遥か なる 大地。 🥇映画「遙かなる大地へ」あらすじ,ネタバレ,レビュー

映画『遥かなる大地へ』あらすじネタバレ結末と感想。動画フルを無料視聴できる配信は?

遥か なる 大地

各回のあらすじ 第1回「はじまりの河」 城戸久枝(鈴木杏)は、留学先の中国で父(加藤健一)の血のつながらない親せきや親友から歓迎を受ける。 父・幹は自力で帰国を果たした残留孤児だった。 久枝は初めて父の生い立ちを聞く。 幹は幼いころ家族と生き別れ、牡丹江の村に住む中国人夫妻に救われた。 養母となった淑琴(岳秀清)は、貧しい暮らしの中、子に玉福と名づけ懸命に育てた。 母の愛情を一身に受けた玉福は、中学進学で寮生活となるころ、母への恩返しを心に誓う。 第2回「日本孤児」 久枝(鈴木杏)は日本語を学ぶ大学院生・劉(フービン)と知り合い留学生活を始めるが、日本人であることで受けたバッシングに落ち込む。 そんな時、父(加藤健一)のかつての日記を読み始める。 青年時代の父・玉福(グレゴリー)は、日本人だと明らかにしたことで大学進学に失敗。 職も失い将来の夢を絶たれるが、肉体労働で母・淑琴(岳秀清)を支えるようになる。 「進めば必ず道は開く」という父の信念を久枝は受け取る。 第3回「祖国へ」 久枝(鈴木杏)は劉(フービン)の紹介で残留孤児の日本語教室を手伝う。 そこに訪ねてきた日本人女性から、父・玉福(加藤健一)との出会いを聞かされる。 30年前、玉福(グレゴリー・ウォン)は、肉親探しを求める手紙を日本に出し続け、ようやく身元が判明した。 実の両親も健在だった。 進められる帰国準備に、玉福も養母・淑琴(岳秀清)も別離の悲痛に耐えた。 しかし下された結果は、日本への出国を許可しないものだった。 第4回「牡丹江の別れ」 久枝(鈴木杏)は春節を牡丹江で過ごす。 血のつながりのない中国の親戚に家族として迎えられ、そのぬくもりに涙する。 30年前の牡丹江で父・玉福(グレゴリー・ウォン)は、失意の日々を送っていたが、荒れた息子を養母・淑琴(岳秀清)は「生きて日本へ帰れ」と励ます。 ようやく出国が許可され帰国が近づくと、母子は涙をこらえて互いをいたわる。 ホームに列車が入ると、淑琴は倒れこみ、玉福は淑琴から離れようとしなかった。 自立を目指し大学進学を願い出るがかなわず、失意のなか家を出る。 働きながら通う夜間高校で陵子と出会い、結婚して初めての家庭を手に入れるが、危篤に陥った父に涙ながらに謝罪する。 久枝(鈴木杏)は1年の留学期間を終え、劉(フービン)に一緒に東京へと誘われるが、中国に残る決意をする。 第6回<終>「ふたたびの河」 久枝(鈴木杏)は帰国の前に訪ねた牡丹江で父・幹(加藤健一)の親友・呉の死を知る。 そして14年前、初めて来た牡丹江での淑琴(岳秀清)と幹の再会を思い出す。 2年ぶりに両親の待つ愛媛の家へ帰った久枝は、幹に呉の死を伝える。 そして訪ねてきた劉(フービン)に「中国で過ごし、父の気持ちが少し分かった」と話す。 5年後、久枝は幹を連れて牡丹江に立っていた。 凍った河の前で「孫玉福の娘に生まれて誇りに思う」と告げる。

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遥かなる大地

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ポンコツ映画愛護協会『遥かなる大地へ』 『遥かなる大地へ』:1992、アメリカ 1892年、西アイルランド。 農家の息子ジョセフ・ドネリーは、父ジョーと2人の兄と共に暮らしている。 ある時、小作人達が地主ダニエル・クリスティーに対して反乱を起こした。 その騒ぎに巻き込まれたジョセフの父は、深い傷を負って死んでしまった。 葬儀の日、ジョセフの家は、ダニエルの手下によって焼き討ちに遭う。 復讐心に燃えたジョセフはクリスティー邸に忍び込み、そこでダニエルの娘シャノンと出会った。 ジョセフは、ダニエルが農民への仕打ちを指示しておらず、全てシャノンの婚約者スティーヴンがやっていたことを知る。 ジョセフは、スティーヴンと決闘することになった。 ジョセフはシャノンから、アメリカのオクラホマに行けば無償で自分の土地を手に入れることが出来るというポスターを見せられる。 ジョセフは決闘の最中にシャノンに誘われ、共にアメリカへ渡る。 だが、ボストンに到着した時、荷物を全て奪われてしまう。 ジョセフは地元の顔役マイク・ケリーに気に入られ、彼の紹介で宿に泊まることが出来た。 ジョセフはマイクの酒場で行われる拳闘試合に出場し、勝利を続けて金を稼ぐ。 一方、ジョセフへの対抗意識を燃やしたシャノンは、酒場のダンサーになる。 ジョセフは市会議員のバークが用意したイタリア人の男と、大金を賭けた勝負をすることになる。 だが、ジョセフはバークがシャノンに手を出していることに気を取られ、惨敗する。 ジョセフとシャノンは今まで貯めた金を奪われ、宿を追い出されてしまう…。 監督はロン・ハワード、原案はロン・ハワード&ボブ・ドルマン、脚本はボブ・ドルマン、製作はブライアン・グレイザー&ロン・ハワード、共同製作はラリー・デウェイ&ボブ・ドルマン、製作総指揮はトッド・ハロウェル、撮影はミカエル・サロモン、編集はマイケル・ヒル&ダニエル・ハンリー、美術はアラン・キャメロン&ジャック・T・コリス、衣装はジョアンナ・ジョンストン、音楽はジョン・ウィリアムズ。 出演はトム・クルーズ、ニコール・キッドマン、トーマス・ギブソン、ロバート・プロスキー、バーバラ・バブコック、シリル・キューザック、コルム・ミーニー、アイリーン・ポロック、ミシェル・ジョンソン、ダグラス・ジリソン、ウェイン・グレイス、バリー・マクガヴァン、ニオール・トイビン、ランス・ハワード、クリント・ハワード、ゲイリー・リー・デイヴィス、ジャレッド・ハリス、スティーヴン・オドネル他。 70ミリのフィルムで撮影された作品。 ジョセフ役がトム・クルーズ、シャノン役がニコール・キッドマンという、当時の新婚夫婦の共演作だ。 他に、スティーヴンをトーマス・ギブソン、ダニエルをロバート・プロスキー、その妻ノーラをバーバラ・バブコックが演じている。 この映画って、西部開拓時代のアメリカを描きたいだけなんだよね、たぶん。 だから、最初のアイルランドを舞台にした部分って、あんまり意味が無い。 アメリカン・ドリームを分かりやすくするために、主人公を移民という設定にしたかっただけだろう。 だから別にメキシコでもいいんだろうだけど、それだと英語圏じゃないからね。 ジョーが巻き込まれる争いは、そんなに激しい印象を与えるものではなく、殺伐とした雰囲気も薄い。 そして、ジョーが負傷してから死ぬまでの様子にも、あまり悲劇的な匂いは強くない。 妙にノンビリしているし、死にそうな父親の前でジョセフの2人の兄は全く悲しそうじゃないし、ちょっとコメディーかと思えるような空気になってるし。 その後の、家に火を放たれるシーンも、淡々と描かれており、悲劇性に欠けている。 アイルランドの牧歌的な風景のせいで、演出まで牧歌的になったのか。 もっと主人公が悲しみと怒りの感情を強く持つようにしないと、復讐への推進力にならない。 で、あんまり見えてこないが、おそらくジョセフは強い復讐の気持ちでクリスティー邸に乗り込んだはず。 ところが、シャノンを見て、ちょっと気を取られたりしてる。 ここでも、銃が暴発するわ、顔がススだらけになるわと、コメディーみたいなノリになっている。 そんなノホホンとした話を描くために、ジョーは死んでしまったのか。 で、なし崩し的に、復讐の話はフェードアウトする。 復讐を果たしたわけではないのに、いつの間にやら、「アメリカで土地を持つこと」に、ジョセフの行動目的が変わってしまう。 いやいや、あの始まり方だと、復讐心はずっと引っ張らないとダメなのでは。 復讐を途中で放り出して、アメリカに逃げ出しちゃって、どうするのよ。 この話、ただ「自分の土地を手に入れる」だけで、本当にいいのだろうか。 他の国に行って土地を手に入れるのなら、最初にあったアイルランド人の誇りはどこへ行ったの。 地主に奪われたアイルランドの土地を、父親の土地を取り戻してこそ、本当に目的を達成したことになるような気がするんだけど。 結局、父親は無駄死にっぽい。 大体、そこまでジョセフやシャノンが自分の土地に執着する気持ちが、ほとんど伝わってこないぞ。 土地に対する強い欲求がアピールされないままアメリカに渡って、ボストンで話が進む内に、土地のために行動しているという意識が消える。 「土地を入手するための行動と、それを阻もうとする障害」という構図も、あまり見えてこない。 エピソードとエピソードの繋がりが悪いせいか、壮大な大河ロマンのはずなのに、そう感じない。 ジョセフが大事な拳闘試合に挑むシーンなどは、盛り上げ方と締め方がズレている(あの盛り上げ方だと、苦戦しながらも勝たなきゃイカンでしょ)。 たぶん、この映画、最後の馬によるレースを見せたかっただけだと思う。 広大な荒れ地を無数の馬が駆ける様子は、まさに圧巻だ。 で、そこまで、どうやって引っ張って行くかという部分を、あんまり考えていないんじゃないだろうか。 土煙を上げ、馬車が激しく転倒する様子は、迫力がある。 トム・クルーズが馬を勢い良く走らせる姿は、かっこいい。 だけどね、だったら、そのレースに向けた話を描くために、もっと時間を割いて、そんでクライマックスに向けて盛り上げて行こうよ。 第13回ゴールデン・ラズベリー賞 ノミネート:最低オリジナル歌曲賞「Book Of Days」.

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土曜ドラマ「遥かなる絆」

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この為、朝一の飛行機で旭川空港へ到着後、1便のバス「いで湯号」で旭岳登山口まで行き、全日予報が良ければ登山口のテント場で前泊、前倒ししたい場合には即縦走を開始して白雲岳避難小屋まで行く計画だった。 出発1週間前から気になる北海道の気象予報を毎日チェックしていたところ、どうも後半になればなるほど天気は悪くなる事が分かり、前倒し案を覚悟の上出発した。 各宿泊場所には小屋もあったが、急な天候悪化によるビバークや小屋が満杯の場合も想定してテント泊装備が基本である。 事前に旭岳ビジターセンターへ問い合わせたところ今年は本州とは反対に雪が多かった為、この時期はまだ残雪も多く場所によってアイゼンも必要で縦走なら道迷いもあるので十分注意して欲しいとの回答だった。 この為、アイゼンやエキノコックスへの対応として事前購入したSAWYERのフィルター、携帯トイレ、悪天時の予備を含んだ食料なども装備として含めた為、水2. 5Lを含めた総重量は約18Kgとかなり重くなった。 無事旭川空港に到着、快晴で外の気温は20度と涼しくて気持ちが良かった。 預けた荷物を受け取り、空港内の総合案内所に予め予約しておいたガスカートリッジを購入した。 この時期はまだ登山者も少なくガスカートリッジは予約なしでも購入可能な感じだったが、混んでいる時期には予約した方がベターだろう。 予定通り10時5分発の「いで湯号」に乗ると、11時前には旭岳のロープウエイ乗り場に着いた。 旭岳ロープウエイに乗ると凡そ10分で標高1600mの姿見駅に到着した。 目の前にはもうもうと白煙を上げる旭岳が聳え立っていた。 晴れて空は青く、最高の登山日よりだ。 重い荷物を背負ってゆっくり歩き始めると、足元には早速色とりどりの花が出迎えてくれた。 チングルマ エゾノツガザクラ キバナシャクナゲ 姿見ノ池はまだ雪と氷で半分以上埋まっていて沼に映る旭岳の姿は見れなかった。 険しい、がれた登山道が続く 登山客の中には何人か縦走装備の人も混じっているが、比較的少ない。 登山者が遠くに見えるトムラウシの方向をじっと見つめていた。 明日以降、一緒に歩く同士なのかも知れない。 更に遠方には十勝連峰の姿も確認出来た。 振り返れば眼下には姿見駅や沼ノ平、遠くには忠別湖や旭川方面まで見渡せた。 喘ぎながら9合目あたりまで登ってくると、四角い大きな岩 にせ金庫岩 の所で大きく曲がる。 遂に北海道最高峰、旭岳に登頂した。 ベンチには外人さんがスニーカー姿で座っていた。 東側には表大雪の山々が連なって見える。 パノラマで撮影してみた 旭岳の東側には大きな雪渓が残っていて、ここをひたすら下って左側に見える荒井岳へ登り返す。 間宮岳との分岐 残雪と岩ばかりのガレた道だが、そこここにはしっかり高山植物が咲いていて飽きない。 エゾコザクラ エゾノハクサンイチゲ エゾノツガザクラ 暫く進むと白雲岳への分岐が現れた。 残念ながら今回は白雲岳に登る時間はないのでスルーする。 白雲岳の左側からはトムラウシ方面が見え始めた。 この辺りからは大きな雪渓のトラバースが続いた。 雪渓の向こうに白雲岳避難小屋が見えた。 もう直ぐ今夜の宿泊先に到着出来ると分かるとホットした気持ちになる。 白雲岳避難小屋とテント場、遠くに横たわる大きな尾根は天人峡への尾根、更に遠方にはトムラウシの姿がはっきり見える。 何とか17時ころに到着出来てほっとした。 テント場には何張かテントが張られていたが目の前まで迫る雪渓によってテント場は泥沼状態だった。 小屋番の人に確認したところ今夜は空いているとの事だったので、小屋の2階に泊めて貰う事にした。 大きな小屋には何組かのグループと数名の単独行の人が居たが1m間隔で寝るスペースが確保できて快適だった。 小屋のすぐ脇に雪解け水の水場があり、早速明日の水をフィルターを通して確保した。 周辺の様子をビデオ撮影してみた 夕方、外へ出てみると、小旭岳の向こうが夕焼けで赤くなっていて綺麗だった。 思えば今朝、神奈川から出発したばかりなのに、今北海道の山奥で夕焼けを見ているのが不思議な気がした。 遥か彼方には夕日に染まるトムラウシが見えて、明日からの長い道程に思いを馳せた。 小屋に戻ると適度な疲れと共に睡魔が襲ってきて知らない内に寝てしまった。 翌朝起きて外に出ると今日も快晴で気持ちがいい。 小屋の上の空が青くて綺麗だった。 今日は長旅だから早めに食事を済ませて支度を整える。 小屋泊なので準備にそれ程時間はかからない。 小屋の前には緑岳方面や銀泉台方面への分岐があるが、私はまっすぐ南へ延びる忠別方面へと向かう。 何とも嫋やかなゆったりした岡の様なトレイルが延々と伸びていた。 東側を見ると谷間が雲海で埋め尽くされていた。 遥か彼方に雲海から顔を出す高山が見える。 ここは平らに見えるが標高1700m程もある高山の尾根である事を思い出した。 ゆっくりとした登りの路を進むと前方に忠別岳が見えてきた。 大雪高原温泉への分岐。 ヒグマ要注意のため閉鎖されているはずだが注意書きは見えなかった。 この辺りにも沢山の花が咲いていた。 イワウメ チングルマ ミヤマキンバイ 7時47分、忠別岳に登頂。 予定より約1時間ほど早く到着できた。 遠方に見える広大な尾根は天人峡へのルートである。 残雪が色々な形の模様になっていて綺麗だ。 携帯で天気予報を確認すると、明日は晴れのち曇りだが明後日は大きな雨マークが付いて風も強くなる予報だった。 計画では今日はヒサゴ沼にテント泊し、明日トムラウシ往復、明後日に天人峡へ下山の予定である。 普通なら下山日に雨が降っても大したことは無いが、この辺りは下山だけでも6,7時間はかかるし風が吹くと侮れない。 この時点で日程を一日前倒しする方策を考え始めたが無理は禁物である。 明日トムラウシに登った足で新得側のトムラウシ温泉へ下山してしまうか、天人峡側へ下山してしまう案、 今日中にトムラウシを往復してヒサゴ沼に戻る案、明後日1日ヒサゴ沼で停滞する案などを思いついたが停滞案は更に天候悪化の為NGだろう。 取り敢えずヒサゴ沼に着いた時刻によって対応を決める事にした。 北の方角には大きくどっしりとして美しい山並みの大雪山が見えた。 忠別岳に咲くエゾノハクサンイチゲとミヤマキンバイの群落の向こうにはトムラウシ山が顔を出していた。 忠別岳の斜面にはエゾノハクサンイチゲの大群落が広がっている。 忠別岳を下り始めると忠別避難小屋への分岐があった。 眼下に見えた忠別岳避難小屋。 実際には分からないが遠目には綺麗な小屋に見えた。 かなり下ってきたあと忠別岳を振り返ると北側から見た時より結構大きな山に見えた。 ピークとは思えないがここが五色岳の山頂だった。 ハイマツを抜けると化雲岳へ伸びる木道が現れた。 周りにはホソバノウップルソウが沢山咲いていた。 木道周辺にはエゾノハクサンイチゲ、チングルマやエゾコザクラなどの群落があった。 もう少し先の7月半ば頃になると更にすごい群落となるだろう。 沢山の花々と青く輝く池糖の中を進んだ。 この辺りが神遊びの庭と言われる場所だろうか。 化雲岳への分岐。 帰りにも通る予定だが晴れている内にと化雲岳へ立ち寄る事にした。 眼下に先程通ってきた池糖と木道の道が見えた。 美しい景色だった。 化雲岳に到着。 ここは見晴らしのいい山頂だった。 化雲岳の頂上にはトムラウシ方面と天人峡への分岐があった。 化雲岳から見えた美しい大雪山方面の景色。 こちらが天人峡への壮大な尾根。 ヒサゴ沼への木道を進んだ。 木道は次第に大きな雪渓に覆われて見えなくなり、雪渓を下り始めると眼下にヒサゴ沼が見え始めた。 ヒサゴ沼避難小屋の手前には一張のテントがあった。 テントには北海道大学の文字が書かれているが、人の気配はなかった。 テント場には他にテントは無く、一番張り易そうな場所にテントを張った。 ここは素晴らしいロケーションなのに何て贅沢な事だろう。 かなり疲れてはいたが、何と時刻はまだ12時前だった。 これならサブザックに雨具や行動食と水を持ってトムラウシ山を往復可能だろう。 コースタイムは6時間程だから夕方6時までには戻る事が出来るし、第一こんな晴天の日に登頂出来る事自体幸運な事なのだ。 急いでサブザックに荷物を詰めこんで出発の準備をした。 これなら明日一日前倒しして下山を開始出来そうだ! 準備を完了すると、稜線から沼にかけて残った大きな雪渓の急斜面を登り始めたのだった。 <今回の全ルート図 GPSデータ > <今回の標高データ(GPSデータ)>.

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