イド と エゴ。 自我とは?エス(イド)・超自我とは? ~「動物的本能」(エス)と「理性」(超自我)の綱引きバランス~ | リバータリアン心理学研究所

自我と超自我とエスという人間の心の三つの部分の具体的な特徴と性質とは?フロイトの精神分析学③、深層心理学とは何か?⑤

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ちなみにフロイドの母親は、 父親の再婚相手のため二人目の妻に当たります。 しかもお父さんはお母さんよりも 20歳も年上だったそうです。 フロイトは元々医学や神経学について学んでおり、 心理学を勉強していたわけではなかったそうです。 というのも当時のウィーンでは、 ユダヤ人には医学か法律学以外の選択肢が 与えられていなかったからみたいです フロイトが Psychoanalysisを作ろうと思ったきっかけは Josef Breuer という 医者であり 心理学者との出会いでした。 彼とのトレーニングの中で、 ヒステリー hysteria)患者さんの治療の中で、 フロイトの psychoanalistとしてのキャリアがスタートします。 この中で、 hypnosis 催眠療法 を開発しました。 患者が「意識化」では忘れている「記憶」を話すことにより 、 症状が改善したといいます。 (現在では催眠療法マイナーな治療のやり方です) その後引越しなどを繰り返し、 またウィーンに戻り個人病院を開業します。 そこでフロイトは、 Josef Breuer とのhypnosis の方法ではなく 自由連想 Free Association による治療を始めます。 Personality Structure 性格構造 Psychosexual Development 性の発達 Interpretation of dreams 夢分析 などにも力を入れていたことで有名です。 例えば、 「言い間違え・言いたいことを噛んで上手く言えなかった」 こんな些細な出来事も意味があり分析できる! そうフロイトは考えています。 このように、 意識下にはない無意識の世界が行動を支配している という考えがフロイトの精神分析 です。 フロイトは主に ・自分と同じように「超自己中」な人たちが周りにはたくさんいること ・その超自己中な行動が悪い結果につながること そんな事実に気がつくようになります。 「悪い結果が怒らないように自分を抑えよう!」 とエスよりも少し大人になった意識のことを言います。 例えば、 「子どもたちが親に黙ってお菓子好きなだけ食べたい」 という欲求があったとします。 もし親に黙ってお菓子を食べすぎたら、 怒られることは結果として見えています。 「怒られる」という悪い結果を考えることで、 自我が出てきて自分の中で説得してみたりしてるわけです。 音楽や絵画が生まれたのも、 大人のこのような衝動的な行動を他の形で表現したとも言えると思います。 このように、 現実世界で上手くやっていくようにするための「しっかり者」が 自我です。 一言で言えば、 「心の中の警察」のような役割を担っています。 つまり常に自分の上にあり、 「優等生」でいるために見張っている存在です。 そのような 見張り役が 超自我です。 なので犯罪などの傾向が強いタイプになります。 3つの性格構造 ・ Id:自分の欲求に素直な「赤ちゃん」の部分 ・ Ego:現実を考えられる「しっかり者」の部分 ・ Superego:モラルと規律を正す「警察」の部分 3. 3つのの性格構造のバランスによって「個性」が生まれる これらの性格構造は、 自分で持っていないと思っていても持っているものです。 必ず 全ての要素を持っています。 ただ人によってそのバランスが違うことにより 「個性」生まれてくると考えてもらって大丈夫です。 いかがだったでしょうか。 フロイトの考えた性格の構造は理解できましたか? とても有名な理論だったので、言葉だけなら聞いたことがある人も多かったかと思います。 ではではっ.

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「エゴ」の意味とは?使い方や類語・対義語を例文とともに紹介

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多くの人が)に関して還元主義的考えを持っているかと思います。 性的な解釈に制限されています。 しかし、心理分析の父、は、この用語を異なる方法で扱っていました。 フロイトは、わたしたちが現在理解している意味よりも広い意味でリビドーという言葉を使っていました。 フロイトは、リビドーをわたしたちのふるまいを方向付けるからくるエネルギーと定義していました。 彼は2つのタイプの衝動を区別していました。 生の衝動と死の衝動です。 生の衝動は、愛情や感情に関係している衝動を意味します。 、生殖したり、人とつながるように導く衝動です。 フロイトは、フロイトが「イド」や「エゴ」と定義するものと関係していると述べています。 こちらの2つの言葉はあとで説明します。 一方、わたしたちには死の衝動もあります。 これは生と反して、消耗や涙が伴います。 そこには、同じ石につまづくように私たちを誘う繰り返しが存在します。 例えば、わたしたちを傷つける同じような人に恋をしてしまうというような状況です。 「フロイトが確立した2つのタイプの衝動は、「生の衝動」あるいは「エトス」と「死の衝動」あるいは「タナトス」です。 」 リビドーと喜び わたしたちはリビドーどいえば性的喜びと関連付けますが、 フロイトにとっては喜びはさらに先へ行きます。 例えば、のどが渇いているときに水を飲んだら喜びを感じますよね?おいしいデザートを食べたら喜びを感じますよね?冬に焚火で暖をとるときもそうですよね? フロイトにとって、これは彼がと定義したものの中にリビドーが存在することを表します。 イドは、喜びの原理が見つかる場所です。 わたしたちが直接の喜びと考えているものです。 わたしたちの無意識に喜びへ導く心理の一部です。 例えば、のどが渇いた:冷たいビールをのもう。 逆に、 エゴはリビドーのエネルギーを制限します。 現実を考慮しつつ喜びを得る役割を担っています。 この点では、わたしたちの環境が影響します。 社会のルールもです。 前の例の続きで見ていくと、わたしはビールが欲しいかもしれないけど、運転しなきゃいけないからアルコール成分のない飲み物にしよう、といった具合です。 最後に、 スーパーエゴとはエゴに似ていますが、道徳に重要性を置きます。 規範や社会の価値を自分のものにします。 他人とのコンタクトや交流で学んだルールです。 もう一度例に戻ると、社交的なコンテクスト以外で飲むことはあまり社会からよく思われていないから、ビールを飲むことにを感じているのかもしれない。 内面化されたヴィジョンのせいで罪悪感を感じている。 ジークムント・フロイトは、基本的な人間の機能を説明するための精神の構造を構築しました。 この構造は3つのエレメントからなります。 イド、エゴ、スーパーエゴです。 心理性的発達理論のステージ フロイトにとって、リビドーは人間の成長のステージにもみられます。 しかし、それぞれのステージで異なります。 発達段階のどこにいるかで、リビドーの表現のされ方が変わってくるということです。 口唇期: 口を通じて喜びを得る。 肛門期: 括約筋や排便をコントロール。 これらは喜びやセクシュアリティーに関係したアクティビティー。 男根期: 心地よい感覚から、排尿で喜びを得る。 潜在期: セクシュアリティーに関連する謙虚さと恥が見え始める。 性器期: 思春期と性的成熟の到来。 しかし、 フロイトによればリビドーは時に滞ります。 つまり、自然な流れではいかないのです。 進みを阻む強迫観念のようなものがある時起こります。 例えば、肛門期に入っているのに口から得る喜びに執着してると、その時期を後にして、次のフェーズに完全に没頭することが難しくなります。 「対象リビドーから自己陶酔的リビドーへの変化は、去勢という性的な目的の放棄を暗示します— 一種の昇華のようなものです。 」 -ジークムント・フロイト- 見てきたように、精神分析学の父はわたしたちが理解しているようにはリビドーを認識していませんでした。 彼にとって、リビドーは性的な喜びを得る欲求以上のものを表しました。 わたしたちの人生の他のエリアにも喜びはひそんでおり、わたしたちが心理性的発達のステージを経験する中で変化していきます。

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エス(イド)とは何か?②ドイツ語とラテン語におけるエスとイドという言葉の具体的な意味と、あらゆる生命活動と精神活動の根本に存在する中性的で原始的な心のあり方

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心理学のイド(エス)、自我、超自我とは?その定義・意味を分かりやすく図で説明します。 (エスとイドの2つ呼び方がありますが、意味は同じなので以下「エス[Es]」を使います) 動物と同じように食欲・性欲・睡眠欲などの3大欲求が丸出しの状態です。 とても非合理的で、思うがままに暴走してるイメージです。 その暴走を抑えるために 超自我(親や周囲から教えられたしつけ・ルール)があります。 超自我は理性です。 このうち エス[Es]を抑圧していると、心理的に不健康になります。 つまりうつ病などの精神病的な傾向です。 煮えたぎった鍋(なべ)にフタをするようなものです。 上記の綱引きの図で言うと、エスと超自我がお互いに自分が勝とうと、綱を引っ張りすぎて、真ん中の自我が引き千切れてしまうような状態です。 この一番軽度の症状を 「神経症」と言います。 現在は 「不安障害」と呼ばれ、軽度の「パニック障害」や「強迫性障害」などがここに含まれます。 かつては不安神経症や強迫神経症と呼ばれていました。 今でも「神経症」と総称しても通じます。 「神経症」とは、精神分析において人の心の病気のレベルを大きく三段階に分けた場合の初期の状態のことです。 参考にどうぞ.

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