とか行ったり、 湯豆腐とかおいしいものを食べたり…。 今まで京都で楽しい思いをさせていただいたお返しを このコンサートで歌わせていただけたらと思います。 一路 そうなんですか! ぜひ、行ってみます。 (撮影:高橋保世).

次の

一路真輝は『エリザベート』で旦那の内野聖陽と出会った? 『トート』として活躍!

一路 真輝

俳優の内野聖陽さんの元嫁は元宝塚のトップスター一路真輝 いちろまき さんです。 ad by google 内野聖陽と元嫁・一路真輝の馴れ初め 私生活では、3歳年下の俳優の内野聖陽さんと2006年に婚約・結婚。 内野聖陽さんと一路真輝の出会いは、ミュージカル「エリザベート」でした。 一路真輝さんは、主演のエリザベートを演じ、内野さんは相手役のトートを演じました。 このミュージカルがきっかけで、2人はお付き合いを始めるように。 2006年5月に婚約を発表し、7月に入籍。 内野さんが3歳年下なので一路真輝さんは姉さん女房となります。 2006年10月には第一子となる娘さんを出産。 当時、一路さんは41歳と高齢出産でした。 一時期、育児と家庭生活を優先させるため、女優業を無期限付きの長期休業する旨が発表されます。 しかし2010年3月には舞台復帰。 同年、夫である内野聖陽さんが女性と車内でキスする様子がフライデーに報じられます。 離婚は、この報道がきっかけとも言われていますが実は、 この写真が報道される7ヶ月前から別居をしており一路さんと娘さんは2人でマンションにて暮らしていたといいます。 内野さんは良くも悪くも役にのめり込むタイプ。 娘さんの夜泣きなどで セリフ覚えに集中できなかったため一路さんは家を出たとNEWSポストセブンでは 報じられています。 しかし、妻からしてみれば、どれだけ仕事のためとはいっても子育ては夫にも協力して 欲しいところだろう。 この頃から夫婦間に亀裂が入っていたとしても不思議ではない。 現に、一路さんのブログでは 以前より内野さんとは話し合いを続けていたと語られてます。 実は、私たち夫婦の中ではそんな記事が出る以前から、真摯に話し合いを続けていました。 結婚して子供が産まれ、お互い必死で生きる中、多くの夫婦が抱えるであろう問題にも沢山直面し、理想と現実の狭間で悩みました。 ・・・・・ そんな中、私たち家族にとって何が一番良い道なのかをなんとか見つけ出したくて、長い長い時間、二人で話し合いを重ねてきました。 引用元: その後、2011年8月18日には内野聖陽さんと離婚を発表。 親権は一路さんが持つことになり、一路さんは「娘さんとは会わせない」と頑なで、 そのため、内野さんと娘さんは会うことはなくなってしまったといいます。 離婚後、内野さんは都内に建てた推定2億円の豪邸に住み続けた。 しかし離婚後も、娘さんは内野さんがテレビに出ると「パパだ」と大喜び。 一路さんもこの子にとってはあの人は父親だ。 悲しませてもいいのだろうか?と 考え直したそうです。 今では週末に娘さんが内野さんの家に泊まりに来たり、娘の行事に内野さんが参加することもあるという。 引用元: 結婚生活は数年で終わり、離婚し泥沼化した一路さんと内野さんの関係でしたが、 その2人を和解に導いたのは2人の間にできた娘さんでした。 しかし、いくら不倫報道が出る前から夫婦間が冷え切っていたとはいえ、 育児をがんばっていた一路さんのかたわら、内野さんの不倫報道。 女として、いくら娘のためとは言えど、なかなかそんな旦那と和解はできないであろう。 そこに一路さんの女性として母としての器の広さが表れているように思います。

次の