今 から すごい こと 言っ て いい。 「ちょっと本当のこと言ってもいい?」の、お話。

五月「あっ、ちょっと中はダメッ!あっ」 【五等分の花嫁ss/アニメss】

今 から すごい こと 言っ て いい

人と会ったり話したりしていると、すごいなぁと尊敬の気持ちが湧いてくる人と、「すごいと思われたいんだろうな」と痛々しさを感じる人がいます。 その違いは言葉や態度に出ますよね。 「あぁ、この人はすごいと思われたいんだろうな」という人は、大変おしゃべりだったり、やたらと 圧がすごい人だったりします。 先日、とても前向きでステキな方々と交流を持つ時間がありました。 皆さんそれぞれの思いがあり主張はあるのですが、それはどれもステキでパワーに溢れ、かつ、押し付けがましくない。 なんとも心地のいい、爽やかさを感じました。 パワーやエネルギーは感じるのにムダに熱すぎず、圧が強くない。 押付けがましくない。 そういう人に尊敬の思いを持ちます。 すごい人とすごいと思われたい人の違いについて、私見を書いてみようと思います。 すごいと思われたい心理 すごいと思われた人はだいたい、劣等感が強い人です。 また、劣等感が強い人は• 自分のありのままを受け入れられない( 自己受容が低い)• 自分はそのままでも重要な存在であると感じることができない( 自己重要感が低い) という特徴があり、だからいろいろアピールして周りにすごいと言ってもらいたい、存在を認めてもらいたいという 自己顕示欲が強い傾向にあります。 周りにそういう人、いますよね? そういう人の特徴として、他人の話を奪いに来ます。 例えば、「前の休みにハワイに行ったんだよ〜」と話をすると、 「あぁ、おれも行ったことあるよ!でも大したことなかったよ」とか、 「ハワイに行ったのならマウイ島に行った?ワイキキばかりがハワイじゃないんだよね!」とか、 「ハワイなんて日本人ばっかでしょ。 俺なら日本人がいないところに行きたいけどな。 」 なんて感じで。 すごいと思われたい人は満たされない人。 つまり「奪う人」ですから、こういう人にいちいち付き合っていたら疲れますし、うんざりします。 適当にあしらって生温かく見守りつつ、放っておきましょう! すごいと思われたい人は他人からよく思われたい すごいと思われたい人は他人からよく思われたい人なので、一見すると親切で優しい人と思える人もいます。 でも、その優しさは「ありがとう」とか「助かったよ」とか言ってもらいたいがためのものなので、思うような反応を得られないと手のひら返します。 そういう人の特徴的な言動に、 「面倒見てやったのに」とか「よくおごってやったのに」とか、「これだけしてやったのにありがとうもないのかよ・・・」のような、自分がしたことの見返りをもらえなかったアピールがあります。 そして、 「お前はいいやつなのに、そいつはとんでもないやつだな」と言ってあげると、喜びます。 すごいと思われたい人や他人からよく思われたい人は、自分を褒めてもらいたい以上に他人が批判されるのを聞くと、嬉しくなります。 これは、自分以外の人が下げられたことで自分が上がったような、そんな錯覚に陥って悦に浸っているだけのことです。 正義・正論を振りかざす すごいと思われたい人の特徴に、「正義や正論を振りかざす」といった特徴があります。 そして、「自己責任」という言葉をよく使います。 いつも、どこか上からで、客観的なふりをして実はものすごく主観的で自分基準なところがあるのが「すごいと思われたい人」の特徴でもあります。 本当にすごい人の特徴 すごい人は、奪いません。 むしろ、与えます。 例えば先ほどのハワイの話だと、 「へぇ〜 楽しかった?」とか「ハワイか〜 いいね〜! 向こうでなんか面白ことあった?」とか、話を促してくれたり、持っている知識や経験で話を膨らませて、話しやすく展開させてくれます。 いちいち、何かにつけて上に行こうとしない懐の深さや精神的余裕を感じさせる言動が多いのが特徴です。 押し付けない 押し付けがましくない すごい人って、自分の信念を持っています。 先日お会いした人も、そうでした。 「こういう生き方をしたいから、今はこれを頑張る」など、はっきりしたポリシーを持っているので、することとしないことがはっきりしています。 すごいと思われたい人もポリシーや信念を持っていることもありますが、押し付けてきますよね。 こうあるべき! とか、そんな考えだからダメなんだ! のように、自分が正解で他人は間違いというような白黒二択なのです。 それに対してすごい人は、自分はこうだけど君はそう考えるんだね。 のように、自分の考えを一方的に押し付けてくることはありません。 すごい人とすごいと思われたい人の違いに気づいた 今でも、ネット上に札束と一緒に写る画像を上げたり、どこどこのレストランで食事しました!だとか、移動はいつもグリーン車です! などと言っている人。 こういう人は間違いなく「すごいと思われたい人」です。 自分の価値は他人からの評価なんですね。 だから、他人から「うらやましい」とか「すごい」とか言われることに最高の喜びを感じますし、それを人生の生きがいにしています。 それが「ブランディング」だと言いますが、違います。 裏を返せばその人は、「劣等感」や「恐怖」「不安」がいっぱいなんです。 それは、自分に自信がないからです。 自信がないからお金とかブランドとか、自分以外の人やモノの威を借りるんですね。 本当にすごい人は、言動がナチュラル。 好きなことをされているのでストレスが少なく、人当たりもやわらか。 人を小馬鹿にしたり威圧するような言動がありません。 ナチュラルというか、誰にでもオープンマインドでフレンドリーです。 どういう自分になりたいか 自分が目指す姿はどっち・・・? それに気が付いたときにようやく、本当に自分が歩みたい方向や辿り着きたい場所が見えたような気がしました。 とはいえ、一時は華やかな見た目や振る舞い、寄ってくる人に崇めたてられるその人の姿に魅了されたのも事実です。 自分自身の持っている魅力に気付こう! あなたの周りにいるその人は、すごい人ですか? それとも、すごいと思われたい人ですか? 自分がなりたい姿を描いて自分自身の魅力に気が付き発揮すれば、何も飾り立てる必要がありませんよね。 いいものを着たり、感性を揺さぶる場所に泊まったりして気持ちをあげることも大切です。 でもそれが、他人からの「いいな〜」や「羨ましい」を引き出すためなら、それは劣等感の裏返し。 飾らなくても自然体の自分のままで過ごすこと。 それは勇気が必要だけれども、少しの勇気で乗り越えると心地いい人間関係が築けます。 すごいと思われたい人をフォローしていくと、次第に本来の自分から離れていってしまうので、だんだん心が付いて行かなくなります。 まずは、「他人と比べて」の物差しを取っ払って自分自身がどんな人生を送りたいのかを決めると、だんだんと自分自身が「すごい人」になっていきます。

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今からすごいこと言っていい?

今 から すごい こと 言っ て いい

常に前を向いておかないといけない。 それをあらためて気づかせてくれたじゃないけど、大事なものは何かというのを分からせてくれたのは鈴木みのるだよね。 この間の一連の抗争があって、両国でシングルをやって。 僕、試合が終わった後、彼に「ありがとな」って言ったんです。 試合には負けたんですよ。 なのにライガー、「ありがとな」ってどういう意味なの?って聞かれたんです。 僕は3月に引退発表をして、その引退までちゃんとそつなくこなして、最後まで試合をやり遂げる。 それでいいやみたいな、ちょっとどこかで甘えというか、考えがあったんですよね。 それを鈴木は見抜いたのかどうか知りませんけど、「新日本のレスラーだったら、どうあるべきなの?」って。 猪木さんが言っていた怒り。 怒りをリングでぶつけないと、意味がないやんって。 それが新日本の闘魂。 闘う魂の根源なんだと。 怒らなきゃ。 そんな腑抜けな気持ちでどうするの?って言われたような気がした。 なので、僕の試合が終わった後、そのまま突っ走ろうと思ったし。 だから、そういうことに気づかせてくれた鈴木に対して、「ありがとな」って言ったんですよね。 最近の自分の大きいターニング・ポイントがそこだから。

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【すごい】48時間以内にすごい!すごい!すごいことが起こる話です!!!

今 から すごい こと 言っ て いい

「ちょっと本当のこといってもいい?」 という前置きのあとに。 マツコ(マツコ・デラックスさん)が、ある番組内でおっしゃった言葉には。 その日、マツコさんは 新型ウイルス対策として 自宅から電話でのご出演をされていました。 美味しいクロワッサンでエネルギー補給して・・・からっと晴れた今日、朝からひと仕事! **************************************** マツコさん曰く。 「なんか、働くの嫌になってきちゃった。 」って(笑) この状況にね、身体が慣れきってしまって。 ちょっとアタシ無理かも。 前みたいな生活するの。 「月曜から夜ふかし」より マツコさんの電話越しの本音に、 共演の村上信五さんも「前のペースに急には戻られへんよなー」と、共感。 番組をご覧になっておられた方々からも、 「全く同じ心境です!」との声が上がりまくったのだそうです。 押し入れ全出し。 がらーん。 掃除機ぶおーん。 すのこの向きも整えて。 からの・・・・ **************************************** 都心部では。 オフィスビルやテナントの解約が、すごい勢いなのだそうです。 在宅ワークでも全く問題なかった、と この度のことで気づいてしまった経営者さんの、まことに素速き決断。 家賃収入でこれまで悠々自適だったビルオーナーさん側にとっては、状況は激変です。 こんなことになるとは思わなかった!ということが 今、次々と起こっているし、 これからは、きっと、もっと起こる。 2021年の新卒採用は、どんなことになるのでしょう。 そんなこと、今年のお正月には、誰も予想できなかったですよね (;_;) 「就職活動をして企業にお勤めする」ということも・・・ もうそんなの「コロナ前」の過去の常識だよ、となってゆくのかもしれません。 *************************************** ちょっとアタシ無理かも。 前みたいな生活するの。 これは、マツコさんと、村上くんと。 ご覧になっていた視聴者の方々だけではなく、 日本中のみんなが、今、漠然と感じていることなのかもしれない。 うちのおとーさんも、そう言ってる。 連休が嬉しすぎて。 サーキュレーター稼働。 賃貸の押し入れはカビるよ!と脅されましたが・・・ 25年目も無事でーす。 *************************************** わたしも、これまで経験のないほどの長い連休に対し、 ちゃんと仲良くできるのか、と最初は身構えましたが、 自粛生活に慣れたように、 本当に、だんだんと連休にも。 日中のおとーさんの存在にも、慣れました(笑) これまでおとーさんの連休を「きつい」と感じてしまったのは、 4連休とか5連休くらいの、 「休みに慣れる前に終わってしまう連休」だったから、なのかもしれない。 そこ超えたら。 こんなに長いことお弁当作りを休めたことなんて 出産関係を除けば25年目にして初めてのことだったし、 こんなに「目覚ましなし」で眠れたことなんて、 小学校低学年の夏休みぶりだったような気もする。 ゆっくりと流れる時間の尊さは・・・ お疲れ気味のアラフィフ夫婦には、どこか ちょうどよかった。 こんなに生活費を使わなかった数ヶ月も、過去にあり得なかったなあ。 数ヶ月、だから約「100日」であったとして。 1日1000円の散財を100日しなければ10万円貯まるんだなぁ、という ものすごく当たり前なことを実感しました。 10万円を気合いの節約で貯めるよりも、 1000円を100回使わないほうが、はるかに簡単だった、ということ。 知らないうちに残る、という感覚。 ミニマルライフを続けたことでお金が貯まり始めた仕組みと、これは似ています。 ************************************* 主に「おやつ」を買っていない気がする。 1000円分のお菓子を100回買えば、10万円なんだ。 ついつい買ってしまうスイーツから離れ、 自粛中は、スーパーの買い出しで買える「焼き芋」ばっかり食べていました。 久しぶりに市販のクッキー食べた時には、 しばらくぶりのお砂糖が甘すぎたのか、 舌が、めっちゃびっくりしてたよ(笑) **************************************** 村上春樹さんの「1Q84」は。 夜空に月が2つ浮かぶ、もう一つの世界の方に紛れ込んでしまうお話でしたが。 世界がふたつあったのかどうかはわからないのだけれど、 こっちがふつうだったのかもしれない、と ふと思うことがあるのです。 もしかしたら、コロナ前の方が、 ずいぶんと「ふつう」からかけ離れていたのではないか、と。 GWの高速道路の凄まじい渋滞とか。 常軌を逸するような過労、とか。 異常だったのではないかと。 誰も疑問に思わないからずっとそのままだった、というだけで。 コットン100%なのに COOL。 「ちょっと本当のこと言っていい?」という ちょっと「自由」な文化を生み出してくれたのかもしれない。 なんか日本人ってなかなか本音を言えないところがあるし、 建て前ばかりなところや、 周りに合わせてばかりで言いたいことも言えないところがあるし、 みんなみんな忙しすぎて、 自分の本当の気持ちに気づくことも忘れちゃいそうな、そんな世の中だったでしょう? みんなが いま。 自分の「本音」に気づいてる。 みんなの、知っていたようで「新しい」、 それぞれの、「自由」な気づき。 **************************************** 決して忘れちゃいけない気づきもありました。 乙武洋匡さんのコラムを読みました。 自由に仕事もできず、学校にも通えず、 遊びにも行けないわたしたちの現状を「しんどいですよね」と綴られたあと・・・ こう続けられていました。 でもね、知ってほしいんです。 この世の中には、コロナが蔓延する前から、 そうした生活を強いられてきた人々がいることを。 そう、私たちの社会には 障害や病気とともに生きる人々がいます。 新型コロナウイルスが終息して 多くの人が元の日常に戻ったとしても、 みなさんの「日常」に戻れない人々がいることを 忘れずにいてほしい。 急速に広まりつつあるリモートワークやオンライン授業などの 「選択肢にあふれた世の中」の発展をこれからも望めたら、という発信でした。 今回のことで大きく制限を受けたのは、 「今まで自由に動き回れていた人たちなんだ」ということ。 これまでずっと活動に制限を受けてきた方々の不便さや、おつらさ。 今回の自粛生活から学んだことを、忘れないでいたいです。 活動に制限を受けることの「疑似体験」を・・・ そのお苦しみには遠く及ばなくとも、わたしたちは、初めて経験できた。 身をもって、家族ぐるみで、社会ぐるみで経験させてもらえたのかもしれないのだから。 おわり 今日もお読みくださってありがとう。 大好きなパン屋さんの一つは・・・そう言えばスロープのない「半地下」だなあ。 車椅子では入れない造りのお店だったんだなあ、と 改めて気づきました。 青空販売の時は、その半地下を降りることなく美味しパンを買うことができたのです。 コロナ後には、コロナ前よりも選択肢の多い社会が実現してくれたら素敵ですね。

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