チェッカーズ nana。 チェッカーズの現在。メンバーは何してる?解散理由と不仲の原因をまとめてみました。

チェッカーズ「I Love You, SAYONARA」青春の日々に刺さったセツナソング

チェッカーズ nana

CD『EARLY SINGLES』(チェッカーズ/ポニーキャニオン) 歌手・ 藤井フミヤが今月13日の『MUSIC FAIR』(フジテレビ系)に出演。 ソロとしての大ヒット曲『TRUE LOVE』『女神(エロス)』に加え、チェッカーズ時代の『NANA』『Jim&Janeの伝説』『夜明けのブレス』も熱唱した。 『NANA』『Jim&Janeの伝説』は、 チェッカーズの大ファンである綾小路翔とともにツインボーカルで披露。 トークでは綾小路が「生まれて初めて人前で歌った歌は『涙のリクエスト』」と話し、藤井もチェッカーズ時代を振り返った。 デビュー30周年記念での出演ということもあり、過去の同番組における名場面も流れたが、なぜかチェッカーズ時代の映像は放映されなかった。 テレビ局関係者が話す。 「実は藤井さんは、チェッカーズの版権を持っていません。 そのため、藤井さんが出演する時にチェッカーズ時代の映像は使いづらいのです。 それこそ同番組には解散直前に収録されたメドレーなど秘蔵映像がたくさん残っていますから、観たいファンは多いと思うのですが」 1980年に結成されたチェッカーズは、81年に「ヤマハ・ライト ミュージックコンテスト」のジュニア部門で最優秀賞を受賞した縁もあり、デビュー当初はヤマハ音楽振興会と契約。 その後、チェッカーズ初期作品の作曲家兼プロデューサーであり、『タッチ』などの作曲でも有名な芹澤廣明氏のツテをたどり、84年10月に個人事務所が設立された。 チェッカーズは92年に解散。 サイドボーカルの高杢禎彦、鶴久政治、ドラムの徳永善也は事務所に残ったが、藤井など4人は事務所を去った。 そのような経緯もあり、4人はチェッカーズ時代の版権を持っていないのである。 音楽関係者が話す。 「藤井にとって芹澤氏はいわば恩人ですが、現在ふたりの関係は良好ではありません。 作曲を芹澤氏からオリジナルに移行する際に衝突があったし、過去に雑誌で芹澤氏が藤井を批判したこともあった。 藤井はチェッカーズ時代の曲を中心に歌った昨年のツアーで、芹澤氏作曲の『ギザギザハートの子守唄』『涙のリクエスト』『ジュリアに傷心』などは歌っていないようで、オリジナル作品に転向した『NANA』以降の曲ばかりでした。 ソロになってから初期の曲を歌ったこともあるのですが、最近はテレビでもコンサートでもほとんど歌わないのです」 しかし、ファンにしてみれば初期のヒット曲も聞いてみたいはずだ。 「藤井と芹澤氏の間にわだかまりがあったことは事実ですが、最近になって芹澤氏は軟化していると聞いています。 わざわざ自分から歌ってくれとは言わないが、歌う分には構わないという気持ちになっている。 心境に変化が現れたようです」(同) チェッカーズの名曲は、藤井が歌ってこそ輝くもの。 埋もれさせておくには、あまりにももったいない。 12月31日、日本武道館でのカウントダウンライブで、初期の名曲は聞けるのだろうか。 (文=編集部).

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チェッカーズの「NANA」

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鶴久政治は現在も印税収入生活!チェッカーズ時代作曲した楽曲 鶴久政治がチェッカーズ時代に作曲した楽曲 鶴久政治は、人気バンドだったチェッカーズのサイドボーカリストでした。 チェッカーズがオリジナル曲を歌うように路線変更した際、鶴久政治は藤井尚之と共に作曲を担当し、チェッカーズを支えていました。 鶴久政治がチェッカーズ時代に作曲した楽曲は、チェッカーズ初のオリジナル曲「NANA」のB面「Mr. 最初の頃は、人気が出てもオリコンチャート2位止まりだった鶴久政治が作曲した楽曲でしたが、「WANDERER」では、見事チャート1位を獲得しています。 鶴久政治は現在も印税収入生活! 鶴久政治がチェッカーズ時代に作曲した楽曲は、シングル31曲中7曲ある上に、そのうちの4曲は20万枚を超えるヒットを記録しています。 作った楽曲がヒットした場合、まとまった額の印税収入というものが発生しますよね。 そのため、鶴久政治は、楽曲を販売しヒットを飛ばしていた当時はもちろんのこと、現在も印税収入生活をしているようです。 楽曲の発売時は1千万円以上も印税があったという鶴久政治。 発売から時間が経過した現在も、カラオケなどで歌われたり、他の歌手が楽曲をカバーしたりすれば、作曲者の鶴久政治の元には、確実に印税が入ってきます。 その額は、いったいどのくらいなのでしょうか? 鶴久政治がテレビ出演して告白した内容からすると、毎年高級外車を買い替えられるくらいの収入があるとのこと。 鶴久政治が現在実現している印税収入生活というのは、才能のあるミュージシャンにとっては素晴らしいシステムですよね。 鶴久政治と高杢禎彦、藤井フミヤの確執とは?チェッカーズ再結成は!? 鶴久政治と高杢禎彦、藤井フミヤの確執とは? チェッカーズの解散から後、メンバーの不仲説が巷で騒がれるようになりました。 その中心は、高杢禎彦と藤井フミヤの確執。 藤井フミヤがチェッカーズの解散を提案した時に、高杢禎彦は反対したそうです。 しかし、多数決で解散してしまったことや、その後、高杢禎彦が「チェッカーズ」という暴露本を出して藤井フミヤを批判したりしたことで、藤井フミヤと高杢禎彦の溝が深まったと言われています。 そんな中、メンバーのクロベエこと徳永善也が舌癌のため亡くなった際、「徳永善也を送る会」に鶴久政治と高杢禎彦の名前はありませんでした。 そのことからも、高杢禎彦と藤井フミヤの確執に鶴久政治も加わっているような印象を与えているのです。 鶴久政治、チェッカーズ再結成はあるの!? 鶴久政治が所属していたチェッカーズは、解散から20年以上が過ぎた今、ファンをはじめ音楽業界からも「再結成」に熱い視線が送られていますが、実のところ、再結成はあるのでしょうか?鶴久政治をはじめ、藤井フミヤや藤井尚之、高杢禎彦、武内亨ら現在のメンバーは、それぞれがソロ活動をしています。 そんな中、2014年に『お願いランキングGOLD』(テレビ朝日系)で、鶴久政治がチェッカーズ再結成について語っていました。 鶴久政治が語ったのは、メンバー同士がご飯を食べるとかで会うとか、そこから始めないと……という内容でした。 聞き方によっては、再結成に向けての言葉と受け取れる鶴久政治の発言。 しかし、その後、リーダーだった武内亨が、ファンからのチェッカーズ再結成のツイートに向けて、「チェが好きなんだな、うれしいぜ!オレもチェ大好きだぜ。 だからこそ再結成は考えてない。 愛の形はそれぞれ、だろ?」とリプし、再結成を正面から否定。 リーダーの武内享は、常々「クロベエがいないチェッカーズ再結成はありえない」と発言していることから、鶴久政治が望むチェッカーズ再結成は、フルメンバーではあり得ないのかもしれません。 鶴久政治が明かす、チェッカーズの昔とこれから 鶴久政治は、現在、印税収入生活をしているとのことですが、テレビ朝日系の「しくじり先生」に出演し、チェッカーズ時代を振り返りました。 番組では、メインボーカル4人の1人から、デビューの際に、サイドボーカルになっても、楽でいいやと受け入れ、いてもいなくても同じ「空気状態」であったこと、事なかれ主義を受け入れてしまったことを告白した鶴久政治。 チェッカーズ解散後も、「どうせ再結成するだろう」と期待していたのですが、それが叶わぬこととなる事件が起きてしまったとも話しています。 チェッカーズ内の確執騒動については、高杢禎彦と藤井フミヤ二者の確執であるにも関わらず、高杢禎彦と仲がよいというだけで、自分も葬儀に出席させてもらえなかったと泣いていた鶴久政治。 メンバーへの思い入れが、きっと人一倍強いのでしょう。 人間関係は、当人同士にしかわからない問題なので、外野がとやかく言えることではありません。 しかし、チェッカーズはとても人気のあったグループですから、ファンの間で、再結成を望む声が多いのも当然です。 これからも、再結成を期待する声がなくなることはないでしょう。 今では、チェッカーズのメンバーそれぞれがソロで活躍していますので、鶴久政治にも音楽活動を続けていってほしいです。 生活面では十分な印税収入があるようですから、きっと生活には困らないでしょう。 焦らずじっくりと素敵な曲を作って、「WANDERER」のようなヒット曲を出してほしいと願っています!.

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チェッカーズの現在。メンバーは何してる?解散理由と不仲の原因をまとめてみました。

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CD『EARLY SINGLES』(チェッカーズ/ポニーキャニオン) 歌手・ 藤井フミヤが今月13日の『MUSIC FAIR』(フジテレビ系)に出演。 ソロとしての大ヒット曲『TRUE LOVE』『女神(エロス)』に加え、チェッカーズ時代の『NANA』『Jim&Janeの伝説』『夜明けのブレス』も熱唱した。 『NANA』『Jim&Janeの伝説』は、 チェッカーズの大ファンである綾小路翔とともにツインボーカルで披露。 トークでは綾小路が「生まれて初めて人前で歌った歌は『涙のリクエスト』」と話し、藤井もチェッカーズ時代を振り返った。 デビュー30周年記念での出演ということもあり、過去の同番組における名場面も流れたが、なぜかチェッカーズ時代の映像は放映されなかった。 テレビ局関係者が話す。 「実は藤井さんは、チェッカーズの版権を持っていません。 そのため、藤井さんが出演する時にチェッカーズ時代の映像は使いづらいのです。 それこそ同番組には解散直前に収録されたメドレーなど秘蔵映像がたくさん残っていますから、観たいファンは多いと思うのですが」 1980年に結成されたチェッカーズは、81年に「ヤマハ・ライト ミュージックコンテスト」のジュニア部門で最優秀賞を受賞した縁もあり、デビュー当初はヤマハ音楽振興会と契約。 その後、チェッカーズ初期作品の作曲家兼プロデューサーであり、『タッチ』などの作曲でも有名な芹澤廣明氏のツテをたどり、84年10月に個人事務所が設立された。 チェッカーズは92年に解散。 サイドボーカルの高杢禎彦、鶴久政治、ドラムの徳永善也は事務所に残ったが、藤井など4人は事務所を去った。 そのような経緯もあり、4人はチェッカーズ時代の版権を持っていないのである。 音楽関係者が話す。 「藤井にとって芹澤氏はいわば恩人ですが、現在ふたりの関係は良好ではありません。 作曲を芹澤氏からオリジナルに移行する際に衝突があったし、過去に雑誌で芹澤氏が藤井を批判したこともあった。 藤井はチェッカーズ時代の曲を中心に歌った昨年のツアーで、芹澤氏作曲の『ギザギザハートの子守唄』『涙のリクエスト』『ジュリアに傷心』などは歌っていないようで、オリジナル作品に転向した『NANA』以降の曲ばかりでした。 ソロになってから初期の曲を歌ったこともあるのですが、最近はテレビでもコンサートでもほとんど歌わないのです」 しかし、ファンにしてみれば初期のヒット曲も聞いてみたいはずだ。 「藤井と芹澤氏の間にわだかまりがあったことは事実ですが、最近になって芹澤氏は軟化していると聞いています。 わざわざ自分から歌ってくれとは言わないが、歌う分には構わないという気持ちになっている。 心境に変化が現れたようです」(同) チェッカーズの名曲は、藤井が歌ってこそ輝くもの。 埋もれさせておくには、あまりにももったいない。 12月31日、日本武道館でのカウントダウンライブで、初期の名曲は聞けるのだろうか。 (文=編集部).

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