便秘 フェチ。 医師・薬剤師の「腸もみマッサージ」で便秘解消※のの字〜落下腸7種類まとめ

腹鳴とは!お腹が鳴る原因(ゴロゴロ、グウグウ、グゥー、ポコポコ)

便秘 フェチ

さらに、腸内に溜まった便を直腸、肛門まで送るのが困難になり、外へ排泄できず、便秘を起こす場合もあります。 その結果、胃の入口である噴門部から逆流して食道に流れてしまうと、逆流性食道炎を起こすこともあります。 さらに逆流性胃腸炎は「食道がん」を誘発する恐れもあるため要注意でしょう。 すると、胃酸停滞、胃炎、胃潰瘍等を引き起こす場合があります。 また、締め付けられた状態で前屈みになると胃が強く圧迫されてしまい嘔吐してしまうこともあります。 すると、息切れを起こしやすくなります。 その結果、血圧低下を引き起こす場合があります。 逆に心臓が頑張って機能しようとし、血圧が上昇する場合もあります。 その結果、足の冷え、しびれ、むくみ等を起こすことがあります。 男女で締め付けの違いはあるの? 性別的な違いよりも、内臓脂肪 皮下脂肪 の付き方により負担の掛かり方が違ってくると考えられています。 過度の締め付けだけでも窮屈な状態にあるのに、それに加えてたっぷりの内臓脂肪が付いていると、さらに締め付けが強くなります。 楽な服装ばかりも考えもの その場合、体に負担を掛けるような病的なことは起こらないと考えられます。 しかし、いつもゆるゆるゆったりの服装をしていると、ウエスト部への意識が低下してしまい、今度は逆に体型の維持が難しくなると考えられます。 健康的なスリーサイズってあるの? 健康的なスリーサイズは一概には言えません。 ただし、身長と体重でみた簡易的な目安のため、筋肉が少なく脂肪が多い人は、BMIが適正に出やすい傾向があります。 また、身長が高い方や筋肉質の方は、BMIが高くでる場合があり、BMIでは判断が難しくなります。 ウエストの締め過ぎにより、体の代謝が阻害され、何らかの悪影響が及ぼされる恐れがあります。 とはいえ、洋服を素敵に着こなすためには多少の締め付けも時には必要ですよね。 胃や腹部を圧迫する時間を極力減らし、特に眠りにつく時は締め付けから解放させましょう。 ストレスを最小限にする工夫も大切ですね。 自分の体を労わりながら、おしゃれを楽しみましょう。

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さらに、腸内に溜まった便を直腸、肛門まで送るのが困難になり、外へ排泄できず、便秘を起こす場合もあります。 その結果、胃の入口である噴門部から逆流して食道に流れてしまうと、逆流性食道炎を起こすこともあります。 さらに逆流性胃腸炎は「食道がん」を誘発する恐れもあるため要注意でしょう。 すると、胃酸停滞、胃炎、胃潰瘍等を引き起こす場合があります。 また、締め付けられた状態で前屈みになると胃が強く圧迫されてしまい嘔吐してしまうこともあります。 すると、息切れを起こしやすくなります。 その結果、血圧低下を引き起こす場合があります。 逆に心臓が頑張って機能しようとし、血圧が上昇する場合もあります。 その結果、足の冷え、しびれ、むくみ等を起こすことがあります。 男女で締め付けの違いはあるの? 性別的な違いよりも、内臓脂肪 皮下脂肪 の付き方により負担の掛かり方が違ってくると考えられています。 過度の締め付けだけでも窮屈な状態にあるのに、それに加えてたっぷりの内臓脂肪が付いていると、さらに締め付けが強くなります。 楽な服装ばかりも考えもの その場合、体に負担を掛けるような病的なことは起こらないと考えられます。 しかし、いつもゆるゆるゆったりの服装をしていると、ウエスト部への意識が低下してしまい、今度は逆に体型の維持が難しくなると考えられます。 健康的なスリーサイズってあるの? 健康的なスリーサイズは一概には言えません。 ただし、身長と体重でみた簡易的な目安のため、筋肉が少なく脂肪が多い人は、BMIが適正に出やすい傾向があります。 また、身長が高い方や筋肉質の方は、BMIが高くでる場合があり、BMIでは判断が難しくなります。 ウエストの締め過ぎにより、体の代謝が阻害され、何らかの悪影響が及ぼされる恐れがあります。 とはいえ、洋服を素敵に着こなすためには多少の締め付けも時には必要ですよね。 胃や腹部を圧迫する時間を極力減らし、特に眠りにつく時は締め付けから解放させましょう。 ストレスを最小限にする工夫も大切ですね。 自分の体を労わりながら、おしゃれを楽しみましょう。

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ウエスト締めすぎは心臓に悪い?便秘・下痢など気になる9つの症状

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触診後「下まで降りて来てるから、イヤじゃなければ浣腸すれば、すぐに楽になるけど?」と聞かれ「苦しいので、お願いします」と。 30代のナースにレントゲン室に連れて行かれ医療用150cc。 管をかなり奥まで入れられ「ハイ、入りました。 じゃ、お薬入れてくよ」と、その後、ゆっくり「液の量が多いからね。 あと少しよ、がんばってね」と注入されました。 「我慢できなくなったら、トイレで出してね」と。 しかも、かなり古い胃腸科のせいか、ベテランのナースに50ccの注射器で2回された。 「お尻出して壁の方向いて」とか「入れますよ」「もう一回しますよ」などなど、全て聞かれてしまいました。 管をかなり奥まで入れ、ゆっくり注入し、苦しむ様子をニヤニヤしながら見られます。 過去に付き合った娘に、5回程されました。 オムツ交えの姿勢でグリセリン浣腸されフェラされながらイッてしまいました。 それ以降はほぼ水がこれでもかと言うくらい出ました。 10分おきにトイレに行き爆音を響かせていました。 イチジク浣腸を入れられましたが、トイレに行かせてもらえず10分我慢させられたあげく、結局彼女の部屋のゴミ箱にさせられました。 その彼女のおかげでこの世界にはまりました。 入れられてすぐは元気でしたが、3分ぐらい経つと「お腹がごろごろする・・・」と言ってお腹を押さえて黙ってしまいました。 少し意地悪して5分ほどトイレに行かせないでいると、泣き出しそうだったので行かせてあげましたが、部屋からトイレまで点々と茶色がかった浣腸液がこぼれていました。 と言うか飲みすぎるとヤバいくらいに効きます。 流石、高いものはいいんですね。 ベッドの布団を上げられ,パジャマのズボンとパンツを逃がされ下半身裸にされ、オムツを当てられるときのような格好でされた。 看護婦さんが片方の手に注射器方の浣腸器を持ってもう片方の手でお尻の穴を広げられ「僕浣腸な、痛くないよ。 便とガスがだいぶ溜まってるねと言われ、『グリ浣120』を指示されました。 看護婦さんに連れられ、2階の広い個室トイレで前かがみにさせられ、浣腸されました。 ゆっくり管が入っていく感覚と腸内に生温かい浣腸液が満たされる感覚が一番の快感です。 肛門を指で押さえられ、我慢させられた末、看護婦さんが見てる前で出してしまいました。 我慢してる間中看護婦さんがお腹をさすりながら、励ましてくれて、お母さんみたいに優しくしてくれてすごく温かい気持ちでした。 そのとき恥ずかしさと快感を覚え、後二回その看護婦さんに浣腸され、引っ越した地でも便秘になったら浣腸されに病院へ行きます。 処置室からトイレまで結構遠くて、ベッドから起き上がるときに少し漏れて看護婦さんが押さえてた脱脂綿が濡れたので、もう一度ベッドに横にされ、紙オムツを当てられ、オムツの中にしてしまいました。 ものすごく恥ずかしく大きな音で、隣の部屋にいた看護婦さんも駆けつけてきました。 周りに診察室や待合室がなく、看護婦さんにだけしか聞かれなかったのが救いです。 学校から帰るとお母さんが浣腸を持って待っていて、和室で前かがみになって、お母さんに浣腸されました。 トイレの前で向かい合って我慢するように励ましてくれるお母さんが大好きでした。 うんちがいっぱい出たら誉めてくれて、おっぱい飲ませてくれました。 月に3回くらい浣腸してくれました。 中学生に入って間もない頃、母の実家にいてたおばさんに浣腸してもらいました。 いつも赤ちゃんのオムツ替えの姿勢で、嬉し恥ずかしの浣腸体験でした。 短大になって、地方へバイクの免許合宿へ行ったとき、当地の保健婦さんに2回浣腸してもらいました。 1回目はおばあさんとおばさんに二人がかりでされ、おばさんに体を掴まれ肛門を広げられ、おばあさんに浣腸を注入されました。 2回目はおばさんに浣腸されましたが、2本も浣腸され、しかもそばでずっと見られました。 一番気持ち良かった浣腸は、従姉に浣腸されたときです。 二人で誕生日を楽しんでいたら、腹痛がして、浣腸してくれることになりました。 ベッドで横向に寝かされ、ズボンを下げられ、お尻を濡れたタオルで丁寧に拭いたあと静かに浣腸されました。 我慢してる間中、ボディキスの嵐。 従姉に肛門を抑えられながらトイレに向かい、排泄しました。 そのあとも腹痛の波がやまずベッドで休んでたら、従姉が添い寝してくれて、おっぱいを吸わせてくれました。 彼方が固くなってると、一生懸命彼方を舐めてフェラしてくれました。 そして、従姉の彼方に入れさせてもらって初Hをしました。 便秘に気付いても、便秘薬に頼らず、水分をとるなど当たり前のことから始める。 それでもダメなら病院で浣腸してもらう。 僕自身浣腸好きなので、いろんな人に浣腸してもらってるけど、浣腸はスッキリするし気持ち良いです。 自宅で排便するつもりでしたが、帰宅途中、便意が催ししてきました。 間に合いそうにない感じがしてきましたので、途中の公園で排便出来るところを捜しました。 その公園は通勤、通学の人が通り抜ける公園でしたので、夜でもけっこう人通りがあります。 仕方がないので、道の脇の草むらに入り、見つからないようにドキドキしながら、ズボンとパンツを下ろし、しゃがんで、排便しました。 おしっこも出てしまい、恥ずかしかったです。 術後、まだ動けないときにベッドの上で排便するのがいやで、我慢していたら、看護婦さんに分かってしまい、今日中に出なかったら浣腸しましょうと言われ、ついにベッドの上で浣腸されました。 6人部屋でしたので、他の患者さんにも分かってしまいました。 側臥位で太いシリンダー浣腸でされました。 どうやったらトイレに行けるんだろうとドキドキしていたら、何と紙おむつをされました。 看護婦さんは出たら教えてね、と言い部屋を出ていってしまい、一人にされました。 周りの患者さんはシーンとして私の様子をうかがっています。 焦りましたが、便意はすぐやってきました。 意思とは関係なく、大量の便をおむつに出してしまいました。 お尻にべっとり便がついた感じがとってもいやだったのを覚えています。 すぐナースコールしたら、別の看護婦さんが来ました。 私を見て、「あら、おしめね、ちょっと待っててね」と言い、すぐトレーを持ってきました。 おむつを開き、「たくさん出てますよ、よかったわね」と言われ、私は恥ずかしくて何と言ったら分かりませんでした。 紙おむつにたっぷり出します。 拭いてもらった後、セフレにも浣腸してあげます。 トイレではなく、バスルームで浣腸してあげて、その場で出させます。 恥ずかしがりますが、Hの前戯になっています。 せっかくですから、恋人にしてもらい、セックスの前戯として浣腸すれば、一石二鳥ですよ。 後、同じくセルフでやってる時に家族にトイレ使われた事もありました・・・この時はかなりきつかったです。 それ以来浣腸にはまってます。 一番最初はドキドキだったけど最近はドキドキ感が無くなってしまった。 排泄するところも絶対見せてくれないし…。 ガラス製の浣腸器を見ただけで大泣きして,看護士さんと母親に押さえつけられてされていました。 その姿を待っている他の親子に見られて恥ずかしかったことを覚えています。 最近では,昨年の受験の前に高熱を出し,その医院を訪ねると,娘さんが跡を継いでいました。 女医さんは,看護士さんに浣腸の指示を出し,僕はズホンとパンツを下げるように言われました。 看護士さんは昔と同じガラス製の浣腸器を持ってきて女医さんに渡すと,モジモジしている僕のズボンとパンツを一気に膝のあたりまで下ろしました。 そして二人の前でおちんちんが丸出しにされ恥ずかしくて真っ赤になっている僕の両足を持ち上げました。 そして女医さんにお尻の穴を拡げられ,浣腸されたのです。 終わった後,お尻の穴にティッシュを当てられ我慢させられました。 そして,注射をするのでもう一度診察室に戻って来るように言われました。 診察室をでると,待合室に同級生の女の子がいました。 目があってしまい,恥ずかしかったけれどトイレに飛び込みました。 トイレが終わり,診察室に入ると,何とその女の子が浣腸されているところでした。 僕と違って四つん這いでお尻を高くしていました。 外に待っているように言われましたが,ずっと見ていました。 その子は目をつぶって耐えているようでした。 僕は,浣腸の体位はどのようにして決めるのだろうと思いました。 小さいときから母一人子一人で育ってきて,お風呂もずっと一緒だったので,母に裸を見られても抵抗はありませんでしたが,陰毛が生えたころからは何となく恥ずかしく思うようになりました。 また,母の妹にも何度かされたことがありますが,母と同じように思っていましたので,特別恥ずかしくはありませんでした。 母はいつも僕の前で四つん這いになり,お尻を突き出して顔を隠します。 僕は母のスカートやズボンを脱がせてパンティだけにします。 そして,パンティを下ろして浣腸してあげています。 浣腸する前に入れやすくするためにお尻を舐めたり,うんこが出た後拭いてあげることもあります。 叔母さんにも同じようにしてあげます。 夜浣腸をして、排泄を済ませてから睡眠したが睡眠中失禁してしまっていたことが以前にあって、それ以降夜の浣腸のときは、オムツをあてるか、タオルをオムツのようにして当てて寝てます。 看護婦さんに「お尻出して」といわれ、仰向けで足を上げて膝を抱えた状態でお尻を捲くられ、大きなガラスの浣腸器で浣腸されました。 母親以外の女性にお尻を見られながらの浣腸は大変衝撃的でした。 しかもその時、診察室に子連れの若い主婦もいて、私が浣腸されているところをチラチラと見ていました。 この時は小学生ながらにも恥ずかしさと同時に妙な興奮を感じました。 1週間通院しましたが、この内4〜5回位浣腸され続けました。 特に小五の時、家族の集まる部屋で母が「浣腸するからお尻出しんさい」と言ったので「せめて便所でして欲しい」と訴えましたが、「ここでいいんよね」と言われ、四つんばいでお尻を出して浣腸されました。 イチジクがお尻に刺されるところを姉に興味津々で見られてとても情けなかったです。 セルフはではよく使用しています。 その目的は、浣腸後の渋りが何ともいえない快感なのと、もうひとつはアナルセックス目的です。 あたしは戸籍上男なのですが、女装癖があり、女装したときには何度か男性の方に抱かれて、アナルを許しています。 そのときに、セルフで事前にすることもありますし、男性に浣腸していただくこともありますが、浣腸そのものが快感です。 アナルセックスを楽しんでいますので、アナル周りは綺麗に無駄毛を処理しています。 先日、下腹が痛み病院にいきました。 自分では盲腸かもと思っていたのですが、検査の結果、便秘であるということに。。。 お医者さんに「浣腸して出しておきましょう」といわれ、ベットに横向きに寝かされ、ズボンとパンツを下ろされたのですがまさか、こんな展開になるとは思っていなかったので、あたしはショーツをはいていたのです。 自分ではそのことを忘れていましたが看護婦さんはそれに気づいたと思うのですが何も言わずに浣腸してくれました。 とっても快感です。 また、お友達の女性にも時々お浣腸してもらいます。 この女性とは、わたしが女装しているときに女同士として、軽いSMプレイをする主さまです。 凄く恥かしかったけど、良い経験です。 けど、嬉しそうでした。 いい薬無いか聞いたらバッチリ勧めてきた。 朝なんともなかったので出かけたところ電車のなかで「ぐるっ」とビックウェーブが!なんとか駅まで持ちこたえことなきことをえました。 しかしこのあと紙おむつに少し漏らしてしまいました。 最高です。 浣腸器が肛門に挿入された瞬間、「熱い!」という感覚。 そして、浣腸が始まりましたが、お腹の中が煮えくり返るよう。 だんだん腸の中が、熱い液体で、グルグルしながら、いっぱいになる感覚。 「10分間、我慢してください。 」といわれ、とにかく、必死に我慢。 我慢のつらさでは、私の浣腸ライフの中で、あの時が一番だった、と今でも想います。 後日、診療室で別の患者さん用に、私に浣腸してくれた看護婦さんが浣腸の準備をしていました。 ガラス製浣腸器に、直接薬缶から熱湯を半分ほど入れて、ピストン棒を取り付けてから振って混ぜていました。 一人になった時、確認したところ、薬液は流動パラフィン、浣腸器は50cc用でした。 同じ年の秋、同じ田舎の病院での二度目の浣腸。 今度は、あんな熱いのはご免だと思い、夕方浣腸に来た別の看護婦さんに(あの病院では、ちょっと年配の2人の看護婦さんが浣腸係だったようだ)、「病室ではなくトイレに近いところがいい」とお願いしたところ、場所を探しにしばらく出て行きました。 浣腸器は、トレイにのったまま、病室に置きっぱなし。 ちょっとくすぐったいような胸がキュンと成るような緊張感。 結局、空いていた病室で浣腸することに。 姿勢は、立ったまま両手をベッドについて、浴衣を腰まで引き上げて、お尻をむき出し、といったスタイル。 やさしく肛門の付近を押し開いてもらったまでは良かったけれど、スット浣腸器が挿入できない。 微妙に何度も失敗。 実は、その看護婦さん、それとすぐわかる、厚ぼったいメガネをかけたド近眼。 やっとはいって浣腸開始。 明らかに、私の肛門に顔をかなり近づけていたのがわかり、とても気の毒やらおかしいやら。 でも、私も若かった。 わがペニスは大勃起。 それもすっかり観られちゃいました。 昭和41年の田舎町での浣腸風景の一こまです。 近所に、同級生でのペア、上級生を含んだ遊びグループが、それぞれ構成員を異にして数組ありました。 日常の遊びの形として、たまにお医者さんごっこをやっていたわけですが、年に数度、浣腸遊びにまでお医者さんごっこが進んだ時がありました。 私の場合に限っても、浣腸遊びのペア、あるいは、浣腸遊びグループが、全部で5組ありました。 この5組と言う数字は、今の子供たちの友人形成の日常の在り方からすれば、いささか異常とも思われます。 けれど、当時(昭和30年前後)の町内の子供集団はどこの町内でも50人前後いましたので、浣腸遊びという特殊な遊びの場合であっても、同一町内に5組も「浣腸組」があったことは、それほど奇異とも思われません。 浣腸器の入手方法は、病院のゴミ捨て場からガラス製の大き目の注射器あるいは文字通りガラス製浣腸器を拾ってくるというスタイルでした。 たまたま町内に、私の町を代表する大きな病院が2つあったと言うことも、子供たちの浣腸遊びを他の町内よりも促進させたかも知れません。 カエルのお尻にストローでブスリ。 それだけのことではなかったように思われる。 遊び友達と共有する、生き生きとした小宇宙。 肛門をさらけ出して、「見られていること」を通して、「ボクは生きている」の実感。 浣腸器が挿入された瞬間の、浣腸器との触感に触発された「ボクの体」感覚。 浣腸器との触感を通して、浣腸してくれている「アイツ(友)」との出会い感覚。 それらの生き生きとした「生」の感覚を包み閉じ込めている秘密の世界という感覚。 今振り返っての思い出の眼差しに写る光景ではあるけれど、浣腸・肛門の快感・友という他者との出会い、というエロス的な体験に関る、原初的なものが、あそこにはあった。 翌早朝に激しい腹痛で目が覚めて1時間位の間、トイレで苦しみました。 その後もしぶりが酷く1日中トイレ通いをしていました。 休日だったのが幸いですが2度と飲み薬は止めておこうと思います。 当時は嫌がるだけでしたが、これが浣腸にハマルきっかけだったと思います。 その時は頭の中がパニック状態でしたがトイレで見てみて液だけだったのでホッとしたのを覚えています。 それと同時に自らの意思と関係なく漏らしてしまう事の恥ずかしさを身をもって体験しました。 改めて自分の中のMを実感した瞬間でもありました。 我慢するのが辛かったのが何よりの印象です。 後に成長と共に体質が変わって便秘症はだんだんと良くなっていき 高校生になって興味本位でイチジク浣腸を購入してみるまでの間 浣腸とは縁の無い生活を送っていました。 その後パンツを買いに走りました。 その日は、排便もなく、ガスも出ていないと、先生にいいました。 先生が、解熱の効果がある、浣腸しょうかと聞かれて、ハイと返事しました。 ここの看護婦さんは、若くて美人なんです。 一度経験したかったのです。 若い看護婦さんに、浣腸してもらうのもいいですね。 やはり、風欲店で、SMですけど、女王様に、浣腸してもらった時は、最高でした。 若い看護婦さんにお尻を見られるのが恥ずかしくて、その時はとても嫌でした。 母親でも、浣腸されるのは恥ずかしくてとっても嫌でした。 母親以外に初めて浣腸されたのは、小学4年生の時です。 淡い恋心を抱いていた小六の美少女に、お医者さんごっこの悪戯でイチジク浣腸を本当にされてしまいました。 彼女の家は近所で、幼い頃から私を弟の様に可愛がってくれていました。 その彼女の家で、二人で留守番している時でした。 彼女が、お医者さんごっこしょうと言い出して、年上の彼女が医者役、私が患者役にさせられました。 その時、彼女が「浣腸された事ある?あれって恥ずかしいんだよね?」と言ったと思います。 その時、私は思わず「あるけど、あんなのへっちゃらだよ。 」と言ってしまいました。 浣腸は看護婦さんや母親に何回かされた事が有りましたが、本当は恥ずかしくて大嫌いでした。 でも、その時は強がって、そう答えてしまったのです。 すると、彼女は、「じゃあ浣腸してあげる。 」と言って、薬箱からイチジク浣腸の箱を取り出して来ました。 「それじゃあ、患者さんは横になってお尻を出してください。 」彼女に言われるまま、私はお医者さんごっこの真似事と思ってうつ伏せになりました。 すると「お尻を出さないと浣腸出来ませんよ。 」と強い口調で言いました。 私が「でも・・・」と言うと、「さっき、浣腸なんて平気って言ったでしょ。 」と更に強い口調でお尻を出すように指示しました。 私は、浣腸なんて何でも無いと言った手前、引っ込みがつかなくなってしまいました。 「平気さ。 」そう答えて、自らズボンとパンツを下げ、お尻を出しました。 この時、異性にお尻を見られる恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じました。 でも、彼女に悟られないように平気を装い、浣腸の真似事を待ちました。 少しして彼女の方を振り向くと、イチジク浣腸を箱から2個取り出し、1個の先端にオロナイン軟膏?を塗っていました。 私は浣腸ごっこの真似事をするものだと思いこんでいましたので、黙ってその様子を見ていました。 それから「それじゃ、お浣腸しましょうね。 」そう言って、彼女はイチジク浣腸を右手に持ち、左手で私のお尻を開きました。 思わず、お尻に力を入れ、こじ開けようとする力に抵抗しました。 「ダメじゃない!力を抜いて!」怒った様に彼女が言ったので、仕方なくお尻の力を少し抜きました。 彼女の手で、私のお尻の穴が露わにされるのを感じました。 続いて、お尻の穴にイチジク浣腸の先端が当たるのを感じました。 「えっ!まさか?」と思いましたが、彼女は、何も言わずイチジク浣腸を私のお尻の穴に本当に差し込みました。 事前にオロナインを塗っていたため、以外とすんなり入ってしまったのです。 さすがにこの時は慌てましたが、好意を持っていた彼女に意気地無しと思われたくなかったので、必死に恥ずかしさを堪えていました。 「どう?痛くない?入ってる?」「うん。 大丈夫。 ・・・」そんなやり取りが有って、「浣腸入れるよ。 」彼女がそう言った後、お尻の穴から浣腸液が入って来るのを感じました。 すると、直ぐにお腹が痛くなって来ました。 「お腹痛ーい!・・・」私は急いで彼女の家のトイレに駆け込み、恥ずかしい音と共に一気に排泄しました。 そして、排泄感が治まってくると、更に恥ずかしい状況に気が付きました。 浣腸後のお腹の痛みと排泄感で慌てていたのと、和式トイレのため気づかなかったのですが、トイレのドアの鍵を閉め忘れていたのです。 振り向くと彼女が後ろに立って見ていました。 私は、お腹の痛みと恥ずかしさで、思わず泣き出してしまいました。 すると、彼女は、「ごめんね。 ごめんね。 」と繰り返し謝りました。 そして、便器にまたがり泣きじゃくる私に謝りながら、「ごめんね。 拭いてあげる。 ごめんね。 ・・・」そう言うと、後ろからお尻の始末をしてくれました。 僕は、好意を持っている異性に浣腸され、排泄まで見られた恥ずかしさとショックで彼女にされるまま動けませんでした。 この後、彼女は私に口止めする為、何度も謝り、どうしてそんな事をしたのか説明しました。 彼女は、普段便秘がちで、お母さんから時々浣腸されているうち、他人にも浣腸してみたいと思っていたのだそうです。 そこで、弟の様にいつも彼女の言う事を聞いて遊んでいた私を選んだのです。 「お願いだから黙っていてね。 ごめんね。 黙っていてくれるなら、あたしにも浣腸していいから。 」あまりの恥ずかしさで、何も答えず黙っている私に彼女は必死に謝り、もう1本のイチジク浣腸の先端にオロナインを塗って私の右手に握らせました。 そして、四つん這いになるとスカートをまくってパンツを下げ、私にお尻の穴が見えるように片手でお尻を開きました。 この時、生まれて初めて人間のお尻の穴を見ました。 もちろん、美少女のワレメも見えていたのですが、性器よりも初めて見る人間のお尻の穴に、私の視線は釘付けになりました。 他人には絶対見られたく無い人間にとって一番恥ずかしい身体の部分・・・お尻の穴。 当時は、性器よりも恥ずかしい部分と思っていましたので、好意を持っていた異性のお尻の穴を目の前に、子供心にも興奮したのを覚えています。 「浣腸入れていいよ。 ・・・」彼女に促されて、おそるおそるイチジク浣腸を彼女のお尻の穴に差し込みました。 浣腸は他人にするのはもちろん自分でしたことも無く、どうしていいのか良く分からないままイチジク浣腸を半分ほど押し潰して抜きました。 彼女のお尻から抜いた浣腸の先端にウンチが付いているのではと見ましたが綺麗でした。 この時、私のオチンチンが大きくなり、先端がパンツに当たって痛かったのですが、射精する事を知らない子供でしたから、なかなか小さくならずに困ったのを覚えています。 浣腸後、彼女はトイレに駆け込みましたが、さすがに排泄までは見せてくれませんでした。 彼女とは、その後も数回親の目を盗んで浣腸ごっこを繰り返しました。 浣腸は、彼女の家にいつも何個か常備して有りましたが、あまり数が減っては親に気づかれると思い、使用済みのイチジク浣腸を洗って、水や石けん水を入れて繰り返し使いました。 ほとんどの場合、私が浣腸される患者役でした。 異性にお尻の穴を見られるのは恥ずかしかったのですが、浣腸ごっこは嫌ではありませんでした。 それは、時々、彼女が患者役になって、お尻の穴を見せてくれたり、浣腸を入れさせてくれる事も有ったからです。 ところが、彼女との秘密の遊戯は、3か月ほどで突然終わりを迎えました。 彼女のお父さんの転勤で、彼女が他県へ引っ越してしまったからです。 彼女が引っ越した後も、二人でした浣腸ごっこが忘れられず、私は自然にお尻の穴の快感を覚えてしまいました。 射精するオナニーを覚えたのは中学生になってからですが、小学生で有りながらお尻の穴でオナニーしていました。 彼女のお尻の穴を想像しながら、自分のお尻の穴を鏡に映しビニール製の鉛筆のサックを出し入れしたり、昆虫採集用の注射器を浣腸器代わりにして石けん水を注入したり・・・。 以来、今日まで浣腸とお尻の快感は、私のオナニーに欠かせないものとなってしまいました。 風俗店では、15人以上の女の子に浣腸して貰いました。 回数は、30回は超えると思います。 綺麗な女の子に優しく浣腸されるのは、恥ずかしくて最高の快感です。 女医プレイでは、24歳の女の子と3回、22歳の女の子と1回、ビデオ撮影もして貰った事も有ります。 婦人科診察台で、肛門丸出しの格好で、浣腸とその場での排泄シーンまで、全て顔出しで撮影して貰ったビデオは、私の秘密の宝物です。 また、馴染みの女の子とのホテルでの浣腸プレイでは、相手の女の子に浣腸されながら、ポラロイドで撮影して貰ったりしています。 1回のプレイで60枚ほど撮って貰います。 この写真もファイルに整理して、私の宝物となっています。 プレイの時は、前日から浣腸を繰り返し腸内を綺麗にして行きます。 もちろん排泄シーンも撮られ、射精後も沢山のイチジクの残骸やその場で撮られた写真と共に撮って貰います。 その時の事は、浣腸された体験のとうりです。

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