天気の子 夢に僕ら。 【スピリチュアル解釈】映画「天気の子」RADWIMPS/グランドエスケープの歌詞の意味

PS2版天気の子を俺たちは遊んだことが有る気がしてならないんだ。

天気の子 夢に僕ら

映画のパンフレットや、公開に合わせて発売された雑誌のインタビューなどで新海監督は、 『君の名は。 』に批判的だった人に、もっと叱られる作品を作ろうと思ったと語っています。 元々個人で作品を作っていた新海監督。 その 美しい映像表現や内省的な世界観に魅せられた人々が徐々に増えていき、そんな監督にメジャーなステージが準備され作られたのが『君の名は。 』でした。 おそらく監督の思惑以上の大ヒットとなった前作には、称賛が多く寄せられましたが、批判もまた多かったのです。 そんな前作の余熱が続いているころ、新海監督はこの『天気の子』の企画をすすめていました。 今回は、その 『天気の子』の映画完成直前に監督本人が上梓した原作小説版を参考にしながら、映画では描かれていない部分を深堀りしていきます。 CONTENTS• 映画『天気の子』のネタバレ感想と評価 C 2019「天気の子」製作委員会 『君の名は。 』と『天気の子』のもっとも大きな違いはなんでしょうか。 それはクライマックスで、 舞台である東京が水没し、ある意味「ディストピア」と化してしまったことです。 『君の名は。 』では、時を飛び越えることで事態は好転しますが、この 『天気の子』では、主人公の選択によって世界は悪い方向へ向かいます。 それでも新海監督のやさしい視線により、主人公は責められることなく社会に受け入れられ、思いを寄せる少女との再会を果たすのです。 もちろん法を犯した帆高には、それなりのペナルティーが課せられます。 この先も、それによって不利益を被ることがあるかもしれません。 それでも帆高は、 変わってしまったこの世界で、未来に向けて新たな一歩を踏み出すことができたのです。 それでは、映画の中の人物たちの設定について考えてみましょう。 帆高が家出をした理由 C 2019「天気の子」製作委員会 高校1年生の帆高は、16年間出ることのなかった故郷の神津島からひとりで旅立ちます。 映画の中ではその理由について語られていません。 セリフによって、両親が健在だということがわかるくらいです。 終盤で、無事に島で高校を卒業する描写がありますが、同級生が十数人という小さな学校で、 全校生徒が顔見知りという狭い世界を帆高が窮屈に感じていたということは容易に想像できます。 でもそれだけでは、16歳の少年が東京に出ていく理由には弱いような気がします。 そこで、映画公開に一日さきがけて発売された小説版でヒントを探しました。 小説でもきちんと理由は説明されませんが、きらめく陽の光を追って自転車で海岸までやってくる場面で、「 殴られた痛みを打ち消すように」という描写があります。 果たして、誰に殴られたのでしょうか。 小説の終盤、帆高が夢を見ている場面で「 父親から殴られた痛み」とあるので、 帆高は父親から暴力を受けていたことがわかります。 では、母親は助けてくれなかったのでしょうか。 そのあたりは映画でも小説でも触れられていませんが、陽菜にもらったビックマックが16年で一番おいしいと言っているところをみると、 少なくとも料理に起因する母からの愛情は感じられません。 父の暴力、母の愛情が感じられない家の状況が、帆高に家を出る決心をさせたのです。 陽菜の家庭環境は? C 2019「天気の子」製作委員会 中学生の陽菜と小学生の凪。 母親が一年以内に病気で亡くなった、ということしか天野家の情報はありません。 小説でも、残念ながらそれ以上のことはわかりません。 母親が亡くなるまで、何ヶ月も目覚めないままだったということくらいです。 その病床で陽菜は、母と弟と三人でお日様のもと散歩した日々を思い出し、晴天を願います。 そこに 父親の存在はありません。 記憶に残らないくらい幼いころに何らかの理由で別れたのか、そもそも最初から結婚していなかったのか、その原因は謎のままです。 警察や児童相談所に目をつけられ、そろそろ行政的に引き離されてしまいそうなタイミングで、陽菜は帆高と知り合いました。 インスタント食品をうまく利用し、最近流行りの豆苗を家で栽培して食材として使う。 陽菜は、中学生なのにずいぶんしっかりしています(帆高は年上のお姉さんだと思っていますが)。 中学校に通いながら、年齢を偽ってマクドナルトでアルバイトをし、クビになったからもっと割りのいい仕事を探す。 そんな陽菜が仕事をする理由は、すべて弟の凪といっしょに暮らすため。 実年齢よりもずっと大人びた二人の姉弟の絆は強いのです。 意外だった須賀と夏美の背景 C 2019「天気の子」製作委員会 小説版でもっとも驚いたのは、 須賀の出自と夏美の家庭環境です。 まず、 須賀の実家は地元でも名士と呼ばれる家庭で、 彼の兄は東大出のエリートだそうです。 それはつまり、夏美の父親ということになります。 夏美の父親は現在財務官僚として働いており、夏美はそんな父親と折り合いが悪いこともあり、細々と編集プロダクションを営んでいる叔父の須賀のもとに入り浸っているのです。 C 2019「天気の子」製作委員会 須賀は、 大恋愛の末に結ばれた妻・明日花を事故で亡くし、一時期は自暴自棄に陥ってしまったことから娘の萌花を妻の両親に取られてしまっていて、なかなか会わせてもらえません。 夏美は、そんな須賀を心配しているのか、はたまた就職活動を目の前にして現実から逃げたいだけなのか、彼とともに行動し、帆高の面倒もみるようになります。 後半、帆高の逃亡を助ける夏美ですが、その行動が彼女の将来に影響するのではないか、と映画を観ながら心配になりました。 けれども、財務官僚の娘ならなんとかなるのかな、なんて思ってしまうのは意地悪な見方でしょうか。 マイノリティに向けられるやさしい視線 C 2019「天気の子」製作委員会 『天気の子』を観て感じたのは、 新海監督のマイノリティに対するやさしい視線です。 『君の名は。 』では、三葉は大きな由緒ある神社の血筋で、余裕のある生活をしています。 別居しているとはいえ父親は町長で、仲の良い友だちも地元の大きな会社を経営する社長の息子です。 今思うと、「これから東京行ってくる!」と急に朝出かけられた三葉は、相当裕福な家庭環境にあるといえます。 やっと貯めた5万円を持って家出した帆高の方が、リアルに感じられます。 父親と二人暮らしだった『君の名は。 』の瀧は、都内の眺めの良いマンションに住み、素敵な高校に通い、学校帰りにはクラスメイトとパンケーキを食べるような生活をしていました。 田舎の三葉が憧れる都会の表現として盛られた印象はありますが、同じ東京に暮らす陽菜と凪の生活は全く違うものです。 しかし、そんな陽菜からみても、家出中の帆高はさらに苦しい生活を強いられています。 駅やデパートでは、警備員などに声をかけられてしまうので、座り込んで長時間過ごすことはできません。 結局安心して過ごせるのは、深夜でも営業しているマクドナルドだけ。 でも、バーガーを頼むことはできず、帆高は三日連続でコーンポタージュスープを晩ごはんにしていました(現在は販売されていないようです)。 最低限の住と食を確保したその場所で、帆高は陽菜にビックマックをもらうのです。 16年でダントツ一番おいしかったというこの食事ですが、他者から心配され、自分のために提供されたその食事は、久々のまともな食事という点も含め、あながち大げさではなかったのかもしれません。 子どもだけで生きる姉弟。 父の暴力から逃れるためにひとりで生きる決心をした少年。 新海監督は、このような マイノリティともいえる立場の人々を主役に据え、彼らに世界を変えさせ、そしてその彼らをあたたかく迎え入れたのです。 それが、 『君の名は。 』で大きくなりすぎた、自身の評価への返答なのかもしれません。 まとめ C 2019「天気の子」製作委員会 『天気の子』のラスト手前、帆高は大学進学のため、再び東京にやってきます。 新たな事務所を構えて従業員も数人雇っている須賀は、娘との同居は実現していないものの、亡き妻の実家との関係は良好のようです。 須賀のスマホの中には、父娘の楽しそうな写真がありました。 そしてその中に、夏美と凪も映っています。 二人はなぜが仲良くなっているらしいのです。 二人があのあと、どのような生活を送ってきたのかわかりませんが、少なくとも画面の中の彼らは幸せそうに見えます。 ラストシーン、帆高は陽菜に会うため、彼女の住む田端へ向かいます。 そこでどのような描き方をするか、新海監督はずいぶん迷ったといいます。 なかなか納得のいくシーンができなかった監督は、このシーンに 「RADWIMPS」の野田洋次郎さんから提供された『大丈夫』という曲をあててみました。 「 ぜんぶここに書いてあるじゃないか」 その歌詞に、新海監督は改めて衝撃を受けたといいます(『小説 天気の子』あとがきを参照)。 一年も前に届けられていたその曲に導かれるように、監督はラストシーンの絵コンテを書き上げました。 これ以外にはありえない。 『天気の子』のラストシーンがあのような再会になり、帆高が「僕たちはきっと大丈夫だ」と言ったのは必然だったと思えてなりません。 新海誠監督の最新作『天気の子』は2019年7月19日よりロードショー!.

次の

天気の子 新海 誠:児童書

天気の子 夢に僕ら

まず原作である「天気の子」は2002年に向けにリリースされた、いわゆる「」でした。 それが2003年に立ち絵を一新・フルボイス化した上でにて家庭用ゲーム機に移植され、同じ年に版がリリースされています。 先程のは PC版のものですね。 家庭版はDCで立ち絵全部書き直した上でが一回出して、その後で出し直したっきりだから天気の子の全年齢版がやりたい場合プレミアついてるやつ買うしか無いんだよね。 潰れちゃったから権利関係どうなってるかわからないし。 続いて04年に「」、06年にはオープニングが非常に話題になった「ef」のオープニングを担当。 当時目にした人も多いのではないでしょうか? さて、関連作品紹介はこれぐらいにして「天気の子」の話をしましょう。 劇場版「天気の子」は劇場版「」同様、大胆な構成となっています。 というのも 原作では3ヒロイン(家庭版では島の幼馴染が加わるため4ヒロイン)だった物を、陽菜ルートかつTrueエンドのもののみに再構築しているからです。 その結果同じくメインヒロインであった夏美やはあくまでサブやゲストキャラ扱いとなりました。 も「Summer編を絡めた上で編の終わりまで描く」事にした結果、や佳乃がゲストキャラになりましたが、物語の纏まりを見ればコレでよかったのかもしれません。 主人公の帆高はなんとなくで東京にやってきて、須賀圭介のやっている編プロに転がり込む。 そこには胸も大きく美人な女子大生の須賀夏美がおり、取材の過程で謎多き少女天野陽菜とも知り合って、この夏俺どうなっちゃうの~!?というのは 「両親が何故か家にいない高校生」に並ぶ主人公属性 「ひょんな事から居候」です。 本来はこの取材の過程で「夏美と行動を共にする」選択肢を選ぶと夏美ルートに入ります。 というか一周目は夏美固定であり、 実は初恋の人である年の離れた叔父へのほのかな恋慕 や、奥さんに先立たれた事に僅かな望みをかけていた事への複雑な自己嫌悪があった事。 父親として娘に接する須賀を見てやっと諦めがついた事。 その矢先に就活に失敗し、社会にも求められず傷心の夏美と、島へ戻る日の近づく帆高が雪の降る夏の夜に男と女の関係になり、快晴の翌朝にそれぞれの道を歩むためにしばしの別れ…というのが夏美ルートの話でした。 が、映画ではここらへんの共通ルートが最早定番となったRADWINPS早回しでスキップされました。 も「問おう、貴方が私のマスターか」をイントロで飛ばしていましたし、陽菜ルートを映画化するにあたっては仕方ない部分がありますね。 須賀さんの「いってきます?」というセリフは二週目以降、共通ルートから陽菜ルートに分岐したのを象徴するセリフとしてファンに語り継がれています。 どういうことかと言うと、当時非常に流行った 「特殊能力持ち少女」かつ 「重い家庭事情の少女」であるからです。 風を起こすだとか、相手の考えがわかってしまうだとか、やら未来予知。 主人公も手から和菓子を出したり法力が使える作品がありましたが、「天気の子」は一般人タイプです。 本来は陽菜ルートとルートをクリアすると 800年前の「天気の巫女」の物語である「Summer編」がタイトル画面より選べるようになるのですが、映画では削られてしまいました。 なので「天気の巫女」や「人柱」については寺の住職から「伝説」を聞かされるに留まっています。 本来は この当時流行った伝奇ものというか時間を超えた因果の話なのですが、ここらへんもTrueエンドのメインにする上ではカットしても問題ないと判断したのでしょう。 Summer編については版の限定特典でになっていますので、気になる人は探してみて下さい。 本当は800年前の巫女とその想い人の話がSummer編として5時間ぐらいのシナリオとしてあるんだけど、そこがで出た時の初回限定版特典として30分のになってるょうがないよね。 この間CSで映画化記念で流れてたけど話題になる前だから観てる人も少ないだろうな。 須賀も帆高をある種息子のように想っていましたが、帆高が警察に追われているのを知った須賀は帆高を事務所から追い出してしまいます。 「疑似家族」の物語には当時大ヒットした「家族計画」があり、また 「はみだしもの達が一つ事を成し遂げる」として「」が有名な作品ですが、「天気の子」もその手の作品の一つでした。 「空が晴れるだけで人々が笑顔になる」、陽菜の能力が他人を幸せにし困窮した生活が楽になると安心できる時間も長くなく、家出少年及び両親の居ないは警察に追われてラブホテルに身を寄せる…とここで私は期待したのですが まあ見事にHシーンはカットされていましたね!本当は指輪を渡した後にあったんですよHシーン! 私は見たんだ! 翌朝、遂に警察に捕まった帆高は空から降ってきた指輪を見て「えいえん」に行ってしまった事を知り泣き崩れます。 「えいえん」の話をしましょう。 「えいえん」とはエロゲやギャルゲに有りがちな物凄く便利な異界の事です。 主人公が消えたり、ヒロインが消えたり、ループしたり、そこ自体が舞台だったりします。 一時期めちゃくちゃ流行りました。 えいえんって何なんでしょうね。 ここにあることは知っていますけど。 ゲームとは「短編を束ねたオムニバスな物語」であり「全ての可能性や情景を見たからこそ観測者であるプレイヤーはこのルートを選択するもの」です。 なので「周回を前提としたルート」があり、 別のルートではただの晴れやかな青空であったものが一人の少女の犠牲によって成り立っているものだと知る。 もちろんゲーム版であれば夏美ルートやルート後の為、「晴れ」が物語のクライマックスである事が分かりますが、映画版では前 提となるルートをSummer編同様飛ばしているため超展開に見えると思います。 ここら辺はが上手いようにやってたんですけどね。 陽菜ルートはここで一度終わり、主人公は島へ戻されあのひと夏の出来事も妄想か何かだったのだろうと気を紛らわせるもののその手にはあの日の指輪が握られていた…というのがNormalエンド。 ですが映画はそのままTrueエンドへ向かいます!! Trueエンドへの分岐点は複数ありますが例を挙げると• 夏美ルートに行かないように好感度は上げすぎないが、適度に取材を手伝う• ルートについてはTrueの条件に関係ないため選択肢を選ばない• 凪を先輩呼びする。 「イケすかない小学生だ」を選ばない• マスコミにバレた以降は晴れ女の仕事を続けない• 落雷や雪に関する選択肢が2周目以降追加されるので「陽菜の心と繋がっている?」を選ぶ 以上のようになっています。 そこからのバイクや線路上のは原作通り。 各々のヒロインのルートでは喜ばしかった晴天が、ここでは「彼女が取り戻した青空」として印象的に描かれています。 のHFみたいなもんだよ。 バイクで相当な距離を逃げて更に線路上の最短距離を走って辿り着いたはずの代々木の廃ビル、かつ階段が行き止まりになっていたのに彼は何処から女装しながら来たんでしょう?コレについてはゲーム版の頃から突っ込まれまくっている話なのでご容赦ください。 ひょんな事から力を手に入れてしまった。 陽菜については「天候操作能力」ですが、一般人枠の帆高が手に入れたのは「銃」でした。 あの場面でもバッドエンドがあり 須賀が死ぬのですが映画版では当然なし。 当たり前でしょう。 雲の上に行くんですよ少年が!!!そりゃあ塔の頂上を目指しますよね!!! 更に嬉しい演出としては非常階段に飛び移る帆高が「踊り場を踏み抜く」所です。 あのシーンはゲーム版には無く、「雨の東京」を舞台にしたクライマックスをセルフオマージュしています。 もちろん天気の子の映画でも同じことが在って、前作「」でも出てきたちゃんなんですよ。 前作のサブキャラがヒロインとして昇格というのはなどで観られる手法です。 俺読んだもん。 で二次創作SS読んだもん。 で攻略が一緒になった電撃のビジュアルファンブック買った覚えあるもん。 ある気がする。 だって奇跡とその誰も知らない犠牲の話ってめっちゃじゃん。 じゃん。 わしでも見たわそういうの。 やっと00年代に置いてきたあの時の自分が救われた気がします。 大人になると大事なものの順序が入れ替えられなくなるけど、好きな女の子の為に覚悟を決めた男の子が突っ走って「世界を変え」たって良いんだって描いてくれて、ありがとう。 天気の子はこの記事で散々書いたとおり、「どこかで見たことの有るもの」で構成され尽くしています。 それでいながら圧倒的な予算と映像とRADWINPSで殴りつけて来るし、エロいショタもいる。 そして何より「世界か、少女かじゃあ無いんだよ!」「世界の正しい姿ってなんなんだよ!」「世界は続いていくんだよ!!」とふわふわしていたを改めて正面から描きながら精緻を極めた回答を出しており、を終わらせたと言っても過言ではないと思います。 最後に、改めて「線路」の話をします。 終盤のバイクからの線路、妙に尺を割いていましたね。 確かに「覚悟を決めた少年が、思いの丈を叫びながら駆ける姿」というのはそれだけで胸が熱くなる光景です。 しかし、ここまでの展開に「過去に在ったもの」を見出した僕はやはりここにも一つ考えてしまいました。 「階段の踊り場」を踏み抜いて。 帆高は舞い上がりました。 「翼など無くても」、彼は空へ向かったんです。 晴れという「奇跡」も、いらない。 天に昇った彼女の「羽根」を握りしめるだけの終わりも、いらない。 陽菜を大丈夫にしたいんじゃない。 陽菜の「大丈夫」になりたいから。 世界が君の小さな肩に 乗っているのが 僕にだけは見えて 泣き出しそうでいると 「大丈夫? 」ってさぁ 君が気付いてさ 聞くから 「大丈夫だよ」って 僕は慌てて言うけど なんでそんなことを 言うんだよ 崩れそうなのは 君なのに -挿入歌『大丈夫』より 天気の子は、確かに00年代の物語の再演かもしれません。 ただそれは既存の作品だけに留まること無く、この2019年についに突き抜けた一つの答えを出してくれました。 線路を走る所から非常階段を駆け上がるまで、愛にできることはまだあるんだと語りかけるように。 きっと帆高の「童貞」っぷりも、一人の少女のために東京が沈む事も、それでいて当人たちは「大丈夫」と歩いていく事も、全て「気持ち悪い」と言われるし、怒られるし、切り捨てられて行くでしょう。 それでも僕は言いたい。 の殺し、「男女がきちんと還ってくる」「異常気象だの何だのというが元来セカイはそうだったのではないか?」を綺麗に「君の笑顔だけがこの晴空の下にない」で線路上を走り「階段の踊り場」を踏み抜き田端駅の坂とでシメて「大丈夫」なの許せねえ。 それでも続いていく。 は生き返って「天気の子」のゲーム作ってくれ。 全年齢版でいいから。 天気の子に足りなかったのはこの空に舞い上がり羽根になる紙飛行機だけです。 だからもう紙飛行機は要らないんだ。

次の

『天気の子』をもう一度観たくなる|主題歌「グランドエスケープ」の歌詞の意味を徹底考察|イツキのアンテナ

天気の子 夢に僕ら

どうもどうも。 今日は久しぶりに外出しました。 友達と天気の子を見たのですが、2周して思ったことを書き殴りたいと思います。 以下ネタバレ全開です やはりストーリーがに似てる。 映画見てから読んでください。 エンドが違いますが、空だったり力だったりと似たところが多いと思います。 すごいファンタ。 のみならず天気の子の展開は1998-2005くらいの ギャルゲー に多く見られたものではないでしょうか。 を作った『Key』や、「雫」や「」で有名な『』 いずれも「ー」と言われるを作っていましたがこの展開が定番だった は前作からハッピーエンドにした方がウケがいいと味を占めたようですが、僕は「」や「」のが好きです。 とりあえず12日目に間に合いました rqnma12.

次の