小泉 たつみ。 「小泉たつみ」 ブログ検索 皆声.jp

「小泉たつみ」 ブログ検索 皆声.jp

小泉 たつみ

美しい写真に惹かれてたまたまこの記事をクリックした方。 ご自宅に大衆演劇の世界を丸ごとお届けする。 テレビ朝日CS放送の大衆演劇番組は、3時間丸々、公演の様子を放送するという大ボリュームが特長だ。 「たつみ演劇BOX」は大衆演劇界でもよりぬきの人気劇団だ。 この番組で初めて大衆演劇に触れる方でも、きっちり形の整った芝居、個性豊かで芸達者な座員、そして、 小泉たつみ座長・ 小泉ダイヤ座長の美しい兄弟の魅力を、楽しんでいただけるだろう。 小泉たつみ座長 番組提供 (劇団名について・・・) それはですね、元々うちの父の代で「嵐劇団」という名前からはじまって、僕の代になったときに、上の名前は小泉なので「小泉劇団」というふうにしていたのですが、どうしても代替わりの時には先代のイメージが残りがちなので。 そこは意識しないで自分のカラーを強く作っていく、『小泉たつみ』という役者からどれだけの演目やお芝居の引き出しが出せるかということで、父が決めました。 (いくつか候補は?) ありません、ピンときて決めた感じです。 (2歳での初舞台の記憶は?) 全然覚えていないですよ。 何に出たのかも覚えていないです。 最初は連れられて舞台に出された感じです。 (ご自身の中で、お芝居を意識しはじめたのは?) 長期のお休みの時は一座に遊びに行ったりしていたのですが、それまでは大阪のほうで母と一緒に生活していて、そのうち「ちょっと出てみるか?」ということになって、小学校5年生くらいの時からですかね。 (その時はどのような役でしたか?) 子役としてはほとんど出ていないですよ、まずは難しい女形からと言われて。 (そこから本格的に?) いや、小学校を卒業して中学校1年生くらいからですかね。 ずっと一緒に回るようになったのは。 (その当時、転校しながら全国を回っていたと思うのですが。 学校での周りの反応はどうでしたか?) 自分自身は意識していないのですが、先生達が僕らが転校してくる前に説明してくださっているので、どんな事をしているのか聞かれたりして、こっぱずかしかったです。 座長自身から見て、この劇団の強みや特徴) 強みは祖父の代からやっているので、言い方が正しいかわかりませんが、関西では老舗劇団になると思います。 長くやっているだけあって、各地の劇場のみなさんからは信用をいただいているなと感じますし、皆さん良くしてくださりありがたいです。 そして、劇団名にありますが、うちはお芝居に力を入れています。 昔のお芝居は堅いものが多いので、その堅いお芝居を崩さないで、なおかつお客様に入りやすいように、わかりやすいようにという点を意識しています。 そして、昔のものだけではなく、新しいものも積極的に取り入れていきたいですね。 (アニメ、漫画が好きということですが) 僕らが子供の時は、楽屋にテレビもなければPCもなくて。 自分の空いた時間にさっと読んでストレス解消というか、気分転換できる唯一のものでしたね。 (今はまっている作品は?) 今は特にこれというものはないのですが、毎週、少年マガジンとジャンプを読んでます。 (漫画からお芝居のインスピレーションを得たことはありますか?) 考えたことはあるのですが、やはり漫画とは違う世界というか・・・なかなか難しくて。 実演すると変わってくるのかな?と思います。 衝撃的な作品は『ONE PIECE』ですね。 あれは唯一お芝居に通じるものがあり。 セリフのくささ、激しさという部分が。 大衆演劇ってヤマをあげるということが大事なので、通じるところはあると思います。 (東京のお客様の印象) お芝居に詳しい方が多い。 大衆演劇だけにかかわらず、演劇好きな方が多い印象です。 (お客様からもらう、うれしい言葉) 名作ものだったり、大きな場所で同じ演目を見たけれど、私はこっちのほうが好きです、とかこちらの演出が好みですとか言っていただけると、一人でもそういった印象をお持ちいただけたなら、よかったなと素直に嬉しく思います。 (今後の夢) 僕たちは大阪出身なので、関西エリアだけではなくて、全国の方に喜んでいただける舞台を作っていきたいですし、そういうことを続けていけると、また大衆演劇のホールではなくて違う場所、たとえば一日大きなホールを借りて何かやりますよといった事ができる、そういったことが一年に一度できて集客できるような劇団になれればいいなと思います。 あとは、若手の成長ですね。 (視聴者に) まず一か月のバランスをみて演目を決めていくのですが、ラスト数日は常にお笑いをやります。 収録当日の舞台より 番組提供 小泉ダイヤ座長インタビュー (初めての舞台は?) 流されるままに出たので、あまり記憶ないんですよね。 その当時は歌が好きだったので、芝居も出たのですが、覚えがあるのは歌ですね。 歌を楽屋で稽古して舞台でワンコーラス歌って、ツーコラス目から父が歌うという感じの記憶がありますね。 (そのあと、自分の仕事にしていかれたんですね) 僕が3年生位の時に、兄貴に父親から「これから役者をやるか」みたいな話があって、僕も父親から聞かれて「役者をやるか、他の仕事でももちろんいいぞ」と言われたのですが、正直10歳そこらだとよくわからないじゃないですか。 兄貴が「やる」と決めたので、「じゃあ俺も一緒についていきます」となって、そこからほとんど家に帰ることなく劇団で、楽屋の習いとか行儀とかを覚えなさい的な感じで、そこからですね。 (ご兄弟で劇団を支えてこられたと思うのですが、喧嘩などはされますか?) しょっちゅうでした。 真剣に自分の意思で役者ということを意識しはじめたのは12歳、13歳の時でしょうか。 その時は既に兄貴が座長だったので、そのくらいから「ああ。 兄貴ってやっぱすごいなあ」と尊敬の気持ちを持ち始めましたし、そこから喧嘩は減っていきましたが、それまではよるとさわると取っ組み合いの大ゲンカでした。 ムカついたら僕が殴って兄貴は耐えるみたいな 笑 殴り返すと父に怒られるので。 (ダブル座長になったとき) うちの兄貴は古くから座長をしていますが、その当時僕の世代の人たちが座長になり始めた時期で、それだったらお前も座長になって皆といろんな事に挑戦したらいいんじゃないだろうか?ということで。 自分の劇団を持ってもいいぞと言ってもらったのですが、その時は正直自信もなかったですし、やっぱり力もなかったので、二枚看板でやらせてくださいということで、今の形になりました。 元々座長になりたいわけではなくて、舞台ができればいいやと思っていたのですが。 座長になってからいろんな壁にぶつかりましたね。 それを乗り超える早さが他の人に比べてどうなのか、とかは分かりませんが、これからもっと兄貴から指導を受けながらいっぱしの座長になっていけたらいいなと思います。 そしてなったからには座長たちの中でも、立派な座長だねといってもらえるようになりたいです。 (座長同士の横のつながり) 幼馴染もいますし、僕よりも全然素晴らしい座長さんはたくさんいらっしゃって。 競り合うっていうのは僕の性にあわないんですけれど、でもやっぱり競り合わなくてはいけないのかなと思ったりもします。 (これから挑戦したいこと) こんなことがしたい、あんなことがしたいって頭の中に常に出ていくんですけれど。 実際に行動にうつそうと思う事はこの劇団の中でできることしかないんですよね。 たとえばよその舞台でなにかとか、他のジャンルで挑戦したいとかいうことは僕の中ではなくて、この大衆演劇の中で、劇団の中でできることしか今は考えていませんね。 (気分転換) お酒と車ですね 笑 セダンが好きです。 ヒマな時「これほしいなあ」とか雑誌やWEBで探したりします。 (ダイヤ座長は役に没頭するタイプといわれることについて) 真剣な芝居の時でも、うちの兄貴はお口が達者なので、ばーっと喋って盛り上げたりする役目をやってくれるので、僕はありがたい事に役に没頭しているのかもしれませんね。 (視聴者のみなさまに一言) 客席の反応なども楽しんでもらいたいですね。 つられ笑いとかあるじゃないですか。 そういう雰囲気、楽しさが伝わればいいかなーと思います。 こういう喜劇だけではなく、人情劇だったり喜劇だったり、いろんな事をとにかく毎日やっているので。 大衆演劇を知らない方が、大衆演劇を知るきっかけになってくれて是非劇場に足を運んでくれたらなあと思います。 私ども「たつみ演劇BOX」はお芝居を特に頑張っているのですが、舞踊ショーのほうも目で見て、聞いて楽しんでもらえる舞台を、兄弟、メンバーとともに作っていっています。 全国各地いろいろ行っておりますので、劇団名を見かけましたら、是非生の舞台に足をお運びいただければと思います!.

次の

たつみ演劇BOX【小泉たつみ&ダイヤ】大入袋2枚目

小泉 たつみ

美しい写真に惹かれてたまたまこの記事をクリックした方。 ご自宅に大衆演劇の世界を丸ごとお届けする。 テレビ朝日CS放送の大衆演劇番組は、3時間丸々、公演の様子を放送するという大ボリュームが特長だ。 「たつみ演劇BOX」は大衆演劇界でもよりぬきの人気劇団だ。 この番組で初めて大衆演劇に触れる方でも、きっちり形の整った芝居、個性豊かで芸達者な座員、そして、 小泉たつみ座長・ 小泉ダイヤ座長の美しい兄弟の魅力を、楽しんでいただけるだろう。 小泉たつみ座長 番組提供 (劇団名について・・・) それはですね、元々うちの父の代で「嵐劇団」という名前からはじまって、僕の代になったときに、上の名前は小泉なので「小泉劇団」というふうにしていたのですが、どうしても代替わりの時には先代のイメージが残りがちなので。 そこは意識しないで自分のカラーを強く作っていく、『小泉たつみ』という役者からどれだけの演目やお芝居の引き出しが出せるかということで、父が決めました。 (いくつか候補は?) ありません、ピンときて決めた感じです。 (2歳での初舞台の記憶は?) 全然覚えていないですよ。 何に出たのかも覚えていないです。 最初は連れられて舞台に出された感じです。 (ご自身の中で、お芝居を意識しはじめたのは?) 長期のお休みの時は一座に遊びに行ったりしていたのですが、それまでは大阪のほうで母と一緒に生活していて、そのうち「ちょっと出てみるか?」ということになって、小学校5年生くらいの時からですかね。 (その時はどのような役でしたか?) 子役としてはほとんど出ていないですよ、まずは難しい女形からと言われて。 (そこから本格的に?) いや、小学校を卒業して中学校1年生くらいからですかね。 ずっと一緒に回るようになったのは。 (その当時、転校しながら全国を回っていたと思うのですが。 学校での周りの反応はどうでしたか?) 自分自身は意識していないのですが、先生達が僕らが転校してくる前に説明してくださっているので、どんな事をしているのか聞かれたりして、こっぱずかしかったです。 座長自身から見て、この劇団の強みや特徴) 強みは祖父の代からやっているので、言い方が正しいかわかりませんが、関西では老舗劇団になると思います。 長くやっているだけあって、各地の劇場のみなさんからは信用をいただいているなと感じますし、皆さん良くしてくださりありがたいです。 そして、劇団名にありますが、うちはお芝居に力を入れています。 昔のお芝居は堅いものが多いので、その堅いお芝居を崩さないで、なおかつお客様に入りやすいように、わかりやすいようにという点を意識しています。 そして、昔のものだけではなく、新しいものも積極的に取り入れていきたいですね。 (アニメ、漫画が好きということですが) 僕らが子供の時は、楽屋にテレビもなければPCもなくて。 自分の空いた時間にさっと読んでストレス解消というか、気分転換できる唯一のものでしたね。 (今はまっている作品は?) 今は特にこれというものはないのですが、毎週、少年マガジンとジャンプを読んでます。 (漫画からお芝居のインスピレーションを得たことはありますか?) 考えたことはあるのですが、やはり漫画とは違う世界というか・・・なかなか難しくて。 実演すると変わってくるのかな?と思います。 衝撃的な作品は『ONE PIECE』ですね。 あれは唯一お芝居に通じるものがあり。 セリフのくささ、激しさという部分が。 大衆演劇ってヤマをあげるということが大事なので、通じるところはあると思います。 (東京のお客様の印象) お芝居に詳しい方が多い。 大衆演劇だけにかかわらず、演劇好きな方が多い印象です。 (お客様からもらう、うれしい言葉) 名作ものだったり、大きな場所で同じ演目を見たけれど、私はこっちのほうが好きです、とかこちらの演出が好みですとか言っていただけると、一人でもそういった印象をお持ちいただけたなら、よかったなと素直に嬉しく思います。 (今後の夢) 僕たちは大阪出身なので、関西エリアだけではなくて、全国の方に喜んでいただける舞台を作っていきたいですし、そういうことを続けていけると、また大衆演劇のホールではなくて違う場所、たとえば一日大きなホールを借りて何かやりますよといった事ができる、そういったことが一年に一度できて集客できるような劇団になれればいいなと思います。 あとは、若手の成長ですね。 (視聴者に) まず一か月のバランスをみて演目を決めていくのですが、ラスト数日は常にお笑いをやります。 収録当日の舞台より 番組提供 小泉ダイヤ座長インタビュー (初めての舞台は?) 流されるままに出たので、あまり記憶ないんですよね。 その当時は歌が好きだったので、芝居も出たのですが、覚えがあるのは歌ですね。 歌を楽屋で稽古して舞台でワンコーラス歌って、ツーコラス目から父が歌うという感じの記憶がありますね。 (そのあと、自分の仕事にしていかれたんですね) 僕が3年生位の時に、兄貴に父親から「これから役者をやるか」みたいな話があって、僕も父親から聞かれて「役者をやるか、他の仕事でももちろんいいぞ」と言われたのですが、正直10歳そこらだとよくわからないじゃないですか。 兄貴が「やる」と決めたので、「じゃあ俺も一緒についていきます」となって、そこからほとんど家に帰ることなく劇団で、楽屋の習いとか行儀とかを覚えなさい的な感じで、そこからですね。 (ご兄弟で劇団を支えてこられたと思うのですが、喧嘩などはされますか?) しょっちゅうでした。 真剣に自分の意思で役者ということを意識しはじめたのは12歳、13歳の時でしょうか。 その時は既に兄貴が座長だったので、そのくらいから「ああ。 兄貴ってやっぱすごいなあ」と尊敬の気持ちを持ち始めましたし、そこから喧嘩は減っていきましたが、それまではよるとさわると取っ組み合いの大ゲンカでした。 ムカついたら僕が殴って兄貴は耐えるみたいな 笑 殴り返すと父に怒られるので。 (ダブル座長になったとき) うちの兄貴は古くから座長をしていますが、その当時僕の世代の人たちが座長になり始めた時期で、それだったらお前も座長になって皆といろんな事に挑戦したらいいんじゃないだろうか?ということで。 自分の劇団を持ってもいいぞと言ってもらったのですが、その時は正直自信もなかったですし、やっぱり力もなかったので、二枚看板でやらせてくださいということで、今の形になりました。 元々座長になりたいわけではなくて、舞台ができればいいやと思っていたのですが。 座長になってからいろんな壁にぶつかりましたね。 それを乗り超える早さが他の人に比べてどうなのか、とかは分かりませんが、これからもっと兄貴から指導を受けながらいっぱしの座長になっていけたらいいなと思います。 そしてなったからには座長たちの中でも、立派な座長だねといってもらえるようになりたいです。 (座長同士の横のつながり) 幼馴染もいますし、僕よりも全然素晴らしい座長さんはたくさんいらっしゃって。 競り合うっていうのは僕の性にあわないんですけれど、でもやっぱり競り合わなくてはいけないのかなと思ったりもします。 (これから挑戦したいこと) こんなことがしたい、あんなことがしたいって頭の中に常に出ていくんですけれど。 実際に行動にうつそうと思う事はこの劇団の中でできることしかないんですよね。 たとえばよその舞台でなにかとか、他のジャンルで挑戦したいとかいうことは僕の中ではなくて、この大衆演劇の中で、劇団の中でできることしか今は考えていませんね。 (気分転換) お酒と車ですね 笑 セダンが好きです。 ヒマな時「これほしいなあ」とか雑誌やWEBで探したりします。 (ダイヤ座長は役に没頭するタイプといわれることについて) 真剣な芝居の時でも、うちの兄貴はお口が達者なので、ばーっと喋って盛り上げたりする役目をやってくれるので、僕はありがたい事に役に没頭しているのかもしれませんね。 (視聴者のみなさまに一言) 客席の反応なども楽しんでもらいたいですね。 つられ笑いとかあるじゃないですか。 そういう雰囲気、楽しさが伝わればいいかなーと思います。 こういう喜劇だけではなく、人情劇だったり喜劇だったり、いろんな事をとにかく毎日やっているので。 大衆演劇を知らない方が、大衆演劇を知るきっかけになってくれて是非劇場に足を運んでくれたらなあと思います。 私ども「たつみ演劇BOX」はお芝居を特に頑張っているのですが、舞踊ショーのほうも目で見て、聞いて楽しんでもらえる舞台を、兄弟、メンバーとともに作っていっています。 全国各地いろいろ行っておりますので、劇団名を見かけましたら、是非生の舞台に足をお運びいただければと思います!.

次の

【たつみ演劇BOX】小泉たつみ&ダイヤ その3

小泉 たつみ

美しい写真に惹かれてたまたまこの記事をクリックした方。 ご自宅に大衆演劇の世界を丸ごとお届けする。 テレビ朝日CS放送の大衆演劇番組は、3時間丸々、公演の様子を放送するという大ボリュームが特長だ。 「たつみ演劇BOX」は大衆演劇界でもよりぬきの人気劇団だ。 この番組で初めて大衆演劇に触れる方でも、きっちり形の整った芝居、個性豊かで芸達者な座員、そして、 小泉たつみ座長・ 小泉ダイヤ座長の美しい兄弟の魅力を、楽しんでいただけるだろう。 小泉たつみ座長 番組提供 (劇団名について・・・) それはですね、元々うちの父の代で「嵐劇団」という名前からはじまって、僕の代になったときに、上の名前は小泉なので「小泉劇団」というふうにしていたのですが、どうしても代替わりの時には先代のイメージが残りがちなので。 そこは意識しないで自分のカラーを強く作っていく、『小泉たつみ』という役者からどれだけの演目やお芝居の引き出しが出せるかということで、父が決めました。 (いくつか候補は?) ありません、ピンときて決めた感じです。 (2歳での初舞台の記憶は?) 全然覚えていないですよ。 何に出たのかも覚えていないです。 最初は連れられて舞台に出された感じです。 (ご自身の中で、お芝居を意識しはじめたのは?) 長期のお休みの時は一座に遊びに行ったりしていたのですが、それまでは大阪のほうで母と一緒に生活していて、そのうち「ちょっと出てみるか?」ということになって、小学校5年生くらいの時からですかね。 (その時はどのような役でしたか?) 子役としてはほとんど出ていないですよ、まずは難しい女形からと言われて。 (そこから本格的に?) いや、小学校を卒業して中学校1年生くらいからですかね。 ずっと一緒に回るようになったのは。 (その当時、転校しながら全国を回っていたと思うのですが。 学校での周りの反応はどうでしたか?) 自分自身は意識していないのですが、先生達が僕らが転校してくる前に説明してくださっているので、どんな事をしているのか聞かれたりして、こっぱずかしかったです。 座長自身から見て、この劇団の強みや特徴) 強みは祖父の代からやっているので、言い方が正しいかわかりませんが、関西では老舗劇団になると思います。 長くやっているだけあって、各地の劇場のみなさんからは信用をいただいているなと感じますし、皆さん良くしてくださりありがたいです。 そして、劇団名にありますが、うちはお芝居に力を入れています。 昔のお芝居は堅いものが多いので、その堅いお芝居を崩さないで、なおかつお客様に入りやすいように、わかりやすいようにという点を意識しています。 そして、昔のものだけではなく、新しいものも積極的に取り入れていきたいですね。 (アニメ、漫画が好きということですが) 僕らが子供の時は、楽屋にテレビもなければPCもなくて。 自分の空いた時間にさっと読んでストレス解消というか、気分転換できる唯一のものでしたね。 (今はまっている作品は?) 今は特にこれというものはないのですが、毎週、少年マガジンとジャンプを読んでます。 (漫画からお芝居のインスピレーションを得たことはありますか?) 考えたことはあるのですが、やはり漫画とは違う世界というか・・・なかなか難しくて。 実演すると変わってくるのかな?と思います。 衝撃的な作品は『ONE PIECE』ですね。 あれは唯一お芝居に通じるものがあり。 セリフのくささ、激しさという部分が。 大衆演劇ってヤマをあげるということが大事なので、通じるところはあると思います。 (東京のお客様の印象) お芝居に詳しい方が多い。 大衆演劇だけにかかわらず、演劇好きな方が多い印象です。 (お客様からもらう、うれしい言葉) 名作ものだったり、大きな場所で同じ演目を見たけれど、私はこっちのほうが好きです、とかこちらの演出が好みですとか言っていただけると、一人でもそういった印象をお持ちいただけたなら、よかったなと素直に嬉しく思います。 (今後の夢) 僕たちは大阪出身なので、関西エリアだけではなくて、全国の方に喜んでいただける舞台を作っていきたいですし、そういうことを続けていけると、また大衆演劇のホールではなくて違う場所、たとえば一日大きなホールを借りて何かやりますよといった事ができる、そういったことが一年に一度できて集客できるような劇団になれればいいなと思います。 あとは、若手の成長ですね。 (視聴者に) まず一か月のバランスをみて演目を決めていくのですが、ラスト数日は常にお笑いをやります。 収録当日の舞台より 番組提供 小泉ダイヤ座長インタビュー (初めての舞台は?) 流されるままに出たので、あまり記憶ないんですよね。 その当時は歌が好きだったので、芝居も出たのですが、覚えがあるのは歌ですね。 歌を楽屋で稽古して舞台でワンコーラス歌って、ツーコラス目から父が歌うという感じの記憶がありますね。 (そのあと、自分の仕事にしていかれたんですね) 僕が3年生位の時に、兄貴に父親から「これから役者をやるか」みたいな話があって、僕も父親から聞かれて「役者をやるか、他の仕事でももちろんいいぞ」と言われたのですが、正直10歳そこらだとよくわからないじゃないですか。 兄貴が「やる」と決めたので、「じゃあ俺も一緒についていきます」となって、そこからほとんど家に帰ることなく劇団で、楽屋の習いとか行儀とかを覚えなさい的な感じで、そこからですね。 (ご兄弟で劇団を支えてこられたと思うのですが、喧嘩などはされますか?) しょっちゅうでした。 真剣に自分の意思で役者ということを意識しはじめたのは12歳、13歳の時でしょうか。 その時は既に兄貴が座長だったので、そのくらいから「ああ。 兄貴ってやっぱすごいなあ」と尊敬の気持ちを持ち始めましたし、そこから喧嘩は減っていきましたが、それまではよるとさわると取っ組み合いの大ゲンカでした。 ムカついたら僕が殴って兄貴は耐えるみたいな 笑 殴り返すと父に怒られるので。 (ダブル座長になったとき) うちの兄貴は古くから座長をしていますが、その当時僕の世代の人たちが座長になり始めた時期で、それだったらお前も座長になって皆といろんな事に挑戦したらいいんじゃないだろうか?ということで。 自分の劇団を持ってもいいぞと言ってもらったのですが、その時は正直自信もなかったですし、やっぱり力もなかったので、二枚看板でやらせてくださいということで、今の形になりました。 元々座長になりたいわけではなくて、舞台ができればいいやと思っていたのですが。 座長になってからいろんな壁にぶつかりましたね。 それを乗り超える早さが他の人に比べてどうなのか、とかは分かりませんが、これからもっと兄貴から指導を受けながらいっぱしの座長になっていけたらいいなと思います。 そしてなったからには座長たちの中でも、立派な座長だねといってもらえるようになりたいです。 (座長同士の横のつながり) 幼馴染もいますし、僕よりも全然素晴らしい座長さんはたくさんいらっしゃって。 競り合うっていうのは僕の性にあわないんですけれど、でもやっぱり競り合わなくてはいけないのかなと思ったりもします。 (これから挑戦したいこと) こんなことがしたい、あんなことがしたいって頭の中に常に出ていくんですけれど。 実際に行動にうつそうと思う事はこの劇団の中でできることしかないんですよね。 たとえばよその舞台でなにかとか、他のジャンルで挑戦したいとかいうことは僕の中ではなくて、この大衆演劇の中で、劇団の中でできることしか今は考えていませんね。 (気分転換) お酒と車ですね 笑 セダンが好きです。 ヒマな時「これほしいなあ」とか雑誌やWEBで探したりします。 (ダイヤ座長は役に没頭するタイプといわれることについて) 真剣な芝居の時でも、うちの兄貴はお口が達者なので、ばーっと喋って盛り上げたりする役目をやってくれるので、僕はありがたい事に役に没頭しているのかもしれませんね。 (視聴者のみなさまに一言) 客席の反応なども楽しんでもらいたいですね。 つられ笑いとかあるじゃないですか。 そういう雰囲気、楽しさが伝わればいいかなーと思います。 こういう喜劇だけではなく、人情劇だったり喜劇だったり、いろんな事をとにかく毎日やっているので。 大衆演劇を知らない方が、大衆演劇を知るきっかけになってくれて是非劇場に足を運んでくれたらなあと思います。 私ども「たつみ演劇BOX」はお芝居を特に頑張っているのですが、舞踊ショーのほうも目で見て、聞いて楽しんでもらえる舞台を、兄弟、メンバーとともに作っていっています。 全国各地いろいろ行っておりますので、劇団名を見かけましたら、是非生の舞台に足をお運びいただければと思います!.

次の