ヒカル の 碁 が 打ち切 られ た 経緯。 ヒカルの碁

ヒカルの碁は韓国を出したせいで打ち切りになったって本当ですか?...

ヒカル の 碁 が 打ち切 られ た 経緯

ヒカルの碁君の花 ヒカルの碁 君の花51〜55 君の花51 「イベント?」 「うん、そう。 行かない?」 電話口でアキラが頷いた。 「行く」 電車を乗り継いでの地方だったが、大きなイベント会場には人が一杯だ。 「すごいね」 「うん、へえ、色々あるんだな」 指導碁やアマの段位試験? 自由対局を後から覗くと、対局者のあまりの稚拙さに、アキラは頭を抱えた。 「でも、楽しそうだよ」 ヒカルの言葉に、アキラも頷く。 「楽しそうだね」 「あ、碁盤売ってるね。 へえ、碁盤ってあんな値段なんだね」 アキラは商品展示の場所で、しげしげと碁盤を眺める。 「綺麗だね」 実はアキラは碁盤の値段など知らなかった。 父が買ってくれる物に値段を聞くのは失礼だと思い、聞いた事はなかったのだ。 実際の相場がどれほどか、アキラは知らなかった。 「20万?高いね」 アキラの言葉に、販売員は頷く。 「良い物ですから。 高いんですよ」 「かやの木は音が良いんですよね。 打って見ても良いですか?」 頷く販売員に、アキラは石を持つとぱちんと打って、首を傾げる。 「あれ?音が・・・」 と、聞こえない程の声で呟く。 「どうしました?」 「あ、いいえ。 何でもありません。 大人になったら、買いますね」 アキラはヒカルの腕を引くと、その場を離れた。 「アキラ。 音」 「うん、ちょっとおかしいね。 子供だから、解らないと思っていたんじゃないかな?あれ、かやじゃないよ。 新素材だ。 佐為はどう思う?」 『かやじゃないですね』 「かやじゃないって」 「やっぱりそうか・・・。 でも、どうしよう。 誰に言えば、良いのかな?新素材でもあんな値段なのかな?」 「新素材はあれの半分くらいだと思うけど。 相場かあ・・・」 ヒカルは首を傾げる。 実はヒカルも詳しくは知らないのだ。 「僕、ここに知り合いの人がいないか探して来るよ。 携帯で連絡して」 「うん、俺は会場の係の人を当たってみるよ」 アキラとヒカルは別々の方向に歩を進めた。 『なあ、佐為。 あの業者の人、胡散臭いと思わない?』 『そうですねえ。 こんな場所だから、あんな値段なのかは解りませんが、しきりにお客に碁盤を勧めてますね』 『うん、良い物で勉強した方が上達するなんて、考えてみたら、解る話だけどね。 でも、あれで、折りたたみの碁盤が20は買えるとなると、ちょっと初心者の人にはあこぎじゃない?』 『同感です』 ヒカルは係員を捕まえると、碁盤の値段を聞いてみた。 「かやの碁盤って、20万円するの?」 「お、ぼうやも買うのか?」 「あはは、そんなお金ないよ。 でも、その下の新素材なら買えるかな?貯金を叩いたら」 ヒカルがにっこり笑うのに、係の人も愛想良く答える。 「おお、それはそれは。 碁が好きなんだね」 「うん、でも、俺、今は折りたたみの碁盤しか持ってないんだ。 いずれは買いたいんだけどね。 あの業者さんは何処の人?」 「ああ、あの人は御器曽先生の紹介でね。 今年から入った人なんだ。 だから、私も詳しくは知らないんだよ。 去年までの人は親切で色々教えてくれたんだけどね」 「そうなんだ。 じゃあ、直接聞くしかないね。 俺の貯金、足りるかな?」 その言葉に、ためらいを見せながらも、係員はヒカルを止めた。 「あの業者は止めた方が良いよ」 中学生であろう少年を純粋に心配しての事だ。 「あれは新素材かもしれない。 ・・・私も良く解らないんだけどね。 一応、目をつけているんだよ。 だから、止めた方が良い」 「やっぱりそうなんだ」 ヒカルがさらりと言った言葉に、係員は目を向いた。 「な、何を言ってるんだい?」 「さっき、俺の友達。 プロなんだけど、石を打って変だって言った。 あいつはいつも本かやの碁盤で打ってる。 でも、俺たちは値段なんて知らないんだ。 だから、新素材でもあんな値段なのかと思ったんだ」 「・・・良く注意して見ておくよ」 「お願いします」 ヒカルが指導碁のコーナーに目を向けると、御器曽と書いた名札の側で、指導碁を打つプロがいた。 『あの人が御器曽さんか。 へえ、七段なんだ。 ん?どうしたの佐為』 『あそこに、秀策の碁盤が飾ってあったんです』 『へえ、そうなの』 俺、昔の文字読めないから、気が付かなかった。 『でも、あれ秀策の字じゃないですよ?』 え? ヒカルは慌てて、商品コーナーに戻る。 『600万・・・すごい値段だね』 『でも、字が違います。 彼はこんな字じゃありませんでした』 『誰かが古い碁盤に書いたのかな?』 『多分』 『これ、売れたら、大変だな。 まあ、買う人はいないだろうけど』 『どうしてそう思うんです?』 佐為は首を傾げる。 『だって、値段が値段じゃないか。 秀策の碁盤が欲しい人なら、もっと彼を研究してるでしょ?衝動買いではすまされない値段だよ。 それに、骨董品は値段があって無きがごときだもの。 こう言う物は使わないで飾っておく物だよ』 もし買う人がいたら、余程のアホだね。 こんな物をローンとかで買うなんて、バカバカしいよ。 『秀策が好きな人なら間違わないですね。 でも、他の人は?』 『お金がある人なら、それも勉強じゃない?普通の人はそんなお金をほいほい出さないよ』 ヒカルの言葉に、佐為も頷く。 『しかし、胡散臭い人ですね。 この人』 そうだねと、ヒカルは再び御器曽の指導碁に戻ったが、一瞬、声を上げそうになった。 『何?これ』 『指導碁ではありませんね。 仮にもプロなのに』 ヒカルは指導碁をしてもらっていた中年の男性の肩をぽんと叩いた。 「俺も少しやるんです。 続きを打っても良いですか?」 「え?ああ」 コテンパに叩かれた男性は消沈している。 「良い碁盤を買って、良い環境で勉強すれば腕も上がりますよ」 そして、商品販売を指さす。 「どうですか?」 「・・・おじさん、俺、いつも折りたたみで打ってるよ」 ヒカルはそれだけを言うと、石を握った。 『佐為。 頼むよ』 その頃、アキラは倉田を見つけていた。 「倉田さん」 「お、塔矢じゃないか。 来てたのか?」 「あ、ええ。 実は・・・」 ファンにもみくちゃに合う倉田の巨体をアキラの腕が引っ張る。 「何だよ」 「ちょっと、角に来て下さい。 話があるんですよ」 「飯なら奢らない」 「・・・いや、そんな話では。 あ、ご飯なら僕が奢りますから」 倉田の目がきらきらと輝く。 「お、じゃあ、話を聞くよ」 アキラの話を聞き終わった倉田は、成程と大仰に頷く。 「お前さんは何時もかやに触ってるものな。 あ、そうだな。 新素材は高くて10万ってとこかな?本かやだともちろん20万以上はするぜ」 アキラは困惑だ。 「どうしましょう?」 「よし、俺が見に行ってやるよ」 「あ、その前に僕の連れがいるんです。 今、呼びます」 アキラは携帯を鳴らす。 「僕だよ。 今、何処?」 「え?プロの御器曽さんと対局中?何で?はあはあ。 解った」 「何だって?」 「あのですね・・・」 と、言うアキラの言葉は再び囲まれた倉田ファンに消されてしまった。 「サイン?うん、良いよお〜」 倉田はご機嫌でサインをしている。 「ふふ、いずれ、本因坊と。 こっちはいずれ名人、お、すまんな」 「良いですよ」 苦笑するアキラに、ぼそりと言葉が漏れる。 「私も倉田先生に指導してもらえば良かったですよ」 「ん?」 「御器曽先生にコテンパにやられましたよ。 おまけに碁盤を勧められて・・・」 はあと深いため息だ。 「お、見つけた。 あんたの碁。 あの子はひっくり返したよ。 凄いね。 あの子」 その言葉を聞いた途端、倉田は丸い身体を転がすように走り出した。 「あ、倉田さん・・・」 もう、しょうがないなあ。 と、アキラが追いかけようとした時、 「あ、この子。 塔矢 アキラ君だ」 「サインをお願いします。 将来の自慢に」 「・・・はい」 「・・・俺が手を抜いたからだ」 碁盤の前の御器曽の顔が青い。 「うん、そうかもね。 でも、勝ちは勝ちだから。 プロの人なんだから、今日は俺たちに花を持たせてくれるんじゃないの?それともそんな気はまったくなかったの?」 ヒカルの容赦ない言葉が、御器曽をえぐる。 「ふん、そうだ・・・」 俺はプロなんだぞと、御器曽は再び胸を張る。 「折りたたみ碁盤でも十分勉強は出来てるみたいだね。 俺は」 「少なくともさっきの人よりは俺の方が旨いと思うし」 「おお、この子が勝ったの?」 ヒカルの肩越しに倉田の声が響く。 御器曽は慌てて碁石を崩してしまった。 「あ、見せてくれても良いじゃない」 「いや、これで、私の指導碁は終わりだったので、失礼しますよ」 そそくさと席を立つ。 「あのね、秀策の碁盤、鑑定証明は誰がしてるの?」 ヒカルの言葉に、御器曽はぴたりと動きを止める。 「ちゃんとした鑑定士がしている」 「俺は鑑定証明の事を聞いてるんだけど。 ま、いいや。 こんなイベントよりは個人に持ち込んだ方が売れるでしょ?それとも、個人にはやはり持って行けない?マニアな人は字も良く解ってるからねえ」 ヒカルの容赦ない言葉に、御器曽は逃げた。 「君・・・何処かで見た顔だね?」 倉田がヒカルの側に座る。 「俺、今年からプロなんですよ。 進藤 ヒカルです」 「あ、そうか。 それで」 納得言ったと、倉田が頷いた。 「で、秀策の碁盤って?」 ヒカルはかいつまんで説明をする。 法外な値段なので、誰も買わないだろうけど、心配だと。 「そう」 そこへアキラが戻ってきた。 「倉田さん、あ、ヒカル君」 「お帰りアキラ。 知り合いに倉田さんが見つかって良かったね」 倉田は、若手で緒方の次ぎだと言われている人物だ。 発言権も大きい。 「お願い出来ますか?」 「ああ、良いよ」 あっさりと引き受けてくれた倉田のおかげで、業者の事は方が付いた。 「先程の約束、守りますよ。 何が食べたいですか?」 アキラの言葉に、倉田は頷く。 「おし、中華料理が食べたい」 「良いですよ」 倉田はある程度の仕事の目星を付けると、二人を連れてタクシーに乗った。 「そう言えば、あの噂は本当だったんだな?」 助手席にしか納まらなかった倉田が、後部座席に声をかける。 「何です?」 「君に、とても仲の良い友人がいるらしいって。 彼だろ?」 「そうですよ。 期待の新人ですよ」 そうだろうなと、倉田も頷く。 先程、劣勢の囲碁をひっくり返したと知ったばかりだ。 これは手強い新人が現れたものだ。 先年、合格の塔矢 アキラも凄腕なのだ。 『今年は面白くなりそうだな』 倉田は心の中で呟いた。 「ほう、そんな事があったのか?」 緒方の端正な眉がしかめられる。 「危ない事に首を突っ込むなよ」 「うん、でも、倉田さんがいたし。 やり方がせこいから、ちゃちな詐欺だよ」 「そうか。 おや、それ、何だ?」 へへとヒカルが笑う。 「倉田さんがサインくれたよ。 ほら、見て」 そこにはでかでかと いずれ本因坊 の文字が躍っていた。 君の花52 「なあ、塔矢さん」 行洋は本日は近所の医者の久保の元に来ていた。 「あんた、大きな病院に行った方が良いよ。 ここじゃあ、精密検査は出来ないし、発作はその時に検査をしないとデーターが出ないんだ」 久保は心電図を眺める。 先程、看護婦がとった物だ。 「直海君、古い物も出してきてくれ。 あと、血液検査の古いのも」 「はい」 直海乃彗は、久保の医院の看護婦だ。 おっとりとしたベテランだ。 「どうぞ、先生」 「お、すまんな・・・。 う〜ん、やっぱり紹介状を書くよ」 ここが悪いよ。 久保は自分の胸を指さす。 「今までは大きな発作はなかったけど、何時、そうなるか保障はない。 愛新堂病院に知り合いがいるから、そこで見てもらった方が良い」 行洋はため息を吐く。 「しかし、暇がないのですよ」 行洋の一言に、ぎろりと久保は睨み付ける。 「君は、可愛い息子を残して死ぬのかね?わしの末息子のようにかね?」 久保の末息子は医者ではなかったが、仕事の忙しさ故、体調を壊して故人となった。 「アキラ君はまだまだ小さいんだ。 君がそんな風に考えてどうする?碁を打つのも良いが、君は父親だと言う事を忘れていないか?」 流石に、行洋も久保には口答えが出来ない。 「なあ、君だって仕事一筋で親子らしい関係など少しの時間しか取れなかっただろ?今、死んだら、その時間がもっと短くなるんだ」 紹介状は受付で受け取ってくれ。 行洋が診察室を出ると、明子の笑い声が聞こえる。 「ええ、アキラさんが、デジカメで沢山取ったんですよ」 見せているのは、プリントした写真だ。 柴犬が映っている。 「可愛いですね。 この子が先生がおっしゃっていたわんこですか」 直海乃彗は、写真をめくりながらにこにことしている。 そこに、久保も顔を覗かせる。 「お、わんこの写真か。 飼い主が見つかって良かったのう。 直海君は犬が好きだからな」 少し前、アキラはひょんな事から柴犬の迷子を拾った。 怪我をしていたのを久保が診察してくれたのだ。 「可愛いです。 ええ、犬好きなんですけど、うちでは飼えないから」 「良かったら、その写真、どうぞ」 明子の言葉に、 「良いのですか?」とためらいの声がかかる。 「ええ、デジカメの映像ですし。 久保先生に見せようと思って持って来ただけなんですよ。 ねえ、あなた」 突然、ふられた話に、暫しの間が空き、行洋は頷く。 「ええ、もらって下さい。 そうだ」 行洋は上着のポケットから、一枚の写真を取り出し、直海にそれを差し出した。 「これもどうぞ。 スナップ写真だが」 そこに映っていたのは、子犬とじゃれ合うアキラだった。 三月、ついに新入段の免状授与式だ。 ヒカルは自宅で、母から作ってもらったスーツに袖を通す。 「何だか、似合わないわね。 まだ、学生服の年だものねえ」 緒方のようには肩幅も背も足りない。 「その内、作り替えないと駄目になるわね。 まだまだ伸び盛りだものね」 「そうだね。 あ、お父さんは?」 下にいるわよ。 精次と碁を打ってるわ。 ヒカルは鞄を取り上げると、階段を下りた。 「・・・お父さん、どう?」 ひょこりと顔を覗かせたヒカルに、父はくすくすと笑う。 「まだまだ、七五三だな」 「ひどいなあ。 でも、もう、俺、社会人だよ」 この家の息子は、月の半分ほどは家にいない。 確かに社会人なのだろうが、他の親が持つ感覚とはかなりのずれがあるようだ。 「辛くなったら、愚痴くらいは聞くよ」 「うん」 「いってらっしゃい」 「いってきます」 「よお、進藤」 「倉田さん、その説はどうもありがとうございました」 ヒカルは深々と頭を下げる。 「その説はごちそうさま」 倉田も頭を下げた。 奢ると言ったアキラの半分を持ったのはヒカルだった。 それは、倉田の喰いっぷりが良かった為だ。 「倉田さんの、いずれ本因坊はちゃんと取ってありますよ。 今度は、ついに本因坊って書いて下さいね」 おいおい、この席で言うかあ?と、倉田は苦笑する。 「ま、そうなれたら良いよな。 あ、じゃあ、俺、用事あるから」 その会話に和谷が目を向いた。 「倉田さん、知ってるの?」 「あ、うん。 この前、イベントに行って会ったんだ。 少し世話になったの」 「ふうん。 あ、あの人、今日、表彰だ」 「へえ、何で?」 「最多勝利者で最多対局者。 塔矢 アキラもだぜ。 勝率第一位賞と連勝賞」 「・・・そう言えば、そう言ってたかな?」 その言葉で和谷は頭を抱える。 「お前等、友達なんだろ?」 「うん、でも、碁の友達じゃないしね。 あ、アキラだ」 向こうからアキラが歩いて来る。 ヒカルの前に立つと手を差し出した。 「宜しく、ヒカル君」 ヒカルもその手を握り返す。 「宜しく、アキラ。 今日から、碁を打つ時はライバルだな」 「うん、そうだね」 「今日はおめでとう」 「ありがとう」 それだけの手短な挨拶で二人は離れてしまった。 和谷の方が困惑な顔だ。 「おい、お前、何だかおかしいぞ」 「何が?」 「だって、お前ら、友達だろ?」 「うん、そうだよ」 「だったら・・・」 ヒカルは和谷を見ると、にこりと笑った。 「でも、碁で馴れ合う関係はいらないよ。 俺も塔矢もね。 何時か、当たる相手だ」 そう言ったヒカルの目は鋭い光を持っていた。 『俺の最初の相手は誰かな?ね、佐為』 『案外、アキラとかもしれませんよ』 胸の内の会話が現実になったのは、事務の説明に呼ばれた時だった。 『あ、アキラだ。 こんなに早く当たるとは思わなかったなあ』 『そうですね。 何時も打ってますけど』 『今度は勝負だから、全然違うよ』 『楽しみですね』 『うん』 しかし、その少し未来の対局が現実になる事はなかった。 ヒカルが上機嫌で対局場に訪れると、森下門下の冴木が待っていた。 「あれ、冴木さん。 今日は対局?」 「うん、和谷は今日はないんだ。 まあ、こんな日もあるんだ」 「そう」 「和谷がいないから、ちょっとだけだけど案内するよ」 冴木はヒカルに細々とした事を教えてくれた。 「今日は食事は一緒に取る?」 「う〜ん。 そうですね。 俺、弁当持って来てないし。 アキラも一緒で良いですか?」 「ああ、良いよ」 昼はアキラと一緒かあ。 実はアキラは手合いの間は集中力が欠くと食事をしないのだったが、ヒカルはその事を全然知らなかった。 「楽しみだな。 早く打ちたいな」 ヒカルの言葉に、「余裕だね」と、冴木は肩を竦める。 「余裕はないですよ。 アキラですから。 でも、ここで打つのは初めてだから・・・」 『そうですね。 ここは真剣勝負の場ですものね』 「あ、そう言えば、塔矢は院生じゃなかったんだな。 本当に正真正銘、初めてだな」 冴木は成程と納得した。 「・・・遅い」 アキラが来ない。 「何かあったのかな?」 事故?まさか・・・。 病気? 昨日、電話したのだ。 アキラと打つのが楽しみだと。 ヒカル君と打つのが楽しみだと。 「進藤君、ちょっと」 「はい?」 呼ばれて外に出たヒカルは、アキラが来ない原因を知った。 「・・・病院は何処です?」 「愛新堂病院だよ。 下の階はパニック状態なんだ。 私もこれで失礼するね」 「解りました」 ヒカルは席に戻るとメモを取り出し、さらさらと書き付ける。 【冴木さんへ。 俺、用事が出来ました。 昼食は一緒に出来ません】 そのメモを冴木の元に置くと、ヒカルはそのまま棋院を出た。 行き先は、愛新堂病院だ。 『アキラ・・・』 君の花53 病院に駆けつけたヒカルは、ロビーで消沈して座るアキラを見つけた。 「アキラ」 のろのろと顔を上げるアキラは、ヒカルを見た途端に、飛びついた。 「ヒカル!ヒカル!来てくれたんだ!」 恐ろしい程の力で抱きついてくるアキラの背中をヒカルは撫でた。 「容態は?」 「・・・もう大丈夫だって」 「じゃあ、お茶でも飲もうか。 昼ご飯もまだだろ?」 ヒカルの言葉に、アキラは力を緩める。 「・・・ごめん。 手合い出なかった」 「たかだか、大手合いだ。 タイトル戦じゃないんだ。 又、何時か対局出来るよ」 もしこれが、タイトル戦なら、アキラは来たはずだ。 と、言うよりそれが勝負師のけじめだ。 だが、十代の子供に親が死ぬ寸前なのに、仕事をしろとは誰も言わないだろう。 「俺、お茶買ってくる。 アキラはここで座ってて」 ヒカルはアキラの腕を抜けると、自動販売機に歩いた。 「ほら、飲んで」 ヒカルが指しだしたのは、ホットミルクティーだった。 「甘い物は身体の回復に一番だ」 「ありがとう」 ヒカルもプルを引いた。 「お父さん、この前、久保先生にここの病院で精密検査をと勧められたんだ。 で、一昨日、簡単な検査をしたんだ」 本当に急だった。 「でも、薬持ってたから、直ぐに処置出来たけど」 過度の緊張と過労が引き起こしたんだって。 「ごめんね。 僕にとってお父さんはとても大きくて強く見えたんだけど、それは碁だけだったんだね。 勘違いしてたんだ。 だから・・・」 「ショックが強かったんだな。 そう、人は誰も皆、平等なんだよ。 アキラ。 産まれて死ぬ身体だ」 「・・・そうだね」 ねえ、ヒカル君。 何? 来てくれてありがとう。 「お母さんの所に行ってくるね」 その言葉に、ヒカルはポケットから、もう一本、缶を取り出す。 「おばさんに」 「ありがとう」 アキラは缶紅茶を受け取る。 それはほんのりと暖かくて、今のヒカルを思わせた。 ヒカルが病院を出たのは、正午少し回った頃だった。 「食事時間だよね」 どうしようかと考えていた肩を叩かれる。 「ヒカル。 来たのか?」 「あ、精次兄さん」 「先生は?」 「大丈夫だって。 でも、今日は面会出来ないと思うよ」 ああ、そうだな。 「俺はお前を迎えに来たんだ。 きっと来てると思ってな。 飯は?」 「まだ」 「じゃあ、行こうか」 緒方とヒカルは近くのハンバーガーショップに入った。 「直ぐに食べれる物の方が良いだろ?俺も時間がない」 その言葉で、ふと気が付いた。 「あ、兄さん、愛媛に行くんでしょ?」 「ああ、もう直ぐ行くよ。 十段戦第3局だ。 向こうで不戦敗を待たないと行けない」 「不戦敗だね。 塔矢先生」 「そうだな」 ヒカルが黙々とお腹に納めていた手をふと止める。 「何?佐為」 『私と打ったから、塔矢 行洋は黄泉路に引かれたのではないですか?』 『そんな馬鹿な』 いや、あり得る話でもあるか?だが、時期が離れすぎている話だ。 「どうした?ヒカル?」 「佐為がね、自分と打ったから先生が黄泉路に引かれたとか言うんだ」 緒方はしげしげとヒカルを眺める。 「そうなのか?ヒカル」 「さあ、どうだろう?それに時期が離れてない?あれ、一月の事だよ?」 緒方が頷く。 「そうだな。 霊症だ何だの言うなら、直ぐに来てもおかしくない」 「そうだよ」 緒方はタクシーを拾うと、ヒカルを自宅へと帰らせ、自分は愛媛へと向かった。 『霊症ねえ。 ありえない話ではないな。 だが・・・』 俺が考えても無駄だな。 緒方はそう思うと雑念を振り払った。 愛媛から緒方が帰って来たのは、翌日の昼さがりだった。 「不戦敗か」 これで二勝か。 タイトルが欲しいと切に願うが、何時もするりと抜け出されてしまう。 タイトルに近くても、タイトルを取れないなら意味がない。 今度こそ、取れるかもしれない。 それが師匠で病人だろうと緒方には関係ない事だ。 緒方が欲しい物は今、病床の人が持つタイトルだ。 欲しい。 どんな事があっても。 「俺はタイトルが欲しい」 なあ、ヒカル。 これは欲深とは言わないだろ? 「お前を守りたいんだ。 勝って勝ってタイトルをもらう」 夕方、緒方はパソコンを携えて、行洋の見舞いに訪れた。 「どうですか?師匠」 「すまなかったね。 緒方君。 戦わずして負けて」 「まあ、師匠には不本意な結果ですね」 緒方の言葉に行洋は苦笑する。 「君にとってもだろ?」 「5日後には対局出来るのでしょう。 それで・・・」 うむ。 ふと、行洋が目を留める。 「それは?」 「あ、ノートパソコンですよ。 ここでは碁石は触れませんから、暇つぶしにネット碁でもどうですか?師匠は根っからの棋士ですから、碁を打てないのは辛いでしょう?」 ほろりと行洋の顔がほころんだ。 「おお、ネット碁か。 それがあったとは」 「誰とでも対局出来ますよ。 院長に聞いてみたら、許可をもらいました。 設定しましょう」 「すまんな。 緒方君」 次ぎの日、ヒカルは行洋の見舞いに訪れた。 病院の前に待ち合わせをしたアキラがいる。 「アキラ、先生はどう?」 「うん、すっかり良いみたい。 今日もネット碁を打ってたよ」 「?ネット碁?」 「あれ、知らないの?緒方さんが持って来てくれたんだ。 病室じゃあ碁石は置けないし、対局相手もいないからって」 「そうなんだ」 ふと、ヒカルは何か引っかかる物を感じた。 精次兄さん? アキラが病室を覗くと市河と碁会所の常連客の広瀬がいた。 「あ、アキラ君。 こんにちわ」 「こんにちわ。 広瀬さん、市河さん」 「私達、そろそろお邪魔します、先生。 広瀬さん、私の車で送りますよ」 「お、すいません」 部屋を出た所で、ヒカルが待っていた。 ヒカルは二人に頭を下げると、部屋に入る。 「こんにちわ。 塔矢先生」 ヒカルが下げた頭を上げると、唖然とした表情の行洋がいた。 「?どうしました?先生」 「・・・進藤君・・・だったね」 「はい」 行洋は大きく呼吸をすると、ゆっくりと吐出した。 「君に会いたかった・・・」 「まあ、座って。 アキラ、何か飲み物を買って来てくれないか?」 アキラは直ぐに立ち上がると、部屋を出た。 「・・・君に会いたかったんだ。 君と又、碁を打ちたかった」 「はい?」 「こんな事を言うとおかしな人間だと思うだろうね。 君は」 実は・・・ 私には忘れられない棋譜があるんだ。 それは見た事がない不可思議な棋譜で、いつの間にか私の頭に張り付いて離れないんだ。 私はその棋譜の為に碁打ちになったんだ。 だが、どんなに打ってもあれが何だったかは、解らない。 ヒカルは行洋の言葉を黙って聞いた。 しかし、この前、君と打った時、何かが掴めそうな気がした。 胸に巣くうもやもやとした感覚に先が見えたような気がした。 もう一度・・・ 打ってくれないか? ヒカルは直ぐには答えなかった。 それは佐為と話をしていた為だ。 『佐為、どう?打てる?』 『はい。 以前はとても恐ろしくて怖かったのですが、今は平気です』 『打った後に平気になったんだ』 『そうです』 「俺は何時でも良いのですが、一つだけ条件があります」 ヒカルの言葉に行洋は首を傾げる。 「条件?何だね?」 「ネット碁でお願いします。 ハンドルネーム、saiをご存じですか?」 「ああ、ネットの話題だった人物だね」 「俺の師匠です。 おそらく、行洋先生は俺の師匠と似た碁に反応されたのだと思います。 師匠はわけあって、ネット碁しか出来ません。 それでも、良いでしょうか?」 ヒカルはもっともらしい嘘をついた。 この先、自分が打った事になっては駄目なのだ。 「・・・そうか、君の師匠か・・・さぞ強いんだろうな。 解った。 まだ、パソコンには慣れてないから・・・対局日は一週間後でどうだろう?午前十時開始、持ち時間3時間で」 ヒカルは頷いた。 「きっと師匠が行洋先生に答えをくれると思います」 「期待してるよ」 だが、行洋の言葉にヒカルは頷かなかった。 「もう一つ、これは条件ではありません。 先生のご意見をお聞きしたい」 「何か?」 「今は入院中です。 師匠とは勿論真剣勝負です。 又、発作が起きたらどうします?」 対局は神経を使う。 ましてや、今度は佐為とだ。 並の物ではない。 神経のぎりぎりまで絞る程に力を発揮しないと行けないのだ。 「・・・碁で死ぬなら本望だよ・・・」 行洋は目を伏せると、ゆっくりとあげた。 暫し考えて、又、口を開く。 「と、この前まで思ってたんだが。 目が覚めて、アキラの顔を見たら、この命も惜しくなった」 行洋の口の端にゆっくりと笑みが広がった。 『お父さん、僕、碁の才能あるかなあ』 戸惑うような笑顔が脳裏に蘇る。 病院で目を開けた時、心配そうに覗き込む息子の顔がとても幼く見えた。 「ここは病院だ。 処置にはうってつけだろう?」 ヒカルが椅子から立ち上がった。 「では、来週。 あ、兄さんがタイトルを取る気まんまんなんですよ。 今度勝てたら、タイトルなもので」 一瞬、行洋が惚けた顔になる。 「緒方君が?」 「ええ、俺の叔父です。 黙っているのもずるいので、言いますね」 「そうか。 良く似た叔父と甥だな」 「似てるんですか?人は誰もそう言いませんけど」 「似てるよ」 「そうですか。 では、失礼します」 ヒカルがドアを開けると、廊下でアキラが壁に凭れて待っていた。 「あ、アキラ」 「ごめん、盗み聞き。 お父さんは僕には聞かせたくない事かなあと思って」 ヒカルが笑う。 「そんなわけないじゃない。 聞いた?碁の為に死にたくはないって」 うん。 「アキラの笑顔の為にね」 うん。 「これ、お茶買って来てくれたんだ。 もらうね」 うん。 「泣いて良いよ」 うん。 「ありがとう・・・ヒカル君」 次ぎの対局で緒方は負けた。 「塔矢 行洋強しだな」 一柳の言葉に、皆、感心のため息をつく。 検討後、緒方は先に部屋を出ようとする。 その背に、行洋が声をかけた。 「緒方君」 「はい?」 「色々とありがとう。 すっかり進藤君には世話になった。 君のおかげだ」 緒方はかぶりを振る。 「それはヒカルの力ですよ。 俺じゃない」 「だが、アキラは喜んでいるよ」 緒方は黙って頭を下げた。 夜の空は星が綺麗だった。 「ヒカル、すまんな。 又、タイトルは取れなかったよ」 君の花54 「ヒカル、今日は指導碁をしてくれるんでしょ?」 にこりとあかりが笑っている。 「ん、良いよ。 部活はどう?」 ヒカルは最近、部活にはあまり顔を出してない。 「ん、そうねえ。 ちょっとは強くなったと思うんだけど、指導してくれる人がいないからね」 「三谷は?」 「来てくれてるよ。 でも、ほら、指導って柄じゃないから」 違いないね。 と、くすくすと笑い合う。 『ねえ、ヒカル。 今日は私が打って指導碁にしますよ。 駄目ですか?』 『ん、良いよ。 クラブも久しぶりだもん。 でも、明日は対局だよ?』 『気分を落ち着ける為には良い場です』 あ、進藤さんだ。 指導碁してくれるんですか? 「こんちわ。 三谷」 「ああ、元気そうだな」 「うん、さ、指導碁を始めようか」 「アキラさん、今日はお出かけなの?」 「研究会に・・・どうしても抜けられないんです。 すいません」 「ああ、構わないわ。 お父さんも今日は病院に来なくて良いんだって。 何でも、大切な人とネット碁を打つとか。 本当に困った人だわ。 でも、夕方に行こうと思うんだけど」 その言葉にアキラは苦笑する。 『ごめんなさい。 お母さん』 今日は、僕も・・・。 アキラが訪れたのはネットカフェだった。 ヒカルは緒方の家で打っているのだが、自分は行かない方が良いと思ったアキラは、外で観戦する事にした。 以前、ネット碁を打った時、ヒカルが倒れたからだ。 今日もきっとヒカルは倒れる。 緒方が言うには、あまり近づきすぎると相手の感情や感覚をモロに受けてしまうらしい。 普段はちゃんとその辺のさじ加減をヒカルは解っているのだが、特別な場合はそれが無くなってしまうらしい。 引きずられるのだと。 「ヒカル君・・・」 アキラはネットカフェで十時を待った。 「十時だ」 さあ、始めよう。 『ええ、ヒカル』 ネット碁は様々な人が見る。 伝説のsaiと行洋が対局している事はあっと言う間に、世界に広まった。 「saiだって?」「toya koyo?」「行洋?塔矢 行洋?」「本物」 「うん、本物だろう。 これは」 「そうだな」 「ただ今〜」 「あら、義高。 帰って来たの?丁度良かったわ」 和谷の顔がぎくりと強ばる。 「・・・な、何か・・・御用・・・ですか?」 「あのねえ、鯛焼き買って来たの〜。 昨日、原稿が上がってね。 今日は久々に寝れるわあ〜」 「おめでとう。 母さん」 「じゃあ、お茶入れるねえ〜」 和谷は自室の部屋のドアを閉めた。 「良かった〜」 パソコンを立ち上げ、何時もの散歩をして、唖然とする。 「これ、何だ?saiとtoya koyo?」 「義く〜ん。 鯛焼き食べないのお?」 「あ、食べる食べる。 残しておいてよ!」 「早く食べないとアシさんが食べちゃうよ」 和谷は慌てて鯛焼きを取りに戻った。 『終わった』 行洋が投了の文字を押す。 自分の両手を見る。 不思議な感覚だ。 遠い昔、私はsaiと打った事があった。 そうだ。 saiだ。 私がここまで探し求めていた者は・・・。 遠い昔・・・ 遥かに遠い昔・・・・ 私は確かに、この者と打ったのだ。 『佐為・・・』 意識の底で、佐為が微笑んでいる。 『ああ、佐為。 良かったね』 お前の欠片は見つかったんだね。 ぽたりとヒカルの顔に涙が落ちる。 『良かったね』 アキラが緒方の家に着いた時、緒方はリビングで煙草を吹かしていた。 「よお、アキラ君」 「やっぱり、ヒカル君は、倒れたんですね」 「まあ、大丈夫だ。 暫し、安静にしていれば、回復するだろう。 だがな・・・」 アキラが不信な顔をする。 緒方はそれを見て、言葉を止める。 「いいや、何でもない。 珈琲でも入れるよ」 緒方の言葉に、アキラは不安を覚える。 何が言いたかったのだろう? 「ヒカル君は本当に大丈夫なんですか?」 「嘘じゃないよ。 大丈夫だ。 心配しなくても良いよ。 それより師匠は?」 「お母さんが夕方に、お父さんの所に行くそうです」 アキラの前に香ばしい芳香が漂う。 「まあ、飲んで一息ついて。 見てたんだろ?」 「はい」 「凄い一局だった」 「はい」 「だが、ヒカルは指摘したんだ。 佐為の穴をね。 やはりヒカルは天性の才能があったんだな。 俺はね、ヒカルに囲碁はさせたくなかったんだ」 アキラが顔を上げる。 「何故です?」 「君がいたから」 どきりとアキラの胸が鳴る。 かたかたとカップを持つ手が揺れた。 「・・・僕がいたから?」 「そう、君がいたから。 どう見ても、ヒカルは君と同じ境遇だと世間には映るだろ?」 「そうですね」 緒方はため息をつく。 「だがな・・・」 緒方がゆっくりと笑ったのだ。 「だが、碁は一人では打てないんだよ。 碁の神様の采配だな」 「碁は一人では打てない?」 「そう、等しく並ぶ者があってこそ、先に進んで行けるんだよ。 ほら、思わないか?君の所に佐為が来た。 ヒカルが君の所に行った。 君とヒカルは対のようだ。 どうだい?」 ほら、奇跡のようだろう? アキラは黙って頷いた。 そう、出会いは奇跡のようだ。 奇跡のような毎日だった。 こんなに輝いていた日々は、出会う前にはあり得なかった。 「ヒカル君を見て良いですか?」 「あ、うん、良いよ」 そろそろ目が覚めるかもしれないからな。 アキラが部屋に入ると、ヒカルがベッドに横たわっている。 そっとその側に寄って、アキラは跪く。 「ヒカル君、お疲れ様。 ありがとう」 そっとその手を取ると、アキラは額を寄せた。 その夜、行洋は不思議な夢を見た。 そこは広々とした葦の原で、向こうに湖が見えるのだ。 行洋はうきうきとした気分で、隣の人物に話しかける。 隣の人物もはしゃいでいる。 「・・・さま。 綺麗ですね」 「そうだな」 「私はこの景色をずっと憶えていましょう。 この命つきる事あっても、きっと今日の事は忘れません」 「・・・すまない」 「いいえ」 「・・・・・力が及ばなくて」 「いいえ。 きっと何時の世か私と貴方さまは会えますよ」 それまで、私は待ちます。 例え、全てを忘れようとも、碁だけ忘れなければ、私達は出会えると思います。 「もう、まいりますね」 するりと自分の隣から温もりが無くなる。 「・・・さま・・・又、何時か」 目が熱い。 ああ、自分は泣いているのだ。 ああ、そうか。 彼だったのだ。 私は待っていた。 そして、願いは叶った。 「・・・待たせて、すまなかった・・・」 そして、行洋は確信する。 「もう、出会う事はないのだろうな・・・」 昼間掴んだと思った充実感は、一夜の夢で散ってしまった。 そう、あれは僅かな間の奇跡だったのだ。 「そうか、あの子が見せてくれた、奇跡だったのか・・・」 そして、行洋は決心したのだ。 「明子、私は次ぎの対局で棋士を止めるよ。 最後に緒方君とだけは打ちたい」 「まあ、そうですか。 そうですわね。 良いんじゃないですか」 明子は久々の行洋の心からの笑顔に、にこやかに頷いた。 君の花55 時間の砂が落ち始めた。 もう、幾ばくもないだろう。 ヒカルには解りますよね。 『ああ、良かったね。 佐為』 嬉しいです。 でも、貴方と離れるのは辛い。 『でも、行かないと。 だって、ここは本来、佐為がいる所じゃない』 そうですね。 でも、もう少しだけ・・・一緒に・・・。 『うん、もう少しだけ、一緒に・・・』 saiとの対局の次ぎの日、ヒカルは緒方に付き添われて、行洋の元を訪れた。 昨日は消耗が甚だしかったヒカルだが、一晩ぐっすりと眠ると、元気になったようだ。 それでも、心配な緒方が一緒に付いてきたが。 「おはようございます」 「おお、進藤君、緒方君も。 おはよう」 ヒカルは行洋の顔を見た途端、ぴんと来た。 「・・・胸のつかえは取れたようですね」 「ああ、すっかりと取れたよ。 ありがとう」 昨日までとは、まったく違う笑顔だ。 「・・・saiに会いたくないのですか?」 ヒカルの質問に、行洋は首を振る。 「それは、今生ではかなわない事なのだろう?私には解る。 だから、何も聞かないよ」 「ありがとうございます」 ヒカルは密かにそれを危惧していたのだが、行洋はもう整理がついているようだ。 今後も聞かれる事はないだろう。 行洋にとって大切なのは、自分の疑問を晴らす事であって、それ以上は望まないようだ。 「saiも喜んでます」 「それは良かった」 行洋はヒカルを手招きすると、そっとその頭を撫でた。 「アキラを宜しくお願いする。 私は、次ぎの緒方君との対局で、引退するよ」 慌てて緒方が席を立つ。 「え、師匠、何故です?!引退?そんな」 緒方にしては慌てているのか、言葉がばらばらだ。 「良いんだよ。 私が永年抱えていた疑問は解けた。 私はその為に棋士になったんだ。 だから、良いんだ」 「しかし・・・」 「うん?進藤君なら解るだろう?」 ヒカルは緒方の顔を見ながらも、頷いた。 行洋の心情は自分には解るのだ。 彼は、過去と決別するのだ。 ただ、一局を打つ為に、棋士を続けていたのだ。 それが、行洋と言う人物の思いなのだ。 佐為の欠けたピース。 行洋の胸のつかえ。 全てが揃った今、行洋は棋士である必要はない。 「でも、先生は碁が好きですよね」 ヒカルの声に、行洋は頷く。 「ああ、好きだよ。 だからこそ、棋士でなくても碁は打てるんじゃないか?」 「そうですね。 先生の活躍を楽しみにしてます」 ふふと行洋が笑う。 「進藤君には、何もかも解っているみたいだね。 ありがとう、こんな言葉では何も伝えられないけど、ありがとう」 「いいえ。 これが俺の仕事ですから」 緒方とヒカルが病室を出ると、アキラがエレベーターから降りてきた。 「あ、ヒカル君。 緒方さん」 「おはよう、アキラ」 病室に向かおうとするアキラの腕を緒方が掴む。 「?何です?」 「君は知っていたのか?」 「何をです?」 「知らないのか?」 緒方はアキラとヒカルの腕を掴むとやや乱暴に、ロビーに降りて行き、角に座らせた。 「師匠が棋士を止めるって言ったんだ」 緒方にしては乱暴な切り出しだ。 それほど、驚いているのだ。 「・・・知りませんでした」 「え?・・・あ、すまない」 緒方は罰が悪く頭を下げる。 「でも、良いです。 お父さんはそうしたいんでしょうから。 今の対局に次ぐ対局は、お父さんからお父さんらしさを奪ってます。 ねえ、ヒカル君。 お父さんは・・・」 アキラがヒカルに視線を向けた。 「あの疑問が氷解したんでしょ?」 うん。 「なら、棋士である必要はないでしょう。 お父さんはその為に棋士になったんです。 だから・・・もう、自由にしてあげたい」 きっと僕の為にも良かれと思っているのでしょう。 「アキラ、先生は碁が好きだって」 「そう」 じゃあ、緒方さん、ヒカル君。 お父さんの所に行きますね。 アキラを見送って、緒方は首を捻る。 「なあ、ヒカル。 師匠がお前は何でも知ってるって何だ?」 「あ〜。 ただの推測なんだけど、行洋先生は、きっと色んな所で棋戦とかに縛られずに碁を打ってみたいんじゃないのかなあと・・・。 例えば、海外とか・・・」 唖然と緒方がヒカルを眺める。 「・・・その為には、タイトルの対局は無駄だと?」 「うん・・・」 緒方は拳を握りしめ、何かに耐えていたが、突然、大笑いする。 「ああ、おかしい。 そうか・・・師匠には・・・佐為と対局する事が何より大切だったんだ。 タイトルはその為の付属物だったと言うわけだ」 「・・・精次兄さん・・・」 ヒカルが眉を潜める。 「ああ、ヒカル。 解ってるよ。 目的が違うんだからな。 俺と師匠は」 それにヒカルはほっとため息をついた。 「しかし、師匠も大胆だな。 きっと囲碁界は大騒ぎになる。 しばし、賑やかになるぞ」 くくっと、まだ緒方は声を漏している。 しかし、次ぎに口から出た言葉は別な話だった。 「なあ、ヒカル。 佐為は何時までいる?」 全てのピースが揃った今、佐為が今生にいる意味はない。 言葉で言えば、成仏だ。 「・・・まだ、少し・・・時間はあるよ。 長かったからね・・・」 「そうか。 アキラ君には言わないんだろ?」 ヒカルは目を伏せる。 「うん、言わないで・・・」 「ああ、言わない。 そうだ、休みになったら、水族館に行こう。 佐為は好きだろ?」 「・・・ありがとう。 精次兄さん」 「芦原とアキラ君も誘おう。 5人で又、楽しもう」 緒方はヒカルの肩を抱くと、「行こうか?」と、そくした。 森下の研究会は、saiと行洋の碁を検討する会となっていた。 あれから、おそらく色々な所で、この棋譜は検討されているのだろう。 「そこはね・・・」 ヒカルはあの時に指摘した場所を指す。 「成程、流石、進藤君だな」 森下の言葉に、ヒカルは苦笑する。 「俺はまだ、初段で対局も殆どしてませんよ。 何を言ってるんです」 「お?そうだったか?」 何だか、場慣れしてるように思ってな。 あはは。 「・・・お前、天性のたらしだな」 和谷の言葉に、ヒカルは肩を竦める。 「うん、良く言われるよ」 「良く言われるのか?成程」 「・・・和谷、冗談なんだけど・・・」 あははと冴木がヒカルの頭を撫でる。 「洒落にならない冗談だな。 お前、もてもてだもんな」 「ほう、進藤はもてもてなのか?」 森下もにまにまと笑っている。 内心では彼の叔父の顔を思い浮かべているのだ。 『彼ももてると思うんだが』 緒方に好意を寄せる女性棋士も多いが、どうも誰も緒方の心を射止めた者はいないらしい。 「そうなんですよ。 何処に行ってももてもて」 「和谷、変な事言わない。 俺の何処が?本当にもう、みんなは」 ぷりと拗ねてヒカルはそっぽを向いてしまった。 しかし、それだけでも何だか愛嬌があるのだ。 「まあ、もてるのは良いじゃないですか。 でも、進藤君には本命いますもんね〜」 白川の言葉に、ヒカルは苦笑する。 「もしかして、アキラの事?なら、正解。 一番、本命です」 「ほう、本命か」 森下が頷く。 「確かに、本命だな。 皆も塔矢 アキラを落とせるようにがんばれよ」 『佐為、綺麗だね』 緒方は約束通りに、ヒカルを水族館に連れて来てくれた。 先日、塔矢 行洋は引退の表明をした。 緒方と打った十段戦が、彼の最後の公式戦であった。 緒方はそこで、三勝をあげ、タイトルを獲得した。 この三勝の中には不戦勝も含まれている。 『ええ、ヒカル。 綺麗ですね』 「アキラ!ここ、凄く可愛い魚がいるよ?ええと・・・」 「うん、見に行く」 薄暗い回廊をはしゃぎ回る二人を後から眺めながら、緒方と芦原は苦笑する。 「とうとう、タイトルですね。 緒方さん」 「不本意な結果だがな。 だが、タイトルには違いない。 後はこれを維持してやる。 石にかじりついてもな」 芦原は緒方がタイトルを切望していた事を知っている。 とうとう適ったんだなと、芦原は我が事のように嬉しかった。 「今年中にはタイトルをもう一つ手に入れるつもりだ。 二冠いや、三冠を取りたい」 「・・・ちょっと欲張りすぎじゃないですう?」 芦原の言葉に、緒方は肩を竦めた。 「師匠が持っていたタイトルは全て頂くつもりだ。 まあ、幾つか落とした物もあるが・・・来年こそは名実ともにタイトルホルダーとなって見せるさ」 「あはは、流石。 緒方さん」 ふと、緒方は倉田を思い出す。 「お、そう言えば、倉田は扇子に もうじき名人 とかサインするらしいぞ。 同期のお前もがんばれよ。 さしずめお前はもうじき七段かな?」 「・・・精進します」 それは皆にとって、つかの間の楽しい一時だった。 その姿を見ながら、佐為は微笑む。 『この楽しい笑顔を私は忘れません。 みなさん、ありがとう。 ヒカル、アキラ、精次さん、芦原さん。 本当にありがとう』 佐為が消えたのは五月五日の事であった。

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将棋界の天才・藤井聡太に魅力を感じる理由!!「ヒカルの碁」との意外な共通点!?

ヒカル の 碁 が 打ち切 られ た 経緯

出身、名誉九段門下。 本名は 呉 泉(ご せん、帰化後は くれ いずみ)、清源は。 一時日本棋院を離れて嘱託となるが、後に復帰。 日本棋院名誉客員棋士。 木谷実とともに「」の創始者としても知られる。 門下に、。 経歴 [ ] 来日まで [ ] 父呉毅(炎曾)の三男としてに生まれる。 先祖は代々官職について「書香一門」とも呼ばれていたが、呉毅は福建高等学堂卒業後の1913-14年頃に日本に留学し、呉清源誕生後にに移る。 留学中に囲碁に興味を持ち、に通うなどして初段に二子ほどの腕前となり、帰国時には多くのを持ち帰っていた。 北京では義父張元奇のつてでに勤めた。 4歳のときにに罹り、治りきらないままとなる。 5歳から父にを学ばせられる。 7歳のとき囲碁を教えられ、父が日本に留学した時に持ち帰ったり、取り寄せたりした棋書(『』合本、『敲玉余韵』(の棋譜集)、の棋譜など)により学ぶ。 数年で周りには対等に相手ができるものがいなくなり、神童と呼ばれた。 1923年に父に連れられて、北京の「海豊軒」で当時の中国の一流棋士である、などと打つようになり、呉は五子ぐらいのだった。 1924年に父はにより33歳で亡くなるが、顧水如の紹介でと対局し、月100元の学費援助を受けるようになる。 また段の発案で号を付けることになり、 清源となった。 段からの奨学金が途絶えると、資産家の集まるレストラン「来今雨軒」で碁を打つようになって天才少年と評判になり、日本人のクラブではその評判を聞いて自分たちのクラブで碁を打つよう呉を招待した。 呉が噂にたがわぬ腕を持つと分かると、訪中経験もある日本の棋士と、呉を日本に呼ぶことが相談される。 日本の新聞社も中国に駆けつけこの天才少年のことを報道した。 1926年に六段と小杉丁四段が訪中し、呉は岩本に三子で2連勝、二子で負け、小杉に二子で勝ちとなる。 続いて1927年に訪中した井上孝平五段に呉は二子で勝ち、先で1勝1敗とし、瀬越はこの棋譜を見て「の再来」と述べたとされる。 瀬越はやなどの助力も受けて正式な招待状を送り、1928年になると準備のために弟子の四段を北京に派遣した。 この時の試験碁で、呉は橋本に先番で2連勝する。 この年14歳のときに、母と兄と共に日本に渡った。 日本棋院では段位を決めるための試験碁が行われ、四段に先で勝ち、に二子(二三二)で勝ち、四段、四段らにも勝ち、1929年に三段の段位を認められた。 この試験碁はに掲載されたが、続いて呉の対局は「呉少年出世碁」と題して行われ、その成績は、先番勝-篠原正美四段、先番負-橋本宇太郎四段、先番負-六段、先番負-木谷實四段。 この木谷戦で、先番の呉は初手をに打ち、3手目以降はという手段(いわゆる「太閤碁」)に出て話題となった(65手目にマネ碁を止める)。 来日直後は瀬越の世話で麻布谷町の借家に住んだが、1年ほどで東中野に移り、次いで西荻窪の瀬越宅の隣に住む。 兄の浣は、に通った。 新布石時代 [ ] 西園寺公毅は、宇和島藩伊達家の家令だった西園寺家の出で、第一銀行など大手企業の役員を多数務めた西園寺公成の長男 この後、呉は健康上の理由では1年間休場するが、その他に1928年から29年にかけての「」や主催の対局があり、戦績は13勝7敗2ジゴ。 その中には秀哉との三子局もあった(呉11目勝)。 1929年から30年にかけての読売新聞の特選碁では10人抜きする。 1930年から大手合に出場、3年間に29勝3敗という成績を挙げる。 1931年には中国から妹達を呼び寄せて暮らすようになり、またこの頃は木谷實とともに西園寺公毅の支援も受けた。 1932年の時事碁戦では、18人抜きを果たす。 1933年に五段に昇段し、時事新報主催で同じ五段で新進棋士として注目を浴びていた木谷實との十番碁を行うが、木谷の六段昇段で中止となる。 この頃呉は、当時中心のが主流の中で、やを試みるようになる。 十番碁5局目打ち掛け後の夏、木谷はのに呉を誘い、そこで木谷の考える中央重視の布石を研究し、呉も関心を持つ。 1933年秋の大手合ではこれを実戦で打ち、呉1等、木谷2等となり、二人の打ち出した布石法は「」と呼ばれ話題になる。 翌1934年には、からをライターにして、木谷、呉の共著で「囲碁革命・新布石法」を出版し、10万部を売るベストセラーとなった。 また1933年には、2万号記念事業の一つとして主催された「日本囲碁選手権手合」トーナメントで、決勝で橋本宇太郎に勝って優勝し、10月に本因坊秀哉との記念碁を打つ。 当時五段であった呉だが特に先番の手合割となり、1手目に当時本因坊家の鬼門と呼ばれていた三々、3手目星、5手目天元、という布石を打ち、大反響を呼び起こす。 持時間は双方24時間で、その後4か月間をかけて打ち掛け13回の後、翌年1月に終局して秀哉の2目勝ちとなった。 1935年にで、次兄の呉炎の紹介で新聞社「庸報」の社長に会い、に入信、修行の後に帰国する。 1936年には日本に帰化、正式名を呉泉とするが、呼び慣れた名がいいというファンの要望で1940年にから雅号として呉清源に戻した。 この1936年に結核との診断を受け、ので1年間療養する。 1938年ごろから日本支部の活動にかかわる。 十番碁覇者 [ ] 1939年には第1期本因坊戦開始までの棋戦として木谷實との三番碁を行った。 続いて大手合で木谷に白番で勝って七段に昇段し、読売新聞の企画で、この9月から1941年までかけて木谷との打込み十番碁を行う。 6局目まで呉の5勝1敗で先相先に打込み、6勝4敗で終了。 対局にの、、などを使い、後に「鎌倉十番碁」と呼ばれた。 特にこの第1局は、対局中に木谷が鼻血を出して昏倒するという激闘で知られる。 1939年から開始された第1期では、六段級トーナメントを勝ち抜いて、最終トーナメントに進出。 4次にわたるトーナメントの2回で優勝したが、残り2回で、に初戦敗退したのが響いて合計得点で3位となり、本因坊決定戦への進出はならなかった。 1941年にはから別れたのと十番碁を行う。 この時雁金が八段で呉が七段なので呉先相先の手合割となるところ、日本棋院では雁金の八段を認めるかの議論があり、雁金の意向で互先で打ち、5局まで打って呉の4勝1敗で打ち切りとなった。 同1941年、日本支部が、峰村教平の篁道大教(のちにとなる)に合流する。 1942年に木谷實とともに八段昇段。 同年、・夫妻の媒酌で中原和子と結婚(和子はのちにの教主となる峰村教平の親戚。 のちに和子は璽光尊の巫女となる。 戦争の激化に伴い母と妹は1941年に中国に帰国し、また紅卍会の本尊を置いていた篁道大教から分かれたの教主峰村教平の依頼で、1942年に中国に渡って紅卍の道院を訪れるなどした。 次いで同年の瀬越、橋本宇太郎らの訪中にも同行したが、この時市街では呉の首に懸賞金をかけた看板を橋本が見たと言われている。 戦時中には呉にも徴用の令状が来たが、身体検査で帰された。 1942年12月に新進の六段と十番碁を開始(第一次)。 当時先番無敵と言われた藤沢のに対し、7局目まで4勝3敗と勝ち越すが、藤沢が残りを3連勝し、1944年8月までで4勝6敗とする。 これは呉の十番碁で唯一の負け越しとなった。 1946年になって戦後初めての対局として、兄弟子である橋本宇太郎八段との十番碁が行われ、8局目まで6勝2敗で先相先に打込む。 橋本とは1950-51年に先相先で第二次十番碁を行い、5勝3敗2ジゴとなった。 1948年には本因坊との十番碁で、6局目までで5勝1敗で先相先に打込む。 1945年5月25日の空襲で住んでいたの家も焼けてからは、の璽宇教信者の家に住み、その後1948年までの4年間、とともに、、など各地を転々とする生活を続けていた。 金沢では同行していたを帰すために警察が乗り込む騒動もあった。 読売新聞社が呉と璽光尊との交わりを絶たせようと奔走、知人の紹介でに住む事業家の西幸太郎が呉の将来を案じ、マスコミから逃れ静かに囲碁に打ち込めるようにと呉および呉の妻と妻の妹を、杉田の西の邸宅の離れに食客として滞在させた。 呉は好きで、妻や義妹、西の娘らとともによく映画を観にいったという。 杉田の屋敷にはやらも訪れ、呉は麻雀を誘われると快く応じたが、その強さには誰もが舌を巻いたという。 西家には3年ほど滞在した。 大流行した昭和の1,3,5 1949年に藤沢庫之助が大手合で九段昇段し、続いて呉が日本棋院の六、七段の棋士との高段者総当り十番碁で8勝1敗1ジゴの成績を挙げ、九段に推挙された。 日本で二人だけの九段となった両雄は、1951年から第二次十番碁を行い、9局目までで呉が6勝2敗1ジゴで先相先に打込む。 続いて1952年から藤沢との第三次十番碁では、6局目までで5勝1敗と定先に打込んで終了。 藤沢はこの責任をとり、日本棋院を一時離脱した。 またこの頃呉の愛用した星打ちと小目への一間高ガカリの布石は、多くの棋士が用い、「昭和の1、3、5」と呼ばれた。 続く十番碁の相手として、1953-54年に八段、55-56年に本因坊と対戦。 坂田にはその直前に先相先の六番碁で負け越していたが、十番碁では8局までで6勝2敗と定先に打込んで終了。 高川は本因坊4連覇中だったが、毎年の本因坊対呉清源三番碁では連敗しており、十番碁でも8局目までで打ち込まれ、呉の6勝4敗で終了。 これで呉は主だった棋士をすべて先相先以下に打ち込んだことになり、誰の目にも名人の資格ありと見えたが、実際に名人に推されることは無かった。 この高川戦が最後の十番碁となる。 最強戦・名人戦 [ ] 呉を嘱託として十番碁を主催していた読売新聞では、1957年に「実力名人を決める」との謳い文句により「日本最強決定戦」、別名「六強戦」を開始する。 これは呉、藤沢朋斎、橋本宇太郎、坂田栄男、木谷実の各九段と高川本因坊の6人によるリーグ戦で、呉としては既に打ち込んだ相手との互先の対局となったが、第1期は8勝2敗の成績で優勝。 翌年の第2期には5勝5敗で3位、61年の第3期には6勝3敗1ジゴで坂田と同率優勝を果たす。 この第1期優勝時には、橋本から呉を名人に推してはどうかという提案もされたが実現しなかった。 また、同時期、師の瀬越と顧水如から「第2の呉清源」と注目されていた中国人少年らを日本に留学させる計画を訪日した俳優のとの交渉で進めるもで実現しなかった。 この約30年に渡り卓越した成績を挙げ、囲碁界に君臨したその期間は「呉清源時代」とも呼ばれた。 1961年8月、紅卍会の日本支部設立の調整役をしていた呉は、の事務所に向かう途中でにはねられる。 この事故で右足と腰の骨折を負い、分院に2か月入院した。 これ以後、事故の後遺症による頭痛などに悩まされ、年齢的にも40代後半にかかったこともあり、次第に新進の棋士達の追撃を受けるようになる。 61年から1962年にかけて行われた第1期名人戦では、13名のリーグ戦で 呉とが9勝3敗の成績で同率になるが、呉の最終局の対戦が呉の勝ち(5目)であったため、ジゴ勝ちは正規の勝ちより下位とするこの時の規定により、藤沢が第1期名人となる。 第2、3期のリーグでは呉は2位だったが、第4期には8戦全敗となって遂にリーグ陥落し、この期には弟子のが名人位に就いた。 1976年にはで準優勝。 1973年の出場後は対局から遠ざかり、を迎えた1984年2月24日に引退。 引退式はで行われ、記念の連碁にも多くの棋士が参加した。 引退後も研究会を続け、多くの現役棋士に影響を与えるとともに、「21世紀の碁」を提唱。 などの棋戦での審判役も務めている。 2012年の『』の企画「尊敬する棋士、好きな棋士」では第1位に選ばれた。 国籍と所属 [ ] 敗戦後の1946年に師の瀬越憲作が日華親善のためとして薦めて 、呉は籍としたが、これは連合国の中国(中華民国政権)代表団が呉の日本国籍取り消しを指示したとも 、在日により半強制的に手続きをとったとも 言われる(夫人はこの時に無国籍状態となってしまっていた)。 次いで璽宇教の問題で瀬越に様々な圧力がかかり、1947年に瀬越が呉の辞表を日本棋院に提出して除籍、客員となり 、読売新聞の専属棋士として読売主催の対局に専念することとなったが、当時この経緯を呉自身は把握していなかった。 1949年に日本棋院から九段推挙された際には名誉客員棋士という待遇だった。 読売主催の最強戦、には出場していたが、1965年に専属契約を解消し、他紙主催棋戦にも出場するようになる。 1952年に(中華民国)のから招待を受けて台湾訪問し、呉は大歓迎を受け、大国手の称号を授与される。 またこの時、当時10歳だった林海峰と試験碁を打ち、渡日を勧めた。 この訪台時に夫人がパスポート申請しようとして無国籍が発覚し、再度日本国籍に戻った。 また自身も1979年に再度日本国籍を取得する。 引退後の1985年に故郷があるを初めて訪問して歓迎 されるも日本国籍であり続け、晩年は呉清源国際囲碁交流基金の設立など日中交流への貢献が評価されて中国から「平和発展貢献賞」が授与された。 2017年11月に弟子の林海峰や遺族の立会いのもと故郷の中国福州に帰葬された。 年譜 [ ]• 1914年5月19日 中華民国福建省で生まれる。 1914年10月 一家で北京に移る。 1921年 父より囲碁の手ほどきを受ける。 1926年 囲碁の天才少年として北京で評判となり、日本人クラブで初めて日本人棋士と対局。 1928年10月18日 来日し、瀬越憲作名誉九段に入門。 翌年、飛付三段。 1933年 木谷實と共に速度とバランスを重視した「新布石法」を考案して発表。 1933年 日本選手権優勝。 10月との記念対局で「三々・星・天元」という革新的な布石を打つ。 1936年 日本国籍を得、呉泉と改名する。 1939年 木谷實との打込み十番碁(鎌倉十番碁)が始まる。 (6勝4敗)• 1940年 呉清源に名前を戻す。 1945年 戦災で焼け出されてと行動をともにするようになり、1948年まで続いた。 1946年 中国(中華民国)籍に戻る。 1949年 日本棋院より名誉客員の称号を受ける。 1950年 九段に推挙される。 1952年 台湾を訪問。 大国手の称号を受ける。 三強リーグ戦(朝日新聞)において、坂田栄男とともに3勝1敗で優勝。 1953年 藤沢庫之介との3度目の十番碁で向先に打込む。 1956年 この年の高川格との十番碁をもって十番碁終了。 1958年 第1期優勝。 1961年 第3期日本最強決定戦優勝。 8月、交通事故に遭い、2か月入院する。 1962年 第1期で2位。 1967年 受賞。 1976年 第23期準優勝• 1979年 再度日本籍を得る。 1983年 引退。 1985年 戦後初めて中国を訪れる。 1986年 の栄誉博士称号を得る。 1987年 勲三等旭日中綬章を受章。 1996年 ので講師を務める。 2005年 日本棋院からにノミネートされるが、「まだ修行中の身」を理由に辞退(翌年も)。 2014年11月30日 の為、内の病院で逝去。 満100歳。 2015年 遺族の許可を得て正式に囲碁殿堂入りした。 2017年 遺族の立会いのもと故郷の福州に帰葬された。 1951年 呉 3-0 本因坊昭宇• 1952年 呉 3-0• 1955年 呉 3-0 本因坊秀格• 1956年 呉 3-0 本因坊秀格• 1958年 呉 2-1 本因坊秀格• 1959年 呉 0-3 本因坊秀格• 1960年 呉 1-2 本因坊秀格• 1961年 呉 2-1 本因坊秀格• 1961年 呉 1-2 その他の番碁 [ ]• 1938-39年 対木谷實七番碁 呉清源六段 4-2 木谷實七段(呉先相先、読売新聞)• 1939年 木谷・呉三番大棋戦 呉清源六段 0-2 木谷實七段(東京日日新聞)• 1948年 対坂田三番碁 呉清源八段 3-0 坂田栄男七段(坂田先相先)• 1951年 対藤沢庫之助四番碁 呉清源九段 4-0 藤沢庫之助九段(互先)• 1953年 対坂田六番碁 呉清源九段 1-4-1ジゴ 坂田栄男八段(坂田先相先)• 1955年 対新鋭八段戦三番勝負(先相先)• 呉 2-1• 呉 2-1 杉内雅男• 呉 3-0• 1956年 対三番碁 呉清源九段 2-1 前田陳爾八段(前田先相先) その他の優勝歴等 [ ]• 甲組優勝(6回) 1930年後期、31年後期、32年前期、33年後期、35年前期、42年前期• 優勝 1958、61年• 三強リーグ戦優勝 1962年• やに打つ発想は隅の小目からシマリが絶対とされていた当時大きな反響を呼んだ。 詳細は「」を参照 真似碁 [ ]• 対 木谷實 呉の黒番) 時事新聞社の勝ち抜き戦七人目。 との初対局。 白62手まで真似て白八-10に打ったところで変わった。 結果は木谷が124手目に妙手を打ち3目勝ち。 対局が終わった頃には夜も遅くなり2人で棋院に泊まり込み、夜が明けるまで碁の話を交わした。 この時が木谷と面識を得た初めといえる。 新手・新定石 [ ] 呉は新布石の他にも、多くの新手、新を打ち出した。 代表的なものとして以下がある。 大ナダレ内マガリ定石 において、従来は黒a(外マガリ)が定石形とされていたが、黒1と打つ内マガリが新手。 ここから多くの難解定石に発展した。 1957年の日本最強決定戦リーグの高川格戦で最初に打たれ、革命的手段との評判を取った。 梅鉢 黒8は1の点に 従来は黒1以下の図の形は黒が梅鉢の愚形で不利とされていたが、呉は1950年の橋本宇太郎との十番碁第4局など実戦でこの形を打ち出し、1952年の藤沢庫之助との十番碁で注目されて、黒有利の評価を確定させた。 この後黒a,白b,黒cと姿がしゃれているとされ、現在では白1のが打たれることはなくなった。 小ゲイマ受け 星へのに対して黒1の小ゲイマに受ける手は古くからあるが、aの一間、bの大ゲイマに比べて不利とされていたのを、呉が実戦で打ち出して、広く打たれるようになった。 「21世紀の碁」 [ ] 1992年に、新しい囲碁の考え方として「21世紀の碁」を発表。 「六合の碁(りくごうのご)」とも呼ぶ。 囲碁は調和を目指すものとして、を取り入れ、「碁盤全体を見て打つ」ことを目指している。 部分にとらわれずに全局的視野に基づく着手として、への二間高ガカリや、小ゲイマジマリへの肩ツキなどの手段を推奨し、研究会メンバーのやなどが多用して流行、定着した。 に登場したなどのはこうした手法を多用しており、呉の先見の明を示すものとして再評価されている。 小ゲイマジマリへの肩ツキ 代表局 [ ]• 第二次藤沢朋斎十番碁第7局 5局目まで2勝2敗1ジゴと拮抗していたが、6、7、8、9局と呉が連勝して一気に打込んだ。 藤沢との対戦の中で呉はこの第7局が一番の傑作としている。 序盤左上、左下で呉の得意の定石ができ、中盤で黒が中央の白模様を荒らした後、白は下辺黒の大石を攻める。 182手目の白1が棋史に残る妙手と言われ、これに黒が19に応じると18が利いて大石が死ぬ。 実戦でも黒20となった時に白aの切りがあり、結局大石が死んで投了。 1952年4月24-26日 呉清源 - 藤沢庫之助(先番) 白228手まで中押勝 著作 [ ] 打碁集• 『呉清源打棋全集』(全4卷) 1973-74年(増補・新装版1997年)• 『呉清源打込十番碁全集』(全5巻) 1979年• 『現代の名局5,6 呉清源(上下)』 1980年• 『11,12 呉清源』講談社 1980年• 『すごく見やすい 呉清源 名局細解』(全12巻)誠文堂新光社 1981-83年• 『呉清源自選百局』 1982年• 『呉清源全集』(全15巻) 1987年• 『呉清源 現代囲碁名勝負シリーズ, 11』講談社、1987年 その他棋書• 『囲棋革命 新布石法 星・三々・天元の運用 』 1934年(、との共著)• 『3 道策』• 『 囲碁手筋の源流』全4冊 東洋文庫• 『』全2巻 東洋文庫• 『現代定石活用辞典(上中下)』誠文堂新光社 1976年• 『呉清源 100万人の詰碁3』講談社 1983年• 『寿石不老』誠文堂新光社 1995年(詰碁集)• 『呉清源二十一世紀の打ち方』 1997年• 『21世紀の碁』(全10巻)誠文堂新光社 1997-2001年 随想・回顧• 『随筆莫愁』 1940年• 『呉清源棋話』 1993年 「莫愁」と「呉清源棋談」の合本• 『以文会友』白水社 1984年• 『中の精神』出版局 2002年 伝記映画 [ ] 中国の監督による『』(原題:呉清源)は、制作:北京正天文化伝播中心ほか、2004-06年に製作され、2006年公開。 キャストは、呉清源:、瀬越憲作:、:、璽光尊:、橋本宇太郎:、本因坊秀哉:など。 また、1982年の日中合作映画『』はフィクションではあるが、主人公のモデルは呉清源である。 脚注 [ ]• 福州市档案局 2018年7月9日閲覧• 生日は旧暦の5月19日で、新暦では6月12日。 福州市林则徐纪念馆 2018年7月9日閲覧• 桐山桂一『呉清源とその兄弟 呉家の百年』206頁 岩波書店 2005年• 2014年12月11日. 2018年2月6日閲覧。 週刊『碁』2012年12月17日号• 瀬越憲作「呉清源の復籍について」(『本因坊戦全集 別巻 呉清源特別棋戦 上』)• 譚覚真「捕風促影・呉清源」(『』1982年8月-1983年8月号)• 『呉清源とその兄弟』• 『囲碁風雲録』• 2018年2月6日閲覧。 2014年9月1日. 2018年2月6日閲覧。 2017年11月29日. 2018年2月6日閲覧。 スポーツ報知 2014年12月1日閲覧• 産経ニュース 2018年7月9日閲覧• 『呉清源回想録 以文会友』• 『呉清源回想録 以文会友』白水社 1997 参考文献 [ ]• 山崎有民『呉清源と碁』墨水書房 1934年• 川端康成『呉清源棋談・名人』 1954年 「呉清源棋談」は1953年に川端康成が呉の箱根の自宅に訪ねて3日間話を聞いたものを速記にとり、それを元に読売新聞夕刊に41回にわたって連載したもの。 木谷實『囲碁百年 2 新布石興る』平凡社 1968年• 『本因坊戦全集 別巻 呉清源特別棋戦(上下)』毎日新聞社 1971年• 『囲碁風雲録』講談社 1984年• 「日に日に新たなり 川端康成と呉清源」(『ドストエフスキーへの旅』( 1992年)に収録)• 『呉清源』新潮社 1996年• 『呉清源とその兄弟 呉家の百年』岩波書店 2005年 外部リンク [ ]•

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ヒカルの碁 第十三局 「それぞれの決意」│ホフマンブログ

ヒカル の 碁 が 打ち切 られ た 経緯

ヒカルの碁君の花 ヒカルの碁 君の花51〜55 君の花51 「イベント?」 「うん、そう。 行かない?」 電話口でアキラが頷いた。 「行く」 電車を乗り継いでの地方だったが、大きなイベント会場には人が一杯だ。 「すごいね」 「うん、へえ、色々あるんだな」 指導碁やアマの段位試験? 自由対局を後から覗くと、対局者のあまりの稚拙さに、アキラは頭を抱えた。 「でも、楽しそうだよ」 ヒカルの言葉に、アキラも頷く。 「楽しそうだね」 「あ、碁盤売ってるね。 へえ、碁盤ってあんな値段なんだね」 アキラは商品展示の場所で、しげしげと碁盤を眺める。 「綺麗だね」 実はアキラは碁盤の値段など知らなかった。 父が買ってくれる物に値段を聞くのは失礼だと思い、聞いた事はなかったのだ。 実際の相場がどれほどか、アキラは知らなかった。 「20万?高いね」 アキラの言葉に、販売員は頷く。 「良い物ですから。 高いんですよ」 「かやの木は音が良いんですよね。 打って見ても良いですか?」 頷く販売員に、アキラは石を持つとぱちんと打って、首を傾げる。 「あれ?音が・・・」 と、聞こえない程の声で呟く。 「どうしました?」 「あ、いいえ。 何でもありません。 大人になったら、買いますね」 アキラはヒカルの腕を引くと、その場を離れた。 「アキラ。 音」 「うん、ちょっとおかしいね。 子供だから、解らないと思っていたんじゃないかな?あれ、かやじゃないよ。 新素材だ。 佐為はどう思う?」 『かやじゃないですね』 「かやじゃないって」 「やっぱりそうか・・・。 でも、どうしよう。 誰に言えば、良いのかな?新素材でもあんな値段なのかな?」 「新素材はあれの半分くらいだと思うけど。 相場かあ・・・」 ヒカルは首を傾げる。 実はヒカルも詳しくは知らないのだ。 「僕、ここに知り合いの人がいないか探して来るよ。 携帯で連絡して」 「うん、俺は会場の係の人を当たってみるよ」 アキラとヒカルは別々の方向に歩を進めた。 『なあ、佐為。 あの業者の人、胡散臭いと思わない?』 『そうですねえ。 こんな場所だから、あんな値段なのかは解りませんが、しきりにお客に碁盤を勧めてますね』 『うん、良い物で勉強した方が上達するなんて、考えてみたら、解る話だけどね。 でも、あれで、折りたたみの碁盤が20は買えるとなると、ちょっと初心者の人にはあこぎじゃない?』 『同感です』 ヒカルは係員を捕まえると、碁盤の値段を聞いてみた。 「かやの碁盤って、20万円するの?」 「お、ぼうやも買うのか?」 「あはは、そんなお金ないよ。 でも、その下の新素材なら買えるかな?貯金を叩いたら」 ヒカルがにっこり笑うのに、係の人も愛想良く答える。 「おお、それはそれは。 碁が好きなんだね」 「うん、でも、俺、今は折りたたみの碁盤しか持ってないんだ。 いずれは買いたいんだけどね。 あの業者さんは何処の人?」 「ああ、あの人は御器曽先生の紹介でね。 今年から入った人なんだ。 だから、私も詳しくは知らないんだよ。 去年までの人は親切で色々教えてくれたんだけどね」 「そうなんだ。 じゃあ、直接聞くしかないね。 俺の貯金、足りるかな?」 その言葉に、ためらいを見せながらも、係員はヒカルを止めた。 「あの業者は止めた方が良いよ」 中学生であろう少年を純粋に心配しての事だ。 「あれは新素材かもしれない。 ・・・私も良く解らないんだけどね。 一応、目をつけているんだよ。 だから、止めた方が良い」 「やっぱりそうなんだ」 ヒカルがさらりと言った言葉に、係員は目を向いた。 「な、何を言ってるんだい?」 「さっき、俺の友達。 プロなんだけど、石を打って変だって言った。 あいつはいつも本かやの碁盤で打ってる。 でも、俺たちは値段なんて知らないんだ。 だから、新素材でもあんな値段なのかと思ったんだ」 「・・・良く注意して見ておくよ」 「お願いします」 ヒカルが指導碁のコーナーに目を向けると、御器曽と書いた名札の側で、指導碁を打つプロがいた。 『あの人が御器曽さんか。 へえ、七段なんだ。 ん?どうしたの佐為』 『あそこに、秀策の碁盤が飾ってあったんです』 『へえ、そうなの』 俺、昔の文字読めないから、気が付かなかった。 『でも、あれ秀策の字じゃないですよ?』 え? ヒカルは慌てて、商品コーナーに戻る。 『600万・・・すごい値段だね』 『でも、字が違います。 彼はこんな字じゃありませんでした』 『誰かが古い碁盤に書いたのかな?』 『多分』 『これ、売れたら、大変だな。 まあ、買う人はいないだろうけど』 『どうしてそう思うんです?』 佐為は首を傾げる。 『だって、値段が値段じゃないか。 秀策の碁盤が欲しい人なら、もっと彼を研究してるでしょ?衝動買いではすまされない値段だよ。 それに、骨董品は値段があって無きがごときだもの。 こう言う物は使わないで飾っておく物だよ』 もし買う人がいたら、余程のアホだね。 こんな物をローンとかで買うなんて、バカバカしいよ。 『秀策が好きな人なら間違わないですね。 でも、他の人は?』 『お金がある人なら、それも勉強じゃない?普通の人はそんなお金をほいほい出さないよ』 ヒカルの言葉に、佐為も頷く。 『しかし、胡散臭い人ですね。 この人』 そうだねと、ヒカルは再び御器曽の指導碁に戻ったが、一瞬、声を上げそうになった。 『何?これ』 『指導碁ではありませんね。 仮にもプロなのに』 ヒカルは指導碁をしてもらっていた中年の男性の肩をぽんと叩いた。 「俺も少しやるんです。 続きを打っても良いですか?」 「え?ああ」 コテンパに叩かれた男性は消沈している。 「良い碁盤を買って、良い環境で勉強すれば腕も上がりますよ」 そして、商品販売を指さす。 「どうですか?」 「・・・おじさん、俺、いつも折りたたみで打ってるよ」 ヒカルはそれだけを言うと、石を握った。 『佐為。 頼むよ』 その頃、アキラは倉田を見つけていた。 「倉田さん」 「お、塔矢じゃないか。 来てたのか?」 「あ、ええ。 実は・・・」 ファンにもみくちゃに合う倉田の巨体をアキラの腕が引っ張る。 「何だよ」 「ちょっと、角に来て下さい。 話があるんですよ」 「飯なら奢らない」 「・・・いや、そんな話では。 あ、ご飯なら僕が奢りますから」 倉田の目がきらきらと輝く。 「お、じゃあ、話を聞くよ」 アキラの話を聞き終わった倉田は、成程と大仰に頷く。 「お前さんは何時もかやに触ってるものな。 あ、そうだな。 新素材は高くて10万ってとこかな?本かやだともちろん20万以上はするぜ」 アキラは困惑だ。 「どうしましょう?」 「よし、俺が見に行ってやるよ」 「あ、その前に僕の連れがいるんです。 今、呼びます」 アキラは携帯を鳴らす。 「僕だよ。 今、何処?」 「え?プロの御器曽さんと対局中?何で?はあはあ。 解った」 「何だって?」 「あのですね・・・」 と、言うアキラの言葉は再び囲まれた倉田ファンに消されてしまった。 「サイン?うん、良いよお〜」 倉田はご機嫌でサインをしている。 「ふふ、いずれ、本因坊と。 こっちはいずれ名人、お、すまんな」 「良いですよ」 苦笑するアキラに、ぼそりと言葉が漏れる。 「私も倉田先生に指導してもらえば良かったですよ」 「ん?」 「御器曽先生にコテンパにやられましたよ。 おまけに碁盤を勧められて・・・」 はあと深いため息だ。 「お、見つけた。 あんたの碁。 あの子はひっくり返したよ。 凄いね。 あの子」 その言葉を聞いた途端、倉田は丸い身体を転がすように走り出した。 「あ、倉田さん・・・」 もう、しょうがないなあ。 と、アキラが追いかけようとした時、 「あ、この子。 塔矢 アキラ君だ」 「サインをお願いします。 将来の自慢に」 「・・・はい」 「・・・俺が手を抜いたからだ」 碁盤の前の御器曽の顔が青い。 「うん、そうかもね。 でも、勝ちは勝ちだから。 プロの人なんだから、今日は俺たちに花を持たせてくれるんじゃないの?それともそんな気はまったくなかったの?」 ヒカルの容赦ない言葉が、御器曽をえぐる。 「ふん、そうだ・・・」 俺はプロなんだぞと、御器曽は再び胸を張る。 「折りたたみ碁盤でも十分勉強は出来てるみたいだね。 俺は」 「少なくともさっきの人よりは俺の方が旨いと思うし」 「おお、この子が勝ったの?」 ヒカルの肩越しに倉田の声が響く。 御器曽は慌てて碁石を崩してしまった。 「あ、見せてくれても良いじゃない」 「いや、これで、私の指導碁は終わりだったので、失礼しますよ」 そそくさと席を立つ。 「あのね、秀策の碁盤、鑑定証明は誰がしてるの?」 ヒカルの言葉に、御器曽はぴたりと動きを止める。 「ちゃんとした鑑定士がしている」 「俺は鑑定証明の事を聞いてるんだけど。 ま、いいや。 こんなイベントよりは個人に持ち込んだ方が売れるでしょ?それとも、個人にはやはり持って行けない?マニアな人は字も良く解ってるからねえ」 ヒカルの容赦ない言葉に、御器曽は逃げた。 「君・・・何処かで見た顔だね?」 倉田がヒカルの側に座る。 「俺、今年からプロなんですよ。 進藤 ヒカルです」 「あ、そうか。 それで」 納得言ったと、倉田が頷いた。 「で、秀策の碁盤って?」 ヒカルはかいつまんで説明をする。 法外な値段なので、誰も買わないだろうけど、心配だと。 「そう」 そこへアキラが戻ってきた。 「倉田さん、あ、ヒカル君」 「お帰りアキラ。 知り合いに倉田さんが見つかって良かったね」 倉田は、若手で緒方の次ぎだと言われている人物だ。 発言権も大きい。 「お願い出来ますか?」 「ああ、良いよ」 あっさりと引き受けてくれた倉田のおかげで、業者の事は方が付いた。 「先程の約束、守りますよ。 何が食べたいですか?」 アキラの言葉に、倉田は頷く。 「おし、中華料理が食べたい」 「良いですよ」 倉田はある程度の仕事の目星を付けると、二人を連れてタクシーに乗った。 「そう言えば、あの噂は本当だったんだな?」 助手席にしか納まらなかった倉田が、後部座席に声をかける。 「何です?」 「君に、とても仲の良い友人がいるらしいって。 彼だろ?」 「そうですよ。 期待の新人ですよ」 そうだろうなと、倉田も頷く。 先程、劣勢の囲碁をひっくり返したと知ったばかりだ。 これは手強い新人が現れたものだ。 先年、合格の塔矢 アキラも凄腕なのだ。 『今年は面白くなりそうだな』 倉田は心の中で呟いた。 「ほう、そんな事があったのか?」 緒方の端正な眉がしかめられる。 「危ない事に首を突っ込むなよ」 「うん、でも、倉田さんがいたし。 やり方がせこいから、ちゃちな詐欺だよ」 「そうか。 おや、それ、何だ?」 へへとヒカルが笑う。 「倉田さんがサインくれたよ。 ほら、見て」 そこにはでかでかと いずれ本因坊 の文字が躍っていた。 君の花52 「なあ、塔矢さん」 行洋は本日は近所の医者の久保の元に来ていた。 「あんた、大きな病院に行った方が良いよ。 ここじゃあ、精密検査は出来ないし、発作はその時に検査をしないとデーターが出ないんだ」 久保は心電図を眺める。 先程、看護婦がとった物だ。 「直海君、古い物も出してきてくれ。 あと、血液検査の古いのも」 「はい」 直海乃彗は、久保の医院の看護婦だ。 おっとりとしたベテランだ。 「どうぞ、先生」 「お、すまんな・・・。 う〜ん、やっぱり紹介状を書くよ」 ここが悪いよ。 久保は自分の胸を指さす。 「今までは大きな発作はなかったけど、何時、そうなるか保障はない。 愛新堂病院に知り合いがいるから、そこで見てもらった方が良い」 行洋はため息を吐く。 「しかし、暇がないのですよ」 行洋の一言に、ぎろりと久保は睨み付ける。 「君は、可愛い息子を残して死ぬのかね?わしの末息子のようにかね?」 久保の末息子は医者ではなかったが、仕事の忙しさ故、体調を壊して故人となった。 「アキラ君はまだまだ小さいんだ。 君がそんな風に考えてどうする?碁を打つのも良いが、君は父親だと言う事を忘れていないか?」 流石に、行洋も久保には口答えが出来ない。 「なあ、君だって仕事一筋で親子らしい関係など少しの時間しか取れなかっただろ?今、死んだら、その時間がもっと短くなるんだ」 紹介状は受付で受け取ってくれ。 行洋が診察室を出ると、明子の笑い声が聞こえる。 「ええ、アキラさんが、デジカメで沢山取ったんですよ」 見せているのは、プリントした写真だ。 柴犬が映っている。 「可愛いですね。 この子が先生がおっしゃっていたわんこですか」 直海乃彗は、写真をめくりながらにこにことしている。 そこに、久保も顔を覗かせる。 「お、わんこの写真か。 飼い主が見つかって良かったのう。 直海君は犬が好きだからな」 少し前、アキラはひょんな事から柴犬の迷子を拾った。 怪我をしていたのを久保が診察してくれたのだ。 「可愛いです。 ええ、犬好きなんですけど、うちでは飼えないから」 「良かったら、その写真、どうぞ」 明子の言葉に、 「良いのですか?」とためらいの声がかかる。 「ええ、デジカメの映像ですし。 久保先生に見せようと思って持って来ただけなんですよ。 ねえ、あなた」 突然、ふられた話に、暫しの間が空き、行洋は頷く。 「ええ、もらって下さい。 そうだ」 行洋は上着のポケットから、一枚の写真を取り出し、直海にそれを差し出した。 「これもどうぞ。 スナップ写真だが」 そこに映っていたのは、子犬とじゃれ合うアキラだった。 三月、ついに新入段の免状授与式だ。 ヒカルは自宅で、母から作ってもらったスーツに袖を通す。 「何だか、似合わないわね。 まだ、学生服の年だものねえ」 緒方のようには肩幅も背も足りない。 「その内、作り替えないと駄目になるわね。 まだまだ伸び盛りだものね」 「そうだね。 あ、お父さんは?」 下にいるわよ。 精次と碁を打ってるわ。 ヒカルは鞄を取り上げると、階段を下りた。 「・・・お父さん、どう?」 ひょこりと顔を覗かせたヒカルに、父はくすくすと笑う。 「まだまだ、七五三だな」 「ひどいなあ。 でも、もう、俺、社会人だよ」 この家の息子は、月の半分ほどは家にいない。 確かに社会人なのだろうが、他の親が持つ感覚とはかなりのずれがあるようだ。 「辛くなったら、愚痴くらいは聞くよ」 「うん」 「いってらっしゃい」 「いってきます」 「よお、進藤」 「倉田さん、その説はどうもありがとうございました」 ヒカルは深々と頭を下げる。 「その説はごちそうさま」 倉田も頭を下げた。 奢ると言ったアキラの半分を持ったのはヒカルだった。 それは、倉田の喰いっぷりが良かった為だ。 「倉田さんの、いずれ本因坊はちゃんと取ってありますよ。 今度は、ついに本因坊って書いて下さいね」 おいおい、この席で言うかあ?と、倉田は苦笑する。 「ま、そうなれたら良いよな。 あ、じゃあ、俺、用事あるから」 その会話に和谷が目を向いた。 「倉田さん、知ってるの?」 「あ、うん。 この前、イベントに行って会ったんだ。 少し世話になったの」 「ふうん。 あ、あの人、今日、表彰だ」 「へえ、何で?」 「最多勝利者で最多対局者。 塔矢 アキラもだぜ。 勝率第一位賞と連勝賞」 「・・・そう言えば、そう言ってたかな?」 その言葉で和谷は頭を抱える。 「お前等、友達なんだろ?」 「うん、でも、碁の友達じゃないしね。 あ、アキラだ」 向こうからアキラが歩いて来る。 ヒカルの前に立つと手を差し出した。 「宜しく、ヒカル君」 ヒカルもその手を握り返す。 「宜しく、アキラ。 今日から、碁を打つ時はライバルだな」 「うん、そうだね」 「今日はおめでとう」 「ありがとう」 それだけの手短な挨拶で二人は離れてしまった。 和谷の方が困惑な顔だ。 「おい、お前、何だかおかしいぞ」 「何が?」 「だって、お前ら、友達だろ?」 「うん、そうだよ」 「だったら・・・」 ヒカルは和谷を見ると、にこりと笑った。 「でも、碁で馴れ合う関係はいらないよ。 俺も塔矢もね。 何時か、当たる相手だ」 そう言ったヒカルの目は鋭い光を持っていた。 『俺の最初の相手は誰かな?ね、佐為』 『案外、アキラとかもしれませんよ』 胸の内の会話が現実になったのは、事務の説明に呼ばれた時だった。 『あ、アキラだ。 こんなに早く当たるとは思わなかったなあ』 『そうですね。 何時も打ってますけど』 『今度は勝負だから、全然違うよ』 『楽しみですね』 『うん』 しかし、その少し未来の対局が現実になる事はなかった。 ヒカルが上機嫌で対局場に訪れると、森下門下の冴木が待っていた。 「あれ、冴木さん。 今日は対局?」 「うん、和谷は今日はないんだ。 まあ、こんな日もあるんだ」 「そう」 「和谷がいないから、ちょっとだけだけど案内するよ」 冴木はヒカルに細々とした事を教えてくれた。 「今日は食事は一緒に取る?」 「う〜ん。 そうですね。 俺、弁当持って来てないし。 アキラも一緒で良いですか?」 「ああ、良いよ」 昼はアキラと一緒かあ。 実はアキラは手合いの間は集中力が欠くと食事をしないのだったが、ヒカルはその事を全然知らなかった。 「楽しみだな。 早く打ちたいな」 ヒカルの言葉に、「余裕だね」と、冴木は肩を竦める。 「余裕はないですよ。 アキラですから。 でも、ここで打つのは初めてだから・・・」 『そうですね。 ここは真剣勝負の場ですものね』 「あ、そう言えば、塔矢は院生じゃなかったんだな。 本当に正真正銘、初めてだな」 冴木は成程と納得した。 「・・・遅い」 アキラが来ない。 「何かあったのかな?」 事故?まさか・・・。 病気? 昨日、電話したのだ。 アキラと打つのが楽しみだと。 ヒカル君と打つのが楽しみだと。 「進藤君、ちょっと」 「はい?」 呼ばれて外に出たヒカルは、アキラが来ない原因を知った。 「・・・病院は何処です?」 「愛新堂病院だよ。 下の階はパニック状態なんだ。 私もこれで失礼するね」 「解りました」 ヒカルは席に戻るとメモを取り出し、さらさらと書き付ける。 【冴木さんへ。 俺、用事が出来ました。 昼食は一緒に出来ません】 そのメモを冴木の元に置くと、ヒカルはそのまま棋院を出た。 行き先は、愛新堂病院だ。 『アキラ・・・』 君の花53 病院に駆けつけたヒカルは、ロビーで消沈して座るアキラを見つけた。 「アキラ」 のろのろと顔を上げるアキラは、ヒカルを見た途端に、飛びついた。 「ヒカル!ヒカル!来てくれたんだ!」 恐ろしい程の力で抱きついてくるアキラの背中をヒカルは撫でた。 「容態は?」 「・・・もう大丈夫だって」 「じゃあ、お茶でも飲もうか。 昼ご飯もまだだろ?」 ヒカルの言葉に、アキラは力を緩める。 「・・・ごめん。 手合い出なかった」 「たかだか、大手合いだ。 タイトル戦じゃないんだ。 又、何時か対局出来るよ」 もしこれが、タイトル戦なら、アキラは来たはずだ。 と、言うよりそれが勝負師のけじめだ。 だが、十代の子供に親が死ぬ寸前なのに、仕事をしろとは誰も言わないだろう。 「俺、お茶買ってくる。 アキラはここで座ってて」 ヒカルはアキラの腕を抜けると、自動販売機に歩いた。 「ほら、飲んで」 ヒカルが指しだしたのは、ホットミルクティーだった。 「甘い物は身体の回復に一番だ」 「ありがとう」 ヒカルもプルを引いた。 「お父さん、この前、久保先生にここの病院で精密検査をと勧められたんだ。 で、一昨日、簡単な検査をしたんだ」 本当に急だった。 「でも、薬持ってたから、直ぐに処置出来たけど」 過度の緊張と過労が引き起こしたんだって。 「ごめんね。 僕にとってお父さんはとても大きくて強く見えたんだけど、それは碁だけだったんだね。 勘違いしてたんだ。 だから・・・」 「ショックが強かったんだな。 そう、人は誰も皆、平等なんだよ。 アキラ。 産まれて死ぬ身体だ」 「・・・そうだね」 ねえ、ヒカル君。 何? 来てくれてありがとう。 「お母さんの所に行ってくるね」 その言葉に、ヒカルはポケットから、もう一本、缶を取り出す。 「おばさんに」 「ありがとう」 アキラは缶紅茶を受け取る。 それはほんのりと暖かくて、今のヒカルを思わせた。 ヒカルが病院を出たのは、正午少し回った頃だった。 「食事時間だよね」 どうしようかと考えていた肩を叩かれる。 「ヒカル。 来たのか?」 「あ、精次兄さん」 「先生は?」 「大丈夫だって。 でも、今日は面会出来ないと思うよ」 ああ、そうだな。 「俺はお前を迎えに来たんだ。 きっと来てると思ってな。 飯は?」 「まだ」 「じゃあ、行こうか」 緒方とヒカルは近くのハンバーガーショップに入った。 「直ぐに食べれる物の方が良いだろ?俺も時間がない」 その言葉で、ふと気が付いた。 「あ、兄さん、愛媛に行くんでしょ?」 「ああ、もう直ぐ行くよ。 十段戦第3局だ。 向こうで不戦敗を待たないと行けない」 「不戦敗だね。 塔矢先生」 「そうだな」 ヒカルが黙々とお腹に納めていた手をふと止める。 「何?佐為」 『私と打ったから、塔矢 行洋は黄泉路に引かれたのではないですか?』 『そんな馬鹿な』 いや、あり得る話でもあるか?だが、時期が離れすぎている話だ。 「どうした?ヒカル?」 「佐為がね、自分と打ったから先生が黄泉路に引かれたとか言うんだ」 緒方はしげしげとヒカルを眺める。 「そうなのか?ヒカル」 「さあ、どうだろう?それに時期が離れてない?あれ、一月の事だよ?」 緒方が頷く。 「そうだな。 霊症だ何だの言うなら、直ぐに来てもおかしくない」 「そうだよ」 緒方はタクシーを拾うと、ヒカルを自宅へと帰らせ、自分は愛媛へと向かった。 『霊症ねえ。 ありえない話ではないな。 だが・・・』 俺が考えても無駄だな。 緒方はそう思うと雑念を振り払った。 愛媛から緒方が帰って来たのは、翌日の昼さがりだった。 「不戦敗か」 これで二勝か。 タイトルが欲しいと切に願うが、何時もするりと抜け出されてしまう。 タイトルに近くても、タイトルを取れないなら意味がない。 今度こそ、取れるかもしれない。 それが師匠で病人だろうと緒方には関係ない事だ。 緒方が欲しい物は今、病床の人が持つタイトルだ。 欲しい。 どんな事があっても。 「俺はタイトルが欲しい」 なあ、ヒカル。 これは欲深とは言わないだろ? 「お前を守りたいんだ。 勝って勝ってタイトルをもらう」 夕方、緒方はパソコンを携えて、行洋の見舞いに訪れた。 「どうですか?師匠」 「すまなかったね。 緒方君。 戦わずして負けて」 「まあ、師匠には不本意な結果ですね」 緒方の言葉に行洋は苦笑する。 「君にとってもだろ?」 「5日後には対局出来るのでしょう。 それで・・・」 うむ。 ふと、行洋が目を留める。 「それは?」 「あ、ノートパソコンですよ。 ここでは碁石は触れませんから、暇つぶしにネット碁でもどうですか?師匠は根っからの棋士ですから、碁を打てないのは辛いでしょう?」 ほろりと行洋の顔がほころんだ。 「おお、ネット碁か。 それがあったとは」 「誰とでも対局出来ますよ。 院長に聞いてみたら、許可をもらいました。 設定しましょう」 「すまんな。 緒方君」 次ぎの日、ヒカルは行洋の見舞いに訪れた。 病院の前に待ち合わせをしたアキラがいる。 「アキラ、先生はどう?」 「うん、すっかり良いみたい。 今日もネット碁を打ってたよ」 「?ネット碁?」 「あれ、知らないの?緒方さんが持って来てくれたんだ。 病室じゃあ碁石は置けないし、対局相手もいないからって」 「そうなんだ」 ふと、ヒカルは何か引っかかる物を感じた。 精次兄さん? アキラが病室を覗くと市河と碁会所の常連客の広瀬がいた。 「あ、アキラ君。 こんにちわ」 「こんにちわ。 広瀬さん、市河さん」 「私達、そろそろお邪魔します、先生。 広瀬さん、私の車で送りますよ」 「お、すいません」 部屋を出た所で、ヒカルが待っていた。 ヒカルは二人に頭を下げると、部屋に入る。 「こんにちわ。 塔矢先生」 ヒカルが下げた頭を上げると、唖然とした表情の行洋がいた。 「?どうしました?先生」 「・・・進藤君・・・だったね」 「はい」 行洋は大きく呼吸をすると、ゆっくりと吐出した。 「君に会いたかった・・・」 「まあ、座って。 アキラ、何か飲み物を買って来てくれないか?」 アキラは直ぐに立ち上がると、部屋を出た。 「・・・君に会いたかったんだ。 君と又、碁を打ちたかった」 「はい?」 「こんな事を言うとおかしな人間だと思うだろうね。 君は」 実は・・・ 私には忘れられない棋譜があるんだ。 それは見た事がない不可思議な棋譜で、いつの間にか私の頭に張り付いて離れないんだ。 私はその棋譜の為に碁打ちになったんだ。 だが、どんなに打ってもあれが何だったかは、解らない。 ヒカルは行洋の言葉を黙って聞いた。 しかし、この前、君と打った時、何かが掴めそうな気がした。 胸に巣くうもやもやとした感覚に先が見えたような気がした。 もう一度・・・ 打ってくれないか? ヒカルは直ぐには答えなかった。 それは佐為と話をしていた為だ。 『佐為、どう?打てる?』 『はい。 以前はとても恐ろしくて怖かったのですが、今は平気です』 『打った後に平気になったんだ』 『そうです』 「俺は何時でも良いのですが、一つだけ条件があります」 ヒカルの言葉に行洋は首を傾げる。 「条件?何だね?」 「ネット碁でお願いします。 ハンドルネーム、saiをご存じですか?」 「ああ、ネットの話題だった人物だね」 「俺の師匠です。 おそらく、行洋先生は俺の師匠と似た碁に反応されたのだと思います。 師匠はわけあって、ネット碁しか出来ません。 それでも、良いでしょうか?」 ヒカルはもっともらしい嘘をついた。 この先、自分が打った事になっては駄目なのだ。 「・・・そうか、君の師匠か・・・さぞ強いんだろうな。 解った。 まだ、パソコンには慣れてないから・・・対局日は一週間後でどうだろう?午前十時開始、持ち時間3時間で」 ヒカルは頷いた。 「きっと師匠が行洋先生に答えをくれると思います」 「期待してるよ」 だが、行洋の言葉にヒカルは頷かなかった。 「もう一つ、これは条件ではありません。 先生のご意見をお聞きしたい」 「何か?」 「今は入院中です。 師匠とは勿論真剣勝負です。 又、発作が起きたらどうします?」 対局は神経を使う。 ましてや、今度は佐為とだ。 並の物ではない。 神経のぎりぎりまで絞る程に力を発揮しないと行けないのだ。 「・・・碁で死ぬなら本望だよ・・・」 行洋は目を伏せると、ゆっくりとあげた。 暫し考えて、又、口を開く。 「と、この前まで思ってたんだが。 目が覚めて、アキラの顔を見たら、この命も惜しくなった」 行洋の口の端にゆっくりと笑みが広がった。 『お父さん、僕、碁の才能あるかなあ』 戸惑うような笑顔が脳裏に蘇る。 病院で目を開けた時、心配そうに覗き込む息子の顔がとても幼く見えた。 「ここは病院だ。 処置にはうってつけだろう?」 ヒカルが椅子から立ち上がった。 「では、来週。 あ、兄さんがタイトルを取る気まんまんなんですよ。 今度勝てたら、タイトルなもので」 一瞬、行洋が惚けた顔になる。 「緒方君が?」 「ええ、俺の叔父です。 黙っているのもずるいので、言いますね」 「そうか。 良く似た叔父と甥だな」 「似てるんですか?人は誰もそう言いませんけど」 「似てるよ」 「そうですか。 では、失礼します」 ヒカルがドアを開けると、廊下でアキラが壁に凭れて待っていた。 「あ、アキラ」 「ごめん、盗み聞き。 お父さんは僕には聞かせたくない事かなあと思って」 ヒカルが笑う。 「そんなわけないじゃない。 聞いた?碁の為に死にたくはないって」 うん。 「アキラの笑顔の為にね」 うん。 「これ、お茶買って来てくれたんだ。 もらうね」 うん。 「泣いて良いよ」 うん。 「ありがとう・・・ヒカル君」 次ぎの対局で緒方は負けた。 「塔矢 行洋強しだな」 一柳の言葉に、皆、感心のため息をつく。 検討後、緒方は先に部屋を出ようとする。 その背に、行洋が声をかけた。 「緒方君」 「はい?」 「色々とありがとう。 すっかり進藤君には世話になった。 君のおかげだ」 緒方はかぶりを振る。 「それはヒカルの力ですよ。 俺じゃない」 「だが、アキラは喜んでいるよ」 緒方は黙って頭を下げた。 夜の空は星が綺麗だった。 「ヒカル、すまんな。 又、タイトルは取れなかったよ」 君の花54 「ヒカル、今日は指導碁をしてくれるんでしょ?」 にこりとあかりが笑っている。 「ん、良いよ。 部活はどう?」 ヒカルは最近、部活にはあまり顔を出してない。 「ん、そうねえ。 ちょっとは強くなったと思うんだけど、指導してくれる人がいないからね」 「三谷は?」 「来てくれてるよ。 でも、ほら、指導って柄じゃないから」 違いないね。 と、くすくすと笑い合う。 『ねえ、ヒカル。 今日は私が打って指導碁にしますよ。 駄目ですか?』 『ん、良いよ。 クラブも久しぶりだもん。 でも、明日は対局だよ?』 『気分を落ち着ける為には良い場です』 あ、進藤さんだ。 指導碁してくれるんですか? 「こんちわ。 三谷」 「ああ、元気そうだな」 「うん、さ、指導碁を始めようか」 「アキラさん、今日はお出かけなの?」 「研究会に・・・どうしても抜けられないんです。 すいません」 「ああ、構わないわ。 お父さんも今日は病院に来なくて良いんだって。 何でも、大切な人とネット碁を打つとか。 本当に困った人だわ。 でも、夕方に行こうと思うんだけど」 その言葉にアキラは苦笑する。 『ごめんなさい。 お母さん』 今日は、僕も・・・。 アキラが訪れたのはネットカフェだった。 ヒカルは緒方の家で打っているのだが、自分は行かない方が良いと思ったアキラは、外で観戦する事にした。 以前、ネット碁を打った時、ヒカルが倒れたからだ。 今日もきっとヒカルは倒れる。 緒方が言うには、あまり近づきすぎると相手の感情や感覚をモロに受けてしまうらしい。 普段はちゃんとその辺のさじ加減をヒカルは解っているのだが、特別な場合はそれが無くなってしまうらしい。 引きずられるのだと。 「ヒカル君・・・」 アキラはネットカフェで十時を待った。 「十時だ」 さあ、始めよう。 『ええ、ヒカル』 ネット碁は様々な人が見る。 伝説のsaiと行洋が対局している事はあっと言う間に、世界に広まった。 「saiだって?」「toya koyo?」「行洋?塔矢 行洋?」「本物」 「うん、本物だろう。 これは」 「そうだな」 「ただ今〜」 「あら、義高。 帰って来たの?丁度良かったわ」 和谷の顔がぎくりと強ばる。 「・・・な、何か・・・御用・・・ですか?」 「あのねえ、鯛焼き買って来たの〜。 昨日、原稿が上がってね。 今日は久々に寝れるわあ〜」 「おめでとう。 母さん」 「じゃあ、お茶入れるねえ〜」 和谷は自室の部屋のドアを閉めた。 「良かった〜」 パソコンを立ち上げ、何時もの散歩をして、唖然とする。 「これ、何だ?saiとtoya koyo?」 「義く〜ん。 鯛焼き食べないのお?」 「あ、食べる食べる。 残しておいてよ!」 「早く食べないとアシさんが食べちゃうよ」 和谷は慌てて鯛焼きを取りに戻った。 『終わった』 行洋が投了の文字を押す。 自分の両手を見る。 不思議な感覚だ。 遠い昔、私はsaiと打った事があった。 そうだ。 saiだ。 私がここまで探し求めていた者は・・・。 遠い昔・・・ 遥かに遠い昔・・・・ 私は確かに、この者と打ったのだ。 『佐為・・・』 意識の底で、佐為が微笑んでいる。 『ああ、佐為。 良かったね』 お前の欠片は見つかったんだね。 ぽたりとヒカルの顔に涙が落ちる。 『良かったね』 アキラが緒方の家に着いた時、緒方はリビングで煙草を吹かしていた。 「よお、アキラ君」 「やっぱり、ヒカル君は、倒れたんですね」 「まあ、大丈夫だ。 暫し、安静にしていれば、回復するだろう。 だがな・・・」 アキラが不信な顔をする。 緒方はそれを見て、言葉を止める。 「いいや、何でもない。 珈琲でも入れるよ」 緒方の言葉に、アキラは不安を覚える。 何が言いたかったのだろう? 「ヒカル君は本当に大丈夫なんですか?」 「嘘じゃないよ。 大丈夫だ。 心配しなくても良いよ。 それより師匠は?」 「お母さんが夕方に、お父さんの所に行くそうです」 アキラの前に香ばしい芳香が漂う。 「まあ、飲んで一息ついて。 見てたんだろ?」 「はい」 「凄い一局だった」 「はい」 「だが、ヒカルは指摘したんだ。 佐為の穴をね。 やはりヒカルは天性の才能があったんだな。 俺はね、ヒカルに囲碁はさせたくなかったんだ」 アキラが顔を上げる。 「何故です?」 「君がいたから」 どきりとアキラの胸が鳴る。 かたかたとカップを持つ手が揺れた。 「・・・僕がいたから?」 「そう、君がいたから。 どう見ても、ヒカルは君と同じ境遇だと世間には映るだろ?」 「そうですね」 緒方はため息をつく。 「だがな・・・」 緒方がゆっくりと笑ったのだ。 「だが、碁は一人では打てないんだよ。 碁の神様の采配だな」 「碁は一人では打てない?」 「そう、等しく並ぶ者があってこそ、先に進んで行けるんだよ。 ほら、思わないか?君の所に佐為が来た。 ヒカルが君の所に行った。 君とヒカルは対のようだ。 どうだい?」 ほら、奇跡のようだろう? アキラは黙って頷いた。 そう、出会いは奇跡のようだ。 奇跡のような毎日だった。 こんなに輝いていた日々は、出会う前にはあり得なかった。 「ヒカル君を見て良いですか?」 「あ、うん、良いよ」 そろそろ目が覚めるかもしれないからな。 アキラが部屋に入ると、ヒカルがベッドに横たわっている。 そっとその側に寄って、アキラは跪く。 「ヒカル君、お疲れ様。 ありがとう」 そっとその手を取ると、アキラは額を寄せた。 その夜、行洋は不思議な夢を見た。 そこは広々とした葦の原で、向こうに湖が見えるのだ。 行洋はうきうきとした気分で、隣の人物に話しかける。 隣の人物もはしゃいでいる。 「・・・さま。 綺麗ですね」 「そうだな」 「私はこの景色をずっと憶えていましょう。 この命つきる事あっても、きっと今日の事は忘れません」 「・・・すまない」 「いいえ」 「・・・・・力が及ばなくて」 「いいえ。 きっと何時の世か私と貴方さまは会えますよ」 それまで、私は待ちます。 例え、全てを忘れようとも、碁だけ忘れなければ、私達は出会えると思います。 「もう、まいりますね」 するりと自分の隣から温もりが無くなる。 「・・・さま・・・又、何時か」 目が熱い。 ああ、自分は泣いているのだ。 ああ、そうか。 彼だったのだ。 私は待っていた。 そして、願いは叶った。 「・・・待たせて、すまなかった・・・」 そして、行洋は確信する。 「もう、出会う事はないのだろうな・・・」 昼間掴んだと思った充実感は、一夜の夢で散ってしまった。 そう、あれは僅かな間の奇跡だったのだ。 「そうか、あの子が見せてくれた、奇跡だったのか・・・」 そして、行洋は決心したのだ。 「明子、私は次ぎの対局で棋士を止めるよ。 最後に緒方君とだけは打ちたい」 「まあ、そうですか。 そうですわね。 良いんじゃないですか」 明子は久々の行洋の心からの笑顔に、にこやかに頷いた。 君の花55 時間の砂が落ち始めた。 もう、幾ばくもないだろう。 ヒカルには解りますよね。 『ああ、良かったね。 佐為』 嬉しいです。 でも、貴方と離れるのは辛い。 『でも、行かないと。 だって、ここは本来、佐為がいる所じゃない』 そうですね。 でも、もう少しだけ・・・一緒に・・・。 『うん、もう少しだけ、一緒に・・・』 saiとの対局の次ぎの日、ヒカルは緒方に付き添われて、行洋の元を訪れた。 昨日は消耗が甚だしかったヒカルだが、一晩ぐっすりと眠ると、元気になったようだ。 それでも、心配な緒方が一緒に付いてきたが。 「おはようございます」 「おお、進藤君、緒方君も。 おはよう」 ヒカルは行洋の顔を見た途端、ぴんと来た。 「・・・胸のつかえは取れたようですね」 「ああ、すっかりと取れたよ。 ありがとう」 昨日までとは、まったく違う笑顔だ。 「・・・saiに会いたくないのですか?」 ヒカルの質問に、行洋は首を振る。 「それは、今生ではかなわない事なのだろう?私には解る。 だから、何も聞かないよ」 「ありがとうございます」 ヒカルは密かにそれを危惧していたのだが、行洋はもう整理がついているようだ。 今後も聞かれる事はないだろう。 行洋にとって大切なのは、自分の疑問を晴らす事であって、それ以上は望まないようだ。 「saiも喜んでます」 「それは良かった」 行洋はヒカルを手招きすると、そっとその頭を撫でた。 「アキラを宜しくお願いする。 私は、次ぎの緒方君との対局で、引退するよ」 慌てて緒方が席を立つ。 「え、師匠、何故です?!引退?そんな」 緒方にしては慌てているのか、言葉がばらばらだ。 「良いんだよ。 私が永年抱えていた疑問は解けた。 私はその為に棋士になったんだ。 だから、良いんだ」 「しかし・・・」 「うん?進藤君なら解るだろう?」 ヒカルは緒方の顔を見ながらも、頷いた。 行洋の心情は自分には解るのだ。 彼は、過去と決別するのだ。 ただ、一局を打つ為に、棋士を続けていたのだ。 それが、行洋と言う人物の思いなのだ。 佐為の欠けたピース。 行洋の胸のつかえ。 全てが揃った今、行洋は棋士である必要はない。 「でも、先生は碁が好きですよね」 ヒカルの声に、行洋は頷く。 「ああ、好きだよ。 だからこそ、棋士でなくても碁は打てるんじゃないか?」 「そうですね。 先生の活躍を楽しみにしてます」 ふふと行洋が笑う。 「進藤君には、何もかも解っているみたいだね。 ありがとう、こんな言葉では何も伝えられないけど、ありがとう」 「いいえ。 これが俺の仕事ですから」 緒方とヒカルが病室を出ると、アキラがエレベーターから降りてきた。 「あ、ヒカル君。 緒方さん」 「おはよう、アキラ」 病室に向かおうとするアキラの腕を緒方が掴む。 「?何です?」 「君は知っていたのか?」 「何をです?」 「知らないのか?」 緒方はアキラとヒカルの腕を掴むとやや乱暴に、ロビーに降りて行き、角に座らせた。 「師匠が棋士を止めるって言ったんだ」 緒方にしては乱暴な切り出しだ。 それほど、驚いているのだ。 「・・・知りませんでした」 「え?・・・あ、すまない」 緒方は罰が悪く頭を下げる。 「でも、良いです。 お父さんはそうしたいんでしょうから。 今の対局に次ぐ対局は、お父さんからお父さんらしさを奪ってます。 ねえ、ヒカル君。 お父さんは・・・」 アキラがヒカルに視線を向けた。 「あの疑問が氷解したんでしょ?」 うん。 「なら、棋士である必要はないでしょう。 お父さんはその為に棋士になったんです。 だから・・・もう、自由にしてあげたい」 きっと僕の為にも良かれと思っているのでしょう。 「アキラ、先生は碁が好きだって」 「そう」 じゃあ、緒方さん、ヒカル君。 お父さんの所に行きますね。 アキラを見送って、緒方は首を捻る。 「なあ、ヒカル。 師匠がお前は何でも知ってるって何だ?」 「あ〜。 ただの推測なんだけど、行洋先生は、きっと色んな所で棋戦とかに縛られずに碁を打ってみたいんじゃないのかなあと・・・。 例えば、海外とか・・・」 唖然と緒方がヒカルを眺める。 「・・・その為には、タイトルの対局は無駄だと?」 「うん・・・」 緒方は拳を握りしめ、何かに耐えていたが、突然、大笑いする。 「ああ、おかしい。 そうか・・・師匠には・・・佐為と対局する事が何より大切だったんだ。 タイトルはその為の付属物だったと言うわけだ」 「・・・精次兄さん・・・」 ヒカルが眉を潜める。 「ああ、ヒカル。 解ってるよ。 目的が違うんだからな。 俺と師匠は」 それにヒカルはほっとため息をついた。 「しかし、師匠も大胆だな。 きっと囲碁界は大騒ぎになる。 しばし、賑やかになるぞ」 くくっと、まだ緒方は声を漏している。 しかし、次ぎに口から出た言葉は別な話だった。 「なあ、ヒカル。 佐為は何時までいる?」 全てのピースが揃った今、佐為が今生にいる意味はない。 言葉で言えば、成仏だ。 「・・・まだ、少し・・・時間はあるよ。 長かったからね・・・」 「そうか。 アキラ君には言わないんだろ?」 ヒカルは目を伏せる。 「うん、言わないで・・・」 「ああ、言わない。 そうだ、休みになったら、水族館に行こう。 佐為は好きだろ?」 「・・・ありがとう。 精次兄さん」 「芦原とアキラ君も誘おう。 5人で又、楽しもう」 緒方はヒカルの肩を抱くと、「行こうか?」と、そくした。 森下の研究会は、saiと行洋の碁を検討する会となっていた。 あれから、おそらく色々な所で、この棋譜は検討されているのだろう。 「そこはね・・・」 ヒカルはあの時に指摘した場所を指す。 「成程、流石、進藤君だな」 森下の言葉に、ヒカルは苦笑する。 「俺はまだ、初段で対局も殆どしてませんよ。 何を言ってるんです」 「お?そうだったか?」 何だか、場慣れしてるように思ってな。 あはは。 「・・・お前、天性のたらしだな」 和谷の言葉に、ヒカルは肩を竦める。 「うん、良く言われるよ」 「良く言われるのか?成程」 「・・・和谷、冗談なんだけど・・・」 あははと冴木がヒカルの頭を撫でる。 「洒落にならない冗談だな。 お前、もてもてだもんな」 「ほう、進藤はもてもてなのか?」 森下もにまにまと笑っている。 内心では彼の叔父の顔を思い浮かべているのだ。 『彼ももてると思うんだが』 緒方に好意を寄せる女性棋士も多いが、どうも誰も緒方の心を射止めた者はいないらしい。 「そうなんですよ。 何処に行ってももてもて」 「和谷、変な事言わない。 俺の何処が?本当にもう、みんなは」 ぷりと拗ねてヒカルはそっぽを向いてしまった。 しかし、それだけでも何だか愛嬌があるのだ。 「まあ、もてるのは良いじゃないですか。 でも、進藤君には本命いますもんね〜」 白川の言葉に、ヒカルは苦笑する。 「もしかして、アキラの事?なら、正解。 一番、本命です」 「ほう、本命か」 森下が頷く。 「確かに、本命だな。 皆も塔矢 アキラを落とせるようにがんばれよ」 『佐為、綺麗だね』 緒方は約束通りに、ヒカルを水族館に連れて来てくれた。 先日、塔矢 行洋は引退の表明をした。 緒方と打った十段戦が、彼の最後の公式戦であった。 緒方はそこで、三勝をあげ、タイトルを獲得した。 この三勝の中には不戦勝も含まれている。 『ええ、ヒカル。 綺麗ですね』 「アキラ!ここ、凄く可愛い魚がいるよ?ええと・・・」 「うん、見に行く」 薄暗い回廊をはしゃぎ回る二人を後から眺めながら、緒方と芦原は苦笑する。 「とうとう、タイトルですね。 緒方さん」 「不本意な結果だがな。 だが、タイトルには違いない。 後はこれを維持してやる。 石にかじりついてもな」 芦原は緒方がタイトルを切望していた事を知っている。 とうとう適ったんだなと、芦原は我が事のように嬉しかった。 「今年中にはタイトルをもう一つ手に入れるつもりだ。 二冠いや、三冠を取りたい」 「・・・ちょっと欲張りすぎじゃないですう?」 芦原の言葉に、緒方は肩を竦めた。 「師匠が持っていたタイトルは全て頂くつもりだ。 まあ、幾つか落とした物もあるが・・・来年こそは名実ともにタイトルホルダーとなって見せるさ」 「あはは、流石。 緒方さん」 ふと、緒方は倉田を思い出す。 「お、そう言えば、倉田は扇子に もうじき名人 とかサインするらしいぞ。 同期のお前もがんばれよ。 さしずめお前はもうじき七段かな?」 「・・・精進します」 それは皆にとって、つかの間の楽しい一時だった。 その姿を見ながら、佐為は微笑む。 『この楽しい笑顔を私は忘れません。 みなさん、ありがとう。 ヒカル、アキラ、精次さん、芦原さん。 本当にありがとう』 佐為が消えたのは五月五日の事であった。

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